三田評論ONLINE

【特集:公共図書館を考える】
座談会:変わりゆく図書館──知の拠点は今

2018/07/09

ネット予約の弊害

糸賀 吉井さん、どう思いますか。

吉井 今ではネットで予約ができるんです。例えば又吉直樹さんの『火花』が単行本で出ると、ネットで予約する人が多い。でも、図書館ですでに買っている「文學界」は予約が全然入らない。

「『文學界』でも読めますよ」と言うと、「ああ、そうなんですか」という感じです。みんな「火花」と検索して、そちらにバーッと集中してしまう。純文学の雑誌を知っている人はどんどん減ってしまっているのかなと、ちょっと残念でしたね。

松井 実はほとんどの純文学の単行本は、逆に図書館のおかげで出すことができているんです。

芥川賞を受賞すると、その作家の2作目、3作目もちゃんと図書館は資料として購入してくれるのです。そうすると、5、6千部しか刷らない中で、全国の図書館が1500部とか、時には2000部も買ってくれるわけです。これがなかったら純文学の単行本は出せません。

だから、われわれは助けられているところもあるので、共存共栄は十分にあり得ると思っています。

猪谷 予約がネット経由で多数入るという話ですが、人気のある本だと何十人待ち、下手をすると100人を超えているときがありますよね。私はいつも思うのですけど、その100人の番が回ってきたときには、たぶん熱が冷めていると思うんですよね(笑)。

松井 半年待ち、1年待ちとか言いますからね。

猪谷 だったら図書館が毅然とした態度で、「10番目までしか予約は受け付けません。待てない方は書店で買ってください」と、地元の書店さんを紹介できればと思うのです。実際に千代田区立千代田図書館では、貸し出されてしまっている本を地元である神保町の新刊書店や古書店のネットで探して、「ここに行けば在庫があります」と教えるサービスもしています。

私はよく利用者側の「図書館リテラシー」が必要だと話すのですが、図書館側の毅然とした態度によって、利用者側の図書館の使い方や意識を高めていくことが大事だと思っています。

松井 日本図書館協会の機関誌「図書館雑誌」の2007年5月号の中に、川崎市立図書館の例が挙げられています。

そこでは、1つの本にリクエストが10件を超えた時点でさらに1冊、複本を買うと決めていたそうです。ところが、インターネットによる予約受付を始めたら、すさまじい数の予約件数が来てしまった。リリー・フランキーさんの『東京タワー』にはなんと予約件数が1730件も来た。これでは大変なことになってしまうので、川崎市立図書館は「限度を設けます。10件の予約があってもこれ以上は購入しません」と決めたそうです。

それに対する市民の反応はというと、意外にも文句を言ってくる人はほとんどいなかったというのです。今の予約というのは、ネットの画面上でクリックするだけですよね。

糸賀 予約をして取りに行かなくても、キャンセル料は掛かりませんからね。だから、皆とりあえず予約しておく傾向はあります。

ですが、本も文庫本に限らず値段が付いて売られている商品ですから、これを入手しようとするのであれば、「お金を払うか、時間を払うか」どちらかはすべきでしょう。お金を払うというのは本屋で買うという意味です。時間を払うという意味は、図書館でリクエストが多かったら順番待ちしてもらう。お金を払いたくない人は2年でも3年でも待つのは致し方ない。まさに「時は金なり」です。

松井 そうですね。これは新潮社の佐藤社長の名言ですが、だから市民サービスは、「少し不便なくらいがいい」。あまりにも便利になって市民サービスが行き届きすぎてしまうと、皆わがままになってしまう。

糸賀 松井さんがこの問題に一石投じられたので、ただちに文庫本の貸し出しが中止になったということはないのですが、現場にとってはそれなりに「これは考えなければいけないな」と立ち止まって考えさせる効果はあったように思います。

図書館への指定管理者制度導入

糸賀 図書館の風景が変わり、利用のされ方も変わってきた。それを裏付ける1つの実例が指定管理者制度の導入です。TSUTAYA図書館も一時、ずいぶん話題になりました。実は吉井さんも指定管理の民間事業者の一員です。

まずは直営の図書館にいた酒井さんから、図書館への指定管理者制度の導入をどのように受け止められたか、お伺いしたいと思います。

酒井 目黒区はかなり長い間、直営でやっていて、今も委託という形です。館長には区職員を配置して、実際の窓口には委託のスタッフさんに立ってもらっています。

委託や指定管理を請け負う会社さんというのは人材を揃えているなと感じています。委託でお願いした初年度は有力な人を送り込んでくれて、「任せて安心」と思う。そしてふと気が付くと、いつの間にかその方が指定管理の立ち上げに行かれたりする(笑)。委託で一定水準以上に育つと指定管理のほうに異動になるようです。

直営は、やはり身分が保障されているのでハングリーさがないというところはありますが、直営のよさはやはり一貫性というか、10年前に掲げたことを検証して、今度はこういうふうにやってみようという、長期的なプランニングをして軌道修正ができることです。あのときこういう理念でこういうことを始めたという歴史が語り継がれて、蓄積されていく。そのあたりは直営の強みだと思います。

糸賀 指定管理のほうとしては、どうですか。

吉井 私は5年間、江戸川区の図書館で館長をやりましたが、その前に新宿区に3年ほどいました。自治体によってどこまでやっていいよという、指定管理に対する範囲はあります。新宿区でも、江戸川区でも割と自由に「好きにやっていいよ」という感じでやらせていただきました。

例えば、ロボットの「ペッパー」を弊社負担で入れてみたいと江戸川区に相談したら、「おたくの会社で負担するのだったらどうぞ置いてください」という形でペッパーを置きました。

また、「東京オリンピックが近いので、何か盛り上げることを図書館でもやってください」と区から言われました。図書館に関係あることは限られているのですが、オリンピックに出た方に対して「お勧めの本を紹介してください」という形でお願いして、展示をしました。後は松井さんにもお答えいただいたのですが、「出版社社長が薦める図書館で読み継いでいきたい本たち」という企画をやりました。

松井 あ、そうだ。回答しましたね。

吉井 そう、あの企画は私です(笑)。そういう形で割とやりたいことをやらせていただきました。

糸賀 そういう企画は指定管理だからできるということなのですか?

酒井 直営ですと、できなくはないけれど、なかなかハードルが高いというところはあります。

吉井 決裁をとるのが大変なのではないですか。

酒井 そうですね。必要性を説明し,賛成してもらわなくてはいけません。

糸賀 指定管理だと、そういう斬新な企画案とか、自治体にはないノウハウを持っていて、「うちの会社だったらこんなことが図書館でできる」ということをアピールするわけですよね。

吉井 でも、今言ったことはたまたま私が館員とやってみただけで、会社としてということではないです。

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