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【特集:自由貿易のゆくえ】
中国産業の発展戦略とボトルネック──米中貿易戦争のゆくえ

2018/08/06

「中国製造2025」と米中貿易戦争

「中国製造2025」戦略は、政府が基幹産業を重点的に育成していく政策である。しかし、なぜ40年間にわたる「改革・開放」政策は中国の産業振興に失敗したのだろうか。また、そもそも政府は産業を育成できるのだろうか。

自動車産業を例にとってみよう。中国のみならず、ほとんどの新興国は国民車戦略を策定して自動車産業振興に取り組んだことがある。しかし意外にも、中国は毛沢東時代(1949〜76年)には自動車産業を基幹産業に指定していなかった。当時、中国は極端な石油不足に直面し、自動車ではバスやトラックの製造が中心だったためである。

「改革・開放」以降、中国政府ははじめて自動車産業の育成を産業政策の重点項目に盛り込んだ。その基本的な考え方として、自動車市場を部分的に外国資本に開放し、優遇税制を実施して外国メーカーの直接投資を誘致した。むろん、外国メーカーがそのまま中国に進出すれば、国内市場を支配されてしまう恐れがあった。そのため、外国メーカーの中国進出について中国メーカー(ほとんど国有企業)との合弁を条件につけた。その後、吉利やBYDなど一部の民営メーカーの参入も認められた。

しかし、その後の自動車産業の発展を見ると、中国メーカーと外国メーカーとの技術力のギャップは一向に埋まっていない。その一因として、自動車の場合、部品が3万個にも上るため、部品の品質を向上させるだけでなく、組立てにおける摺合せの技術も必要となることが挙げられる。そのため、新興国メーカーがキャッチアップするには時間がかかるのである。

結局、中国政府は燃料エンジン車(ガソリンとディーゼル)の技術レベルの向上を諦め、外国メーカーと同じスタートラインに立てる電気自動車(EV)の開発に重点を移している。電気自動車は燃料エンジン車と比べれば、部品の数が少ない。そのキーコンポーネントは電気モーターを動かすための車載電池である。ちなみに、現在、中国企業が出荷する車載電池の量は世界一と言われている。

実は、自動車産業におけるキャッチアップ過程の考察から、一つの重要な示唆が得られる。中国の産業発展を妨げているのは、技術力不足というよりも、中国社会に充満している「大躍進」の空気である。大躍進とは、短期間で先進国にキャッチアップしようとするアプローチであり、喩えて言えば、よちよち歩く赤ちゃんのような中国企業をいきなり走らせようとする考えである。 しかし、モノづくりの基本は優秀な技術者を育成し、技術をこつこつと磨くことである。現状では、外国メーカーから技術移転を受けても、中国メーカーはその優れた技術を継続的に開発していくことができないのである。

こうした空気の中で、中国企業は外国企業からなりふり構わず技術を手に入れようとする。それに対する警戒感こそが、今回の米中貿易戦争の背景となっている。現在、目の前で起こっている貿易戦争は、貿易不均衡が問題なのではなく、米国企業の技術を手に入れようとする中国企業の挑戦に対する米国の反撃と理解すべきである。

中国は、40年間にわたる「改革・開放」政策によって経済規模を世界第2位にまで拡大させた。しかし、中国企業の技術力は、平均すれば依然として中進国レベルである。中国政府は短期間のうちに技術力のアップを図ろうと焦っているが、その焦りこそ技術レベル向上のボトルネッ クになっている。モノづくりとそのための人材育成は、いわば50年の計、否、100年の計である。急がば回れと言われるように、モノづくりは焦れば焦るほど、技術力が向上しない。技術開発には近道など存在しないのである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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