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【特集:自由貿易のゆくえ】
座談会:世界は保護主義とどう向き合うのか

2018/08/06

中国への違和感

清田 若杉さんの、自由貿易というのは国全体には利益をもたらすが、その中を見ると損失を被る人も利益を得る人もいる、というお話と、滝田さんの社会の格差が残っている、という話は関連がありそうですね。

若杉 アメリカの今の経済状況を見ると、十数年ぶりに失業率が4%を切っている。経済成長率も高い。量的金融緩和の効果が出ており、リーマンショックで病んだアメリカ経済はよくなってきている。世界をリードする新しい産業が生まれ、自由貿易の中で伸びているという状況があるわけです。

それにも拘らず、保護主義を求める意見が非常に強くなっている。その原因の一つには自由貿易によって受益する人とそうでない人の間に格差が生まれ、不平等を緩和する機能がうまく働いていないことがあるのではないかと思います。

それから、WTOに加盟して一番利益を得たのは中国だと思います。順調な貿易の拡大とともに中国経済全体が成長していった。だから、自由貿易が大事だと中国が言うのはよく分かる。しかし、自由貿易というのは、市場での自由な経済活動をベースに行われるという大前提があって然るべきです。

中国経済を見ると、例えば知的財産権の保護にしても、あるいは政府の様々な裁量、国有企業、補助金の存在にしても、自由貿易を主張する上で、前提となる市場経済の基盤がどこまで整っているかはやや疑問です。多くの国々は、中国の「自由貿易が大事だ」という発言を聞いて違和感を覚えるのではないか。

清田 そのあたりは変わっていないわけですね。

藤山 実は中国のWTO加盟と、私の中国赴任には関係があって、総合商社の活動の自由を中国政府に認めてもらうというミッションで行ったのです。その当時、先進各国は、中国がWTOの基本精神やルールを総論では受け取っても、各論ではすべては実行できないということは分かりながら、世界市場の中で孤立させておくわけにはいかないので、中途半端なままで入れてしまった。

そこの矛盾が今現れていて、若杉さんがおっしゃったように、中国では本当に市場の原理が働いているのだろうかという懐疑が生まれている。日米貿易摩擦では、フェアネスについて詳細を極めた議論がされていたのに、対中国の場合、体制的な特殊性といったものが平気で並び立っていて、アメリカも今までは許容してきた。それへの反動ということもあり、現在の米中の姿があるのだろうと感じます。

象徴的だったのは上海市場を止めた時です。あの時「これはやっぱり駄目だな」と思った。為替の管理の仕方も何もかも、「中国だから仕方がない」と許していましたが、どうもそれだけではない。「根本のところが違うよね」というのが、今日の問題の深層にあるのだろうと感じます。

米中貿易摩擦と米の通商政策の背景

若杉 アメリカと中国との貿易交渉において、アメリカの主張に対しては、理解できる部分もあるが、そうでない部分もある。アメリカの主張は4つほどあると思います。1つは中国との間の4000億ドルに達する大幅な貿易赤字の問題。これを「2年間で2000億ドルに縮小すべき」と貿易交渉で要求するわけですが、目立った成果は得られていない。

これはある意味では当然で、多角的貿易の下では2国間での貿易インバランスを持ち出すのは元来おかしなことです。さらに、大幅な貿易赤字はアメリカ経済に非常に活発な需要があることが原因です。アメリカの問題でもあるわけです。

もう1つは自国産業の保護です。鉄やアルミに対する関税は自国産業の再生を目的としたのだろうと思います。しかし、それには労働者の生産性を上げるなど、その産業が立ち直るような政策がなければいけませんが、そういった国内政策は見られません。単なる輸入品からの保護にとどまっている。

3番目に、相手国に市場開放と輸入の拡大を求めている。それを履行させるために制裁関税をアナウンスしながら交渉を進めていますが、こうした一方的な措置に中国は納得していないわけです。アメリカは中国に市場制度の徹底を要求しながら、政府の介入を要求するというチグハグなものとなっており、必ずしも理解されていない。

唯一、理解されるとすれば知的財産権の保護の徹底や補助金・国有企業による市場歪曲的な効果を持つ政策の撤廃です。

ただ、それに関しても一方的な制裁関税によって解決しようとすることには疑問があります。WTOではそれは禁止されているから、中国はもちろん反発するし、EUなども望ましいとは考えない。そう考えると、自由貿易の問題には、まさに市場への信頼が非常に大事で、それに基礎を置くEUや日本と共同しながら対応しなければいけないのですが、アメリカの制裁関税は逆効果になっている。

清田 アメリカの通商政策の背景には何があるのでしょうか。

深作 私はトランプ候補が勝ったことが非常にショックでした。なぜそうなったか、十分に理解できなかった。その後、なぜトランプは勝ち、このような通商政策をやってくる背景は何かを考えているのですが、WTOとの関連で言うと、トランプ流米国第一主義は、WTOの機能不全を白日の下にさらすことになったと言えるでしょう。

トランプ陣営はかなり前から、政権を取ったらどういう通商政策を行うかを考えていたのだと思います。特に、ピーター・ナバロ(通商製造政策局局長)、ロバート・ライトハイザー(通商代表)、ウィルバー・ロス(商務長官)の影響力がものすごく大きかった。

2016年9月にナバロとロスが共同で短いペーパーを書いています。それがいわゆるトランプ貿易ドクトリンと呼ばれるようなもので、2017年の一連の大統領令はそれを実行に移している。そのために、ホワイトハウスのいわゆるグローバル派の中心人物であるゲーリー・コーン(国家経済会議元議長)を辞任に追い込んだ。

その背景にあるのは、アメリカはこれまでWTO、NAFTA(北米自由貿易協定)、KORUS(米韓自由貿易協定)でかなりのベネフィットを相手国に与えてきた。しかし、自分たちには見返りがない。「だから、その見返りを今もらいたい」ということだと思います。

WTOに話を戻すと、まず2017年ブエノスアイレスでの第11回閣僚会議において、トランプ政権はDDAの幕引きをしたのだと私は考えています。前2回の閣僚会議と比べてみると、今回は閣僚宣言を出させなかった。それから、DDA関係の交渉は、ごく一部を除きすべて切ってしまった。要するに、アメリカと意見を同じくする国々と一緒に特定の分野について交渉を継続しましょう、というのがトランプ政権の方針ではないか。

問題はアメリカのリーダーシップがない状況で、どうやってWTOの交渉を進めていくのかです。有志国によるプルリ(複数国間)交渉が上手くいくかどうかが今、試されている。昨年のブエノスアイレス以降の作業計画の下での有志国間協力で、リーダーシップの真空状態を埋めることは大変難しいでしょう。

トランプ政権の対WTO政策の中で一番酷いのは紛争処理の分野で、上級委員会人事の停滞を引き起こしていることです。現在、上級委員会には4名の委員しかいない。今年の9月30日にはもう1人辞めてしまい、さらに2019年暮れには1人になってしまう。本当は7人いなければいけないのに1人ではまったく機能しなくなる。アメリカは全部人事をブロックしていて、どういう条件ならば人事を正常に戻すかということについて何も言っていない。これは非常に陰湿なタクティクスだと思います。

同時に、GATT21条の安全保障のための例外として、アメリカは鉄鋼及びアルミ製品輸入に対して通商拡大法232条措置をとっている。だから、EU、カナダ、中国、トルコ、ロシアといった国々がセーフガード協定違反としてWTOに訴えているわけですが、それはお門違いでしょうというのがライトハイザー通商代表の考えです。WTO協定の穴というか、欠点を突く、非常に最初から考えられた戦略ではないかと思います。結局のところ、トランプ政権はWTOの弱体化を目指しているのではないかと疑ってしまいます。

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