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【特集:公共図書館を考える】
地方公共図書館に勤めて思うこと

2018/07/09

  • 安田 恵子(やすた けいこ)

    金沢市立玉川図書館司書・塾員

筆者は現在、金沢市図書館で司書として働いている。図書館業界でも全国的に非正規雇用が増えているなか、2012年春、義塾文学部図書館・情報学専攻を卒業後、直ちに正規雇用の司書として、しかも自分の出身地の自治体に採用されたのは、実に幸運であった。

最初に配属されたのは当時まだ開館2年目にすぎない金沢海みらい図書館であり、この図書館で6年間館内サービスと児童サービスの業務を担当した。そして、人事異動により2018年の4月から、同じ金沢市内の玉川図書館に配属され、資料係として利用者へのレファレンスサービスを中心とした業務に携わっている。

司書としての経験はまだまだ足りないが、現場の業務から垣間見えてきたことを、この機会に述べておきたい。

人々が集う場所と滞在型図書館

金沢海みらい図書館で働きはじめて最初に驚いたのは、想像以上に多種多様なイベントを開催していることだった。いくら図書館が公共施設の中で一番利用されている施設だとはいえ、市民を図書館に呼び込み、読書の楽しさを伝えるために、具体的にどのような企画を実行しているかは各地域や図書館の事情にもより様々で、大学の講義だけでは十分にわからないことであった。

金沢海みらい図書館においても、直接読書推進と関係するような朗読会や子ども向けおはなし会については開催目的もわかりやすくすぐ理解できたが、一見図書館とは関わりのなさそうな音楽会やアートイベント、公民館とのコラボ行事については、当初図書館で開催する意義が理解できたわけではなかった。しかし、図書館の設置経緯について開館当時の職員に聞き、自身もイベントの開催に携わり利用者の声を直接聞くうちに、そうした疑問も解けていった。

金沢海みらい図書館は2011年に開館し、金沢市図書館の中では一番新しい図書館である。図書館のすぐ横を大きな幹線道路が通っており、また西部地区は14歳以下の人口が他地区と比べて多いことから、情報拠点としてだけでなく、「滞在型」図書館としても幅広い世代や地域間の交流拠点、子育て支援拠点の役割を担うことが期待されている。

地域に根ざし人々の交流を促進するのであれば、まずは図書館が地域に受け入れられ定着し、地域住民が気軽に集う場所にならなければならない。さらに近隣の公民館や市内外の大学、外部機関と連携して幅広いイベントを開催することで、多様な情報を発信することもできる。

一見したところ本や読書と関わりない内容に見えても、もともと図書館にはあらゆるジャンルの資料が所蔵されているし、好奇心をかき立てることでうまく人と本とをつなげることができれば図書館本来の役割も果たせる。図書館の施設自体も設計時のコンセプトから読書に集中しやすい環境につくられており、さらに1日を通して図書館で楽しめる様々な企画が用意されることで、「滞在型」図書館としての存在意義をいっそう高めることになるだろう。

そのような取り組みの甲斐あってか、2016年度も1日平均で2,226人の来館があり、開館以降おおむね毎年入館者数を維持できている。また、来館者から「海みらいができて、この辺も文化的になった」という声も聞かれる。

自動車文庫の巡回があったとはいえ、確かに西部地区は既存の図書館から距離があったし、美術館や他の文化施設は市の中心部に集中しているものが多いので、心理的に距離を感じていたのだろう。近隣地域の人々にとって本が身近になり、気軽に来られる文化施設として認識されてきた様子がうかがえる嬉しい市民の声だった。

最初の勤務館である金沢市立金沢海みらい図書館。BBC 英国公共放送「世界のスーパーライブラリーベスト4」や米国旅行ガイド・フォダーズ「世界の魅力的な図書館ベスト20」に選ばれたことで知られる。

地域住民の交流拠点としての図書館

金沢海みらい図書館が地域に定着してきて、新たな動きを感じたこともあった。特に印象に残っているのは、最初はおはなし会の参加者だった母親たちが、いつの間にかそのおはなし会のボランティアグループの一員として活動していたことである。

他にも図書館でのイベントをきっかけに参加者同士が仲良くなり常連利用者になったこともある。図書館という場で行われている行事や活動を通して、ボランティアと参加者、参加者同士、そしてボランティアグループの垣根を超えて出会いやつながりができ、新しい活動や利用が生まれる様子を実際に目の当たりにして、交流拠点としての図書館の意義を実感したものである。

一方で、「滞在型」図書館としての課題もある。地方で生活する者にとっては切っても切り離せない車(クルマ)問題である。

金沢海みらい図書館には100台の駐車スペースが設けられているが、多くの方に来館いただいているおかげでイベント開催日を中心に頻繁に満車状態となり、来館者にとっても近隣住民にとってもストレスになっている。 公共交通機関の利用を呼びかけるだけでなく、ツイッターや図書館のホームページで満車情報を発信したり、満車時に返却のみの目的で来館した方のために職員が駐車場入り口まで本の回収に出たりしているが、どうしても満車が解消しない場合には短めの滞在を館内アナウンスしたこともある。地域の交流拠点として「滞在型」利用を妨げたくはないし、今後も継続的な工夫や取り組みの必要性を感じている。

郷土資料とレファレンス

現在の職場である玉川図書館は金沢市図書館の中でも資料の保存館としての役割を担っている。さらに旧藩史料の「加越能文庫」をはじめとした近世史料を収集・保存する近世史料館が隣接しており、利用者の興味や関心に応じて図書館と史料館を行き来できるため、おのずと郷土関係のレファレンス質問が多い。

まだ2カ月ほどしかこの業務に携わっていないが、しばしば問い合わせを受け、とりわけ難しいと感じたのは、特定の場所について、過去から現在への表記の変遷や、そこが昔はどのような様子だったのかを調査したいとの要望である。

最新のものを中心として住宅地図には毎日多くの方の利用があるが、当館では1963(昭和38)年から(途中抜けている年もあるが)所蔵している。

その一方で、加賀藩時代まで遡れば詳しい古地図が保存されている地域もある。ひと口に「昔」といっても様々で、明治時代〜1962(昭和37)年までの詳細な場所を調べようとすると、利用できる資料が限られてしまいなかなか厄介である。

様々なレファレンス質問に対応する中で、インターネットをはじめとするデジタル情報源を業務として利用することも多い。筆者が大学生だった頃と比べてもIT(情報技術)は進化しているし、インターネット上にも多様な検索ツールやデータベースが存在している。しかしながら、窓口業務では、それが知られていないことやうまく活用できない人も多いことを実感させられる。

市内における地域性もあるのか、玉川図書館の参考資料室にやって来る利用者の年齢層は比較的高い。一般の利用者で年配の方は特にパソコンや機械に慣れていない方も多く、紙ベースでの資料を求められる方が多い。窓口でパソコンの画面を見せながら問い合わせの参考になると思われる資料を教えたり調べ方を伝えてその場は満足いただいても、「この間見せてもらったあの資料をまた見せて」と再度来られる方も珍しくない。

窓口で利用者と共に納得のいく答えを探す過程はとても面白く、相手に合わせて必要な資料を提供することを実際に体験していくと、やはり図書館員は必要とされているのだと実感する。これからも利用者からのレファレンス質問に鍛えられながら、所蔵資料や検索ツールの知識を増やし、調べる技術を身につけてさらに利用者の役に立てる司書となれるよう励んでいきたい。

おわりに

ここ数年、「図書館=無料貸本屋」という批判を耳にする。図書館は利用者の求めるままタダで本を貸すだけでそれ以上の利便性に乏しく、書店や出版社の経営を妨げている、という指摘を図書館業界に詳しくない方でも一度は聞いたことがあるだろう。実際はそうではないということを、私は義塾在学中に講義や図書館情報学の様々な資料を通じて学んでいたが、自身が現場で働いてみて初めて腑におちたように思う。まだ6年しか実務経験はないが、ここに紹介したような「無料貸本屋」では為し得ないことは日々現場で起きている。

近年、金沢市は特に「市民協働」に力を入れており、図書館においても市民とともに図書館を盛り上げられるよう取り組み始めている。筆者も、本(情報)と人、人と人が出会える場としての図書館となるよう、毎日の業務を軸に励まなければと改めて気を引き締め直している。

※所属・職名等は当時のものです。

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