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【特集:自由貿易のゆくえ】
座談会:世界は保護主義とどう向き合うのか

2018/08/06

ハイテク分野をめぐる攻防

滝田 今おっしゃったことは重要なポイントだと思います。トランプさんがやっていることは、後ろ向きの部分と前向きの部分がある。後ろ向きの部分というのは、要するに競争力を失った製造業、鉄鋼、アルミに代表される部分です。前向きの部分というのは、次世代のハイテク分野でアメリカの主導権を維持しようと思っているところだと思います。

1980年代当時のアメリカの日本に対するバッシングでは、日本の日立や三菱電機に縄をかけた。あれと同じことを今アメリカがやったのが、中国のスマホメーカー、ZTEに対する制裁措置です。これは、アメリカでつくったものを北朝鮮やイランに輸出していたというのは、1つの口実です。

射程をどこに置いているのかというと「中国製造2025」で、2049年の中華人民共和国建国100周年までに「世界の製造大国」としての地位を築くという中国の取り組みです。これはやはりアメリカにとっては大きな脅威になっている。

このハイテク分野での摩擦については、トランプさんは孤立していないどころか、共和党、民主党のかなりオールラウンドの支持を得ながら行動している。米中のハイテクの摩擦は本物だと思わざるを得ない。

今、中国のアキレス腱というのは上海株式市場に表れていると思います。年初来の下落幅がもう20%を超えていますから、かなり中国の株式市場はアメリカとの摩擦をネガティブに捉えている。つまり、実体経済への打撃も織り込んでいるから、ここの部分でもう一押しだという感じはアメリカ側にあるのではないか。

逆にそれが行き過ぎると、ちょうどリーマンショックの時とか、その前のアジア危機とか、ブラックマンデーみたいな格好で、マーケットからのバックラッシュ(反発)を誘発しかねない。そういう意味で非常にリスクの大きいところに来ている感じはします。

藤山 まったく賛成ですが、「中国製造2025」の他にも、EUでは「ホライズン2020」、ドイツの「インダストリー4.0」などがありますが、そういう先端的産業政策がアメリカにあるわけではない。

アメリカは政策というよりは、やはり民間のR&Dが活発であるということと、それからもう1つはDARPA(アメリカ国防高等研究計画局)が持つ軍事的な技術の民間転用みたいなことの2つの流れであって、トータルの産業政策がないということはありますよね。

滝田 その通りですね。実際に盗んでいるかどうかは別ですが、アメリカはシリコンバレーなどの民間から技術を盗んでいくのはけしからんと言っている。まさにアメリカの対米外国投資委員会(CFIUS)の機能の抜本的強化等と言っているのは、中国は合弁・買収のふりをして技術を盗んでいるという被害者意識が非常に強いからではないでしょうか。しかも、「中国製造2025」みたいな格好で国有企業によって金を流し込んでやっているので はないかと。

若杉 私もトランプ政権がとっている一方的な措置の中で支持されるのは、知的財産権、あるいはハイテク技術の保護の問題だと思います。アメリカでは、中国で権利が保護されないために、得べかりし利益が失われているし、不公正に技術が吸収されているのではないかと疑っている。

アメリカは中国に対して市場を開放し、知的財産制度を整えてほしいという立場で貿易交渉をするわけです。だけど、なかなか埒が明かないので、制裁関税を持ち出したわけだけれども、中国が譲らない結果、解決の道筋が見えなくなっている。

アメリカにとって思わぬ結果を招きかねないシナリオを回避するために、アメリカはOECD諸国と貿易で対立するのではなくて、フレームワークやルールに関して、国際的に協調しながら、遅れている国々に制度改善を求めるという、国際的な合意を取り付ける方向に行くほうが生産的ではないかと思います。

藤山 トランプ政権の保護主義が明確になってから、日本政府はババッと日欧EPA(経済連携協定)の締結を進め、それから、米国が離脱してもTPP11をやりました。僕はこれは今の日本の政権が偉かったと思っているのですがいかがですか。

若杉 日本の役割は大きいですね。日本はアメリカにあまり遠慮しないで、一方的な制裁関税に拠らない進め方を要求していけばいいと思います。TPPは非常にレベルの高い自由貿易のルールとして共有するに相応しいものですので、TPP11でとどまらず、多くの国に参加を促し、最終的にはアメリカにも入ってもらい、制度の改善が遅れている国に対するプレッシャーの手段にしたらいいと思います。

そういう意味ではEUとのEPAも非常に良い方向だと思います。

保護主義の問題の根深さ

藤山 自由貿易が大事だというのは、国際的にも理論的に見ても正しいと思うのですが、実態面では先ほど言われたように、どのように保護主義をコントロールし、あるいは一部許していくか。それによって、全体としての自由貿易を維持していくということが大切 だと思います。

そこは意外に問題は深刻です。例えばEUは、全体としては自由貿易を維持しようとしています。EU域内で東独やハンガリー、チェコといった第一波がEUに入ってきた時は、ドイツの資本や技術と比較的高度で安価な東欧の労働力という幸福な結び付きができて、ウィン・ウィンでした。しかし、第2波、第3波でルーマニアやブルガリアが入ってきた時にはウィン・ウィン関係はつくられていません。

私は数年前にルーマニアで、いろいろな人に「EUに入ってどう?」と聞くと、「全然よくない」と言う。ルーマニア語はイタリア語系の言葉なので優秀なお医者さんが全部イタリアに行ってしまう。そうすると、緊急手術の時に重病人が飛行機に乗って、イタリアにいる医者のところまで飛ばなければいけない。それから、乳製品も全部国境を越えて外に出て行ってしまい、そこでつくられたチーズは高くてルーマニア人は買えない。

これもある意味では、自由な経済圏みたいなものをつくることがタイミングによっては上手くいかないということを表している。メルケルのドイツはEUの中で、人(移民)・モノ・カネの自由な往来を守るという試練を抱えている。さらに移民の問題を試練として抱えている。そのドイツが突然保護主義になった米国に対して噛みついているのは、非常に根の深いテーマだと思います。

ですから、トランプの保護主義が彼の知性のなさが引き金となって起こったことだから、次の大統領に代われば大丈夫だという考えは安易に感じられます。歴史の底流には市場原理の問題や、民主主義そのもの、ポピュリズムなどに対しての処方箋がないということなどが横たわっているのではないかと感じます。

市場主義が利己的な人間の集団を想定しているという定義で本当にいいのかとも思います。アダム・スミスは『道徳感情論』の中で「共感の原理」ということを言っている一方、『国富論』の中で「神の見えざる手」というのは1回しか言っていない。

経済学というのはアダム・スミスから倫理を取り去っていく方向で発展したのではないかと言う人もいる。市場原理の問題と民主主義の問題というのはパッケージで考えて議論する必要があるのではないかと思います。

若杉 最近の経済学では利他的な考え方、相手の状態がよくなることが自分にとってもよいことなのだという考え方を取り入れて議論したほうが、現実を説明できるとする研究が深まっています。

現在、IT、ハイテク、金融が付加価値を生む非常に大きな分野に成長していますが、この分野では、少数の人が分け前を分捕ってしまうようなこともあり得るわけです。アメリカの保護主義化には、そうしたことへの不満が内在しているのではないでしょうか。自由貿易のルールを考えるときに、所得の不平等の問題まで含めて考えていく必要があるように私も思います。

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