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【特集:公共図書館を考える】
座談会:変わりゆく図書館──知の拠点は今

2018/07/09

指定管理者制度は図書館になじむのか

猪谷 指定管理者制度自体は、導入されてもう15年ですよね。実際、現場ではかなり浸透していて、やみくもに「指定管理反対!」という議論は現実的ではなくなってきています。指定管理者制度でどのように上手く図書館を運営していくのかという、具体的な悩みを自治体は抱えていて、そのいろいろな流れの中の1つにTSUTAYA図書館が出てきていたのではないかと思います。

あれは極端な例で、CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)が持っているノウハウを持ち込み、図書館の守ってきた歴史や手法を崩しました。ライフスタイル分類やおしゃれな書架などなど。本当に東京都渋谷区にある代官山のT–SITEをそのまま移設したような形で図書館をつくった。

では、利用者側はどう見ていたかというと、確かに吸引力はあるんですね。ただ、それが持続性のある吸引力なのかというところが実は問題です。図書館が持つ役割を考えると、「5年ごとに契約が変わるのだから、次に流行りの図書館をつくることのできるところと契約すればいい」という話でもないと思うのです。

ですから、そこは自治体側がハンドルをしっかり握り、どういう図書館を市民とつくっていくのか。3年とか5年の範囲ではなく、10年とか20年先まで見据えた上での指定管理者制度の利用を考えないといけないとは思っています。

糸賀 ただ、そこまで見据えたような自治体がなかなかないですよね。今年(2018年)3月に総務省が、様々な公の施設の中で指定管理者の導入率を調べて報告(地方行政サービス改革の取組状況等に関する調査)しています。それを見ると、実は図書館は導入率が一番低い。

例えば指定市の場合、一番多いのが介護支援センター、特別養護老人ホーム。こういうところは100%に近いのです。ほかに宿泊・休養施設、それから展示場施設、見本市施設といったところは9割を超えています。それに対して図書館は導入率が23.5%です。

市区町村になると、一番低いのは海水浴場で12.6%。次が公営住宅で13.3%。その次に低いのが図書館で17.4%。逆に老人ホーム、介護支援センター、福祉保健センターというところは半分以上が導入されています。

この数字だけ見ると、図書館に指定管理はなじまない、ということが15年経ってはっきりしてきたということなのですが。

吉井 江戸川区でも指定管理者の事業者が集まる館長会というのがあります。そうすると、図書館は端っこの席で、大体皆文化施設、スポーツ施設、宿泊施設の方です。図書館の数が区内に12館ということもあるのですが、ほかの施設のほうが圧倒的に導入は進んでいるということは感じます。

酒井 福祉系のようにヘルパーさんやケアマネさんという専門職のフィールドになってしまうと、公務員がその現場に行って仕事をするのはもう難しくなっているのではないでしょうか。

一方図書館ですと、司書職、つまり図書館に配属するための職員を採用してきた自治体もあります。図書館を指定管理者にすると、せっかく司書として採用した職員を別の職種に配属せざるを得ず、自治体によっては舵を切りにくい、ということがあるかもしれません。

糸賀 図書館は、やはり経営力だとか、今後この地域の住民のためにどういうサービスや蔵書をつくっていくかということを構想していく力が求められるので、指定管理はなじみにくいのではないかと思います。

指定管理者制度自体は、時代の流れで致し方ないでしょう。全部を直営で公務員がやるという時代でなくなったのははっきりしています。図書館の世界にも指定管理が導入されたことで、直営の図書館もかなり目が覚めたところがあるように感じています。民間がやっていることを見て、直営の自分たちは何ができるのかを考え出したと思いますね。

その意味では、指定管理者制度の導入が刺激を与えた効果はあったと思います。各種の報道メディアも取り上げて、とにかく図書館に関心を寄せる首長が増えましたから。

松井 今度、日比谷図書文化館の図書部門長になったのが、池袋リブロの店長だった菊池壮一さんです。本屋さんの中でも池袋のリブロはレベルも格もかなり高かったから、選書の部分でもちょっと面白い図書館になるのかなと思っています。

猪谷 結局、皆さん自分の街の図書館しか使わないので、ほかの街の図書館がどうなっているのか、意外とご存知ありません。だから、TSUTAYA図書館があれだけ全国メディアで取り上げられると、「ああいう図書館をうちの自治体にも欲しい」という声が必ず出てくるわけです。

市長なのか、議員なのか、市民の方なのか分かりませんが、それを反映させるような形で、新しく図書館をつくるときにはカフェもつくりましょうとか、その地域によってカスタマイズしていく図書館は確かに増えているという気がします。

一方、今後は少子高齢化で自治体の財政が厳しくなり、従来の行政サービスを維持できなくなってくるという流れは避けられないだろうと思います。その中で、「お金が掛かる」と思われている直営の図書館をどれだけ維持できるのか。特に地方の小さい自治体ではなかなか厳しくなってくるのではないかと懸念されます。

変わる図書館利用者

糸賀 公共図書館の利用のされ方もずいぶん変わってきました。団塊世代の方が退職されて、居場所を図書館に求めている実態もあります。

新書としては結構評判になった『定年後』(楠木新著、中公新書、2017年)という本を読むと、なんと「図書館で小競り合い」という見出しがあります。定年後の高齢者同士で毎日、その日の新聞の奪い合いが起きているというのです(笑)。

松井 それこそ定年後の高齢者が一番読みたいのは文庫書き下ろしの時代小説で、これが今どんどん出ています。佐伯泰英さんに代表されるものです。定年後の人たちはこの読者なんですよ。

文庫が出れば飛ぶように売れます。でも、図書館に入れればそこに飛び付いてきますから、かなりの影響はあると思う。佐伯さんの作品はいくつもシリーズが出ていますからね。

実はこういう時代小説の書き下ろしは、われわれの世界では「初速」と言うのですけど、すさまじいスピードで1、2カ月で売れてしまいます。だから、文庫書き下ろしの時代小説とラノベ(ライトノベル)について、「3カ月貸し出しを待ってください」という提案もしました。

雑誌は、いわゆる「館内扱い」で、次の号が出るまで貸し出さないようにしているようです。それと同じで、例えば時代小説とか、ラノベとか、非常に早く売れてしまうものは館内扱いで貸し出しを猶予していただけませんかと。

糸賀 なるほど。とにかく、そういうシニア層の利用が目立っている。

また、松井さんがかつて若い頃に使った図書館に比べると、小さな子供さんを連れたお母さんたちも来るわけです。そういう人たちのことを考えると、古びた本だけではなく、やはり本屋さんのような彩りで明るい雰囲気の図書館にしないと、多くの人が来てくださらないという事情もあると思います。

猪谷 確かに図書館としては、そうやって魅力的な棚をつくって、きれいな場をつくって大勢の住民を呼ばないと、要らない施設だと自治体から判断されて予算がどんどん減って、よけいにシュリンクしてしまうのでしょうね。

糸賀 あとは中高生の勉強ですね。場所借りというのは、以前に比べると最近の公共図書館はずいぶん受け入れるようになりましたね。

猪谷 そうですね。都市部では特に共働き率が高いので、放課後に子供を見守る、地域で子育てをする場としての図書館という役割が今求められているので、図書館における中高生の居場所は増えている気がします。

糸賀 ただ、図書館の本はあまり使っていない。もっぱら勉強と、友達と一緒に行って休憩時間にいろいろしゃべったり。本当に居場所ですね。

現象として特徴的なのは、全国の図書館をあちこち訪ねていると、閲覧スペースに消しゴムのカス入れがずいぶんと普及してきたことに気づきます。

なぜかというと、高校生、中学生が勉強すると、消しゴムのカスが出るからです。こんなものは以前あまり見かけなかった。それがどんどん全国に広がっていて、新潟県のある市立図書館ではご丁寧に、カスを払うための立派なブラシが閲覧席に用意してあります(笑)。

さらに、この前宮崎県内の市立図書館で見かけたのですが、そのカス入れに「疲れたときには少し休んで」とか、「飲み物でリフレッシュ」とか受験生に対する励ましの言葉が書いてある。そうやって勉強する生徒を応援する雰囲気が全国の図書館に徐々に広がっています。

松井 高校生は勉強に行っているのだと思いますけど、そこに並んでいる本を休み時間にちょっと手に取って、「あ、面白い」となりませんか?

糸賀 読む可能性はもちろんありますが、全体としてはそれは少ない。

松井 そうなんですか。私は昔、そうだったけどなあ(笑)。

酒井 勉強とか、お友達と会うためですね。ファストフード店などだとお金が掛かる。タダで何時間いても怒られないし、家族にも「図書館に行ってくる」と言えば、多少遅くなっても大丈夫なので、子供としては行きやすい。

猪谷 私が気になっているのは、大学図書館がアクティブラーニングに対応したり、学生が利用しやすいようなニーズに応えたり、かなり変化していることです。

例えば同志社大学の「ラーニング・コモンズ」という施設では、ダイナー形式のシートを設けるなど画期的なつくりになっています。これは、学生が中高生時代にファミレスで勉強してきたから、彼らはそういう空間が落ち着くという理由ですね。他にも利便性の高いつくりになっていて、大学図書館の司書はこの施設に派遣される形です。

そんなふうに独自に進化した空間で学習してきた彼らが、卒業後、今の公共図書館を使ってくれるのかなと心配です。大きな世代間の断絶が生まれている気がします。

糸賀 もう1つ象徴的なのは、飲み物の扱いです。以前は本が濡れるといけないから図書館で飲み物を飲んではいけなかったのが、いまや飲み物は持ち込み自由という館が大半です。ペットボトルなんて公共図書館も大学図書館も多くは持ち込みオーケーです。

でも、いくらニーズには応えても、公共ならではの、税金を使ったならではの、サービスをする姿勢は、変えてはいけないのだと思います。

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