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【特集:自由貿易のゆくえ】
中国産業の発展戦略とボトルネック──米中貿易戦争のゆくえ

2018/08/06

  • 柯 隆(か りゅう)

    東京財団政策研究所主席研究員

「改革・開放」の40年がもたらしたもの

中国経済は40年間にわたる「改革・開放」政策によって飛躍的に発展し、2010年には中国の名目GDPがドル建てで日本を追い抜き、世界2番目の規模となった。それを受けて、2012年に誕生した習近平政権は中国人民に中華民族の復興を唱え、中国の夢の実現を呼びかけた。

本稿の議論に先立ち、中国がいかにして飛躍的な経済成長を実現したかを簡単に振り返っておこう。

かつて赤松要教授は「雁行発展モデル」を提起した。これは、新興国が先進国に追い付くため、初期段階で生産財を輸入して産業を興すことにより輸入代替が可能となり、最終的に輸出能力を有するに至るという発展プロセスを指す。中国の「改革・開放」も基本的にはこのモデルを踏襲しており、初期段階での資本と技術の不足を補うために種々の優遇政策によって外国企業の直接投資(FDI)を誘致した。同時に、外国企業に外貨バランスを要求し、中国国内でもっぱら製品や商品を販売するのではなく、国内で生産活動も行い、製品を輸出するよう義務づけた。

中国にとって、外国企業の誘致は資本のみならず、優れた技術と経営ノウハウが国内に持ち込まれ、経済発展への近道となった。さらに、地場企業が外国企業から技術移転を受け、産業構造の高度化につながることも期待された。結果、中国はわずか40年で「世界の工場」となり、遠くない将来にアメリカを抜いて世界一の先進国になるとまで言われている。実際、中国の名目GDPを人民元の購買力平価(PPP)で評価すれば、中国の経済規模はすでにアメリカを超越しているという世界銀行の指摘もある。

もともと中国人は、中国が世界の中心であるという民族意識を強く持っている。これまでの100年間、列強に侵略され、そのうえ内戦と権力闘争が後を絶たなかった。この結果として中国経済が大きく立ち遅れたことは、中国人のコンプレックスを助長し、一刻も早く先進国を超越し、世界のリーダーとして復権したいという強い欲求を生んだ。現在、政治指導者にとって、こうした民族意識に応える形で権力基盤を固める絶好の空気が醸成されている。

さらに、このような世情に迎合する形で、一部の研究者は中国の国力を声高に誇張する。そのリーダー格である清華大学の胡鞍鋼(こあんこう)教授は、中国経済の先行きについて一貫して楽観的な見方を示し、共産党の歴代指導者を中国史上の偉人と褒め称える。最近、北京で開かれたあるセミナーで胡教授は「中国の科学技術水準はすでにアメリカを全面的に超越した」と豪語した。

こうした論調に疑問を呈する研究者も少なくないが、中国共産党・政府はこうしたポジティブな論調を歓迎する姿勢であり、マスコミも好意的に受け止めているようだ。その結果、中国のナショナリズムはバブルのように急速に膨張している。

中国の産業発展と科学技術水準

一般に途上国が経済のキャッチアップを図る際、何から着手すべきか、その経路は国によって異なる。どの国にも適用できる単一の経済成長モデルは存在しない。かつて「改革・開放」政策を推進した鄧小平氏は、そのことを「渡り石を探りながら川を渡る」と表現した。

とはいえ、先進国の事例を考察すれば、経済発展を成功させる基本的要素(ファンダメンタルズ)に共通点が多いことも事実である。その一つは識字率と基礎教育レベルの高さである。日本は明治維新から150年かけて、世界屈指の高度な基礎教育基盤を築き上げた。一般に、新興国は経済発展を図るためにエリート教育を重視しがちだが、むしろ基礎教育の底上げのほうが重要である。もう一つ、経済活動の円滑化を担保するために、経済関連の法整備を急ぐことが重要である。

では、中国は何を追求したか。「改革・開放」に先立つ毛沢東時代の末期、共産党は「4つの近代化」の実現を国民に号令したが、その中には科学技術が含まれていた。

ただし、科学と技術は同じものではない。多くの技術は現場の技術者や労働者が生み出した発明である。たとえば、日本の自動車メーカーで徹底されている「カンバン」方式(Just in Time)は現場の豊富な経験から生まれた合理化と効率化の結晶と言える。しかし、科学ではない。また、漢方薬は薬草の分子構造や成分の分析によって生み出されたのではなく、患者に投与した経験を蓄積した結果である。おそらく漢方医でさえ、ある薬草がなぜ特定の病気に効くのか、科学的には説明できないであろう。

大きく言えば、中国のサクセスストーリーは工業化諸国の企業を中国に誘致し、その企業から優れた技術と経営ノウハウを習得する作戦だった。この作戦そのものは見事に成功したが、欠陥もある。たとえば、最先端技術を保有する工業化諸国の企業は、絶えず技術を進化させ高度化している。これは、既存の技術の習得と新しい技術の開発というステップを踏んで、漸進的に進められるものである。しかし、中国企業は基礎技術から積み上げていないため、習得した技術を自身の力でさらに発展させることができず、いつまでも外国企業から技術を習得し続けている。

こうした状況の中で、一部の中国企業が正当な手法で外国企業から技術を習得する代わりに、違法行為に走っていることもまた否定できない事実である。その背景には、できるだけ短期間で工業化諸国に追いつき追い越そうとする中国人の心理も働いているだろう。

現在、米国トランプ政権が仕掛ける対中貿易戦争の背景には、貿易不均衡のほかに、中国企業による米系企業のハイテク技術の不法取得があると言われている。中国は、この状況から脱却することができるだろうか。その見通しは、必ずしも楽観できるものではない。

毛沢東時代の1958年から60年にかけて、まったく実現不可能な鉄鋼生産目標を立てて、全国民を動員した「大躍進運動」が推進された。周知のとおり、大躍進運動は失敗に終わり、農村を荒廃させ、一説には数千万人の餓死者を出したとも言われる。

そして現在、習近平政権は、新たな大躍進運動とも言うべき産業振興計画、すなわち「中国製造2025」を推進している。しかし、本来なら産業振興の主役はあくまでも企業であり、政府はその補助役のはずである。中国では、すべてのことについて政府が主役を演じている。かつての計画経済が遺した教訓はまさに政府の失敗であったが、残念ながら、その教訓は十分に生かされていないようだ。

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