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【特集:公共図書館を考える】
座談会:変わりゆく図書館──知の拠点は今

2018/07/09

  • 松井 清人(まつい きよんど)

    (株)文藝春秋代表取締役社長

    1974年東京教育大学(現筑波大学)文学部アメリカ文学科卒業。同年文藝春秋入社。「諸君」「週刊文春」「文藝春秋」編集長等を経て2008年取締役。常務取締役、専務取締役を経て2014年より現職。

  • 猪谷 千香(いがや ちか)

    弁護士ドットコムニュース記者

    明治大学大学院文学研究科考古学専修博士前期課程修了。産経新聞社記者、「ニコニコ動画」ニュース編集者、米「ハフィントンポスト」日本版レポーターを経て2017年より現職。著書に『つながる図書館』等。

  • 吉井 潤(よしい じゅん)

    (株)図書館総合研究所主任研究員

    塾員(平26文修)。2006年早稲田大学教育学部卒業。練馬区立南田中図書館副館長、江戸川区立篠崎図書館・江戸川区立篠崎子ども図書館館長等を経て2018年より現職。著書に『29歳で図書館長になって』等。

  • 酒井 圭子(さかい けいこ)

    目黒区企画経営部広報課長

    塾員(平29文修)。上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。板橋区立蓮根図書館、目黒区立守屋図書館勤務等を経て2011~13年目黒区立八雲中央図書館館長。17年より現職。

  • 糸賀 雅児(司会)(いとが まさる)

    慶應義塾大学名誉教授

    東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。慶應義塾大学文学部助手、助教授を経て、1997年~2017年同学部教授。専門は図書館経営論。著書に『地方自治と図書館』(共著)等。

「文庫本の貸し出し中止」をめぐって

糸賀 今日は「公共図書館を考える」をテーマに皆様にお集まりいただきました。

今、公共図書館が大きな変化の中にあり、また社会的な関心も高まっています。TSUTAYA図書館に代表される指定管理者制度の導入による運営形態の多様化に加え、以前からの「無料貸本屋」批判、読書離れや書店・出版業界の縮小、さらにはネット社会・電子書籍の普及などに伴って、市民のための知の拠点がどう変化していくのか、そういったことを議論していきたいと考えております。

まず、昨秋、松井さんが東京で開催された全国図書館大会(公益社団法人日本図書館協会主催)で、「文庫本の図書館貸し出し中止」を提案され、大きな反響を呼びました。新聞各紙でもこの提案を受け記事を載せ、そこには一般の読者からもずいぶん反響があったようです。

また、昨年の10月、読売新聞社が行った読書週間世論調査(2017年10月31日同紙掲載)では、公共図書館の図書購入について尋ねており、「希望者が長期間貸し出しを待つことになっても、多様な本を揃える方がよい」が61%、「希望者が長期間貸し出しを待つことがないよう人気の本を多く購入する方がよい」は29%となっています。6割ぐらいの方は特定の人気本を買うのではなく、多様な本を揃えたほうがいいと考えているようです。

この問題について、まずは松井さんから発言をお願いします。

松井 この「文庫本の図書館貸し出し中止」提案は、一出版社の代表取締役の発言であり、書籍協会とかそういうものを代表しているわけではありません。しかし、昨秋図書館大会で申し上げたように、文芸書系の出版社にとってはやはり文庫は命綱で、例えば文藝春秋の全利益の3割以上が実は文庫です。話題になっている「週刊文春」や「文藝春秋」は全体の利益のそれぞれ十数パーセントなんです。だから、文庫というのは圧倒的な収益の柱になっています。

文芸誌はもうほとんど売れません。純文学の「文學界」と中間小説の「オール讀物」は両誌あわせて年間で3億を超える赤字を出すのです。だけど作家を発掘して育てるために、それらの雑誌は必要不可欠なわけです。

ここから単行本になってかなり儲けているのではないかと皆さん思っていらっしゃるのですが、単行本も8割近くは赤字です。 その段階を経て文庫になるわけです。文庫は値段が安くて手に取りやすい。それから書店が長く置いてくれます。若い人の中には明らかに、文庫になるのを待って買う人がいる。だから、文庫になると1桁、初版部数が違います。

単行本では、純文学だったら4千〜5千部というレベルです。ところが、文庫になると、最低でも1万数千部を初版で刷ります。ここで収益を回収する仕組みになっています。ですから文庫本を大量に貸し出されるというのは、文芸系出版社にとっては相当なダメージを受けるということです。

これは、出版社だけではなく、作家にとっても大きなダメージになります。

糸賀 なるほど、大変な影響があるということですね。

松井 ただ、同じ文庫でも出版社によって全く違うということは申し上げておきたい。新潮社とかうちとか、双葉社などの文庫は文芸系の、しかも新刊が軸になっている。でも例えば岩波文庫は全く違うもので、いわゆる古典の文庫です。また学術文庫系は分類が違うから、たぶん図書館では文庫にはカウントしていないでしょう。

実はわれわれのように文庫で収益を上げているところの文庫というのは、今動いている、今まさに店頭を賑わせている文庫を指すのです。もう10年以上も前に出したような名作の文庫は、全然別の扱いです。今店頭を賑わせて、店頭で動いている文庫の貸し出しを猶予いただけませんか、とお願いしているのです。

図書館で人気の高い「文庫本」

糸賀 では図書館員の方に伺いたいのですが、酒井さんと吉井さん、数年前に図書館は無料貸本屋だ、という批判を受けたときに、図書館の現場では、これをどのように受け止めたのでしょうか。

酒井 図書館では実績を報告するのに貸出数で評価されるというところがあるので、数がたくさん報告できるほうが図書館としての使命を果たしていると思われがちです。ただ、ベストセラーを何冊も買うというのは長い目で見ると、そのうち借りられなくなる在庫をたくさん抱えてしまうことになるので、それは一定程度制御しなければいけないということはあります。

文庫本については、たぶん置けば出るのでしょうけれど、私が所属していた目黒区立図書館では、ハードカバーで買うので基本的には購入しませんでした。ただ、読み終わった方が「差し上げます」と寄贈してくださると、有り難く受け入れて貸していました。

最初から文庫のもの、例えば光文社の「古典新訳文庫」とか、書き下ろしの文庫は当然、収集のために買いますが、ハードカバーが出るものはよほど内容が変わらない限り、購入はしていません。

松井 そうですか。すごくうれしい話です(笑)。

吉井 私のところは、文庫は買わないわけではないのですが、やはり親本が絶版などでもう手に入らなくなった場合にどうしても、というパターンです。ただ、私が館長をやっていたのは大人向けの図書館で、年配の方が多くいらっしゃるところでしたが、年配で弱視者になってくると文庫本を読むのはなかなか大変なので、大活字本のほうを手に取るようになり、文字が小さい文庫は手に取りにくいということがありました。でも、「やっぱり文庫は持ちやすいよね」というお客さんもいます。

2015年の新潮社の佐藤隆信社長も、今回の松井さんのご発言も、現場で働いている身にしてみれば「そうですね。分かります」という話なんです。ただ、ああいうご発言があった後、お客さんは、「えっ、文庫はもう買わないの?」とか、「本の貸し出し猶予しちゃうの?」と聞いてきます。

「いや、いきなりそんなことはしません」という対応を一応していますが、図書館に来るお客さんはやはり気にされている感じですね。利用者はやはり年配の方が多いので、年金暮らしではつらいんだろうなとも思いますし、なかなかそこが難しいところですね。

糸賀 総じて図書館では、文庫本は人気があると考えていいのでしょうか。

酒井 あると思います。文庫を1冊寄贈で受けますと、同じハードカバーの本が5冊あっても1冊の文庫本のほうに予約が集中してしまいます。

糸賀 それは通勤とか通学のときに電車の中で読んだりすることを考えると、ハンディで持ち運びに便利だということでしょうか。

吉井 電車で読むのに便利なんでしょうね。

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