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【特集:自由貿易のゆくえ】
中国産業の発展戦略とボトルネック──米中貿易戦争のゆくえ

2018/08/06

産業構造高度化の阻害要因

中国経済に異変が起きたのは2015年頃だった。それまで順調に拡大していた輸出は2015年と16年の2年連続でマイナス成長となった(図1)。中国経済にとって貿易は生命線である。なぜ、順調に成長していた輸出が急に減速したのだろうか。この時期、中国の輸出先国では特段の経済危機が起きていないことから、中国国内に目を向けなければならない。

考えられる一番の要因は、輸出製造業にとって重荷となる人件費の上昇である。図2に示したのは、北京、上海と広州の最低賃金の推移である。過去15年間、ほぼ毎年10%ずつ引き上げられている。中国の輸出製造業の中でも、半導体や機械など高付加価値の産業は人件費の上昇にある程度は対処できるが、シューズ、繊維や雑貨などの中・低付加価値産業にとって人件費の急騰は死活問題である。中国に進出している外国企業はもとより、地場の輸出企業でも工場の海外移転が相次いでいる。

ただし、この動き自体は中国経済にとって必ずしもネガティブな要因ではない。経済が発展する過程で最低賃金が改定されなければ、労働者の不満が募り、深刻な社会問題に発展しかねないからである。賃金の上昇は経済発展の必然の結果と言える。重要なのは、賃金の上昇にあわせて産業構造を高度化させることである。産業構造の高度化とは、マクロ経済的にも低付加価値産業のウェイトを縮小させ、中・高付加価値産業のウェイトを引き上げることである。そのために、中国は技術革新に取り組む必要がある。

総括すれば、中国の経済発展を妨げているのは人件費の上昇ではなく、技術革新と産業構造の高度化に取り組む努力が不十分ということである。

図1 中国の対外輸出伸び率の推移(2011 〜17 年)
資料:中国税関統計
図2 北京、上海と広州の最低賃金改定の推移(2000 〜17 年)
資料:北京市、上海市と広州市の発表に基づいて筆者作成

オールドエコノミーとニューエコノミー

中国産業全般を見渡すと、1つの明確な傾向が見受けられる。鉄鋼や造船など重厚長大産業、すなわちオールドエコノミーのほとんどは国有企業によって支配されている。それに対して、インターネット関連のいわゆるニューエコノミーは民営企業が多い。国有企業は政府の保護政策によって守られ、資金援助を受けており、さらに近年は「強強連合」政策のもと、大型国有企業同士の吸収・合併が進められ、その規模はますます大きくなっている。海運、石油化学、鉄道車両製造、鉄鋼などの国有企業がその代表例である。習近平国家主席の言葉を援用すれば、国有企業を「より大きく、より強く」しているとされる。

しかし、この言葉には相反する2つの意味が含まれている。というのも、大きな企業が必ずしも強い企業とは限らないからだ。規模の拡大によって、国有企業の業績が改善されたのだろうか。 国有企業は、規模の拡大によって市場支配率が急速に高まり、より多くの独占利益を享受している。反面、その効率性は必ずしも強化されていない。近年、問題になっている重厚長大産業の過剰設備は、すべて国有企業のものである。一般に、民営企業ならば業績に応じて設備と人員が調 整され、経営の合理化が図られる。それに対して、国有企業は政府に保護され、市場で独占利益を享受しているため、経営合理化への努力が不十分である。

結局のところ、習近平政権は強国復権のシンボルとして大型国有企業を吸収・合併させて実質的な国有財閥を創ろうとしているが、経営合理化に向けて十分に努力しない国有企業は多くの過剰設備を抱え続けているのである。

一方で、インターネットの検索エンジンやネット通販などニューエコノミーのIT企業は中国経済を牽引しているが、課題もある。たとえば、アリババやテンセントといったネット通販企業は8億人に上るネット利用者によって売上げを伸ばしているが、コンピュータのOSなどはアメリカの企業によって開発され標準化されたものに依存しており、技術そのものは中国企業がコントロールしていない。

総括すれば、中国の産業は、巨大な人口を背景として規模を拡大し売上げを伸ばしているが、技術力は言われているほど強くなっていない。いかにして技術力を強化するかは、習近平政権が直面している重要な政策課題である。そして先に触れた「中国製造2025」は、まさに製造業を中心に強化しようとする産業振興政策である。

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