三田評論ONLINE

【特集:公共図書館を考える】
座談会:変わりゆく図書館──知の拠点は今

2018/07/09

地方図書館の事情

糸賀 そうすると、それは都会の話ではないでしょうか。つまり、電車で通勤・通学する人にとって便利ということで、地方はまた違うのでは?

松井 そうなんです。実は、地方の図書館の人たちにこの話をしてもピンとこないようです。

糸賀 ああ、やはりそうですか。そのあたりの事情を、全国を回って取材されている猪谷さん、お願いします。

猪谷 地方と都市部で一番違うのは書店の数です。都市部は書店さんがたくさんありますので、図書館に文庫を貸し出されるとどうしても競合してしまうという面は確かにあると思います。しかし、地方では、今、書店すらない市町村が問題化しています。そうした自治体では、初めて本を手に取る場所が図書館しかない。だから長い目で見ると、良質な読者を育てるという点から、文庫を含めて、多彩な品揃えを地方の図書館はしなければいけない、ということも言えるかと思います。

ただ、この話、私は板挟みなんです(笑)。自分でも本を書いていますし、松井さんのお話を取材でお伺いしてもいるので、出版社側、作家さんの事情も分かります。今、本の売り上げが厳しくて、特に小さい書店さんなどでは、今まで主力であった雑誌が全く売れない状況です。

松井 そうなんですよね。

猪谷 そうすると、書店の収益の柱として残ってくるのは、文庫と漫画になっているのかなという気はします。私が住んでいた渋谷区上原に幸福書房さんという書店がありました。40年間も地域の人たちに愛され、林真理子さんの地元の書店として有名で、私も通っていたのですが、今年2月、とうとう店を閉じました。

店主にお伺いすると、とにかく雑誌が売れなくなり、ここ数年本当に厳しかったと。この書店は雑誌で収益を得て、多少売れなくても良質の学術書や文芸書を揃えて、収支を合わせていました。それが、雑誌が駄目になってしまうと、いい本も揃えられない。他でもそういう 書店さんが、ついにはつぶれてしまうということを聞きます。

書店が厳しくなれば出版社も厳しくなり、コストのかかる良書が生まれないという悪循環になれば、図書館の蔵書にも影響が出てくると思います。「手間暇かけずに作れて、その瞬間だけ売れる本」が悪いとは言いませんが、そうした本ばかりでは、図書館本来の役割は果たせないのではないでしょうか。

図書館の風景が変わった

糸賀 文庫本の売れ行きが出版社にとっても、書店にとっても、そして作家にとってもきわめて重要だということはよく分かるのです。

さてそのとき、図書館が文庫本の貸し出しをやめたら、読者はもっと文庫本を買うようになるでしょうか?

松井 公共図書館が文庫本を貸し出さなくなったら、すぐに文庫本の売り上げが戻ってくるかと言えば、そんな単純なことではないと思っています。

ただ、一般の市民にとって「図書館には文庫本もたくさん置いてあって、貸し出してくれるんだ」という、そのマインドが問題なんです。私が言っているのは「やはり文庫本ぐらいは街の本屋さんで買ってください」ということなのです。それすら図書館で借りることができるとなったら、これまでの書店、図書館、出版社、読者、このある種の棲み分けの秩序が崩れてしまうのではないか。

糸賀 そのマインドについてもう少し補足していただけないでしょうか。

松井 図書館の風景が以前とずいぶん変わってしまったのではないかという気がします。私が子供の頃、本の面白さに目覚めたのは間違いなく公共図書館でした。うちは商店で忙しかったから、土曜日曜は親に図書館へ連れて行かれて、放り出されていたんです。

大学に入って図書館をどうやって利用したかというと、私が大学4年のときに『日本の精神鑑定』(1973年)という本がみすず書房から出たのですが、6千円もする。50年近く前の大学4年生にはとても買えません。そのようにとても買えない本が資料として図書館にある。だから、図書館で本当に読み漁ったんです。そういうところが図書館だと自分は思っていたわけですが、今やそういう光景が失われてしまったのではないか。

雑誌がこんなに売れなくなったのは、やはりスマホの普及ですよ。そしてネットにより、「フリー」「無料」「タダ」というマインドが蔓延していきます。今では誰もがタダで情報を得られると思っている。図書館はそこに歯止めをかけてほしいと思います。文庫本まで堂々と大量に貸し出してしまったら本を買う人がいなくなる。全てがタダということになってしまうのではないか、というのが私の心配するマインドです。

糸賀 図書館の風景が変わったというのはおっしゃる通りだと思うのですが、現場にいらした酒井さん、吉井さんのお2人はどう受け止めますか?

酒井 現場にいると徐々に変わっていくので感覚として分かりづらいのですが、昔の図書館だと一定程度古びていた本ばかりあり、それでも好きな人が行くというところだったかと思います。エンタメの小説でも、刊行から少し時間が経ったものしかありませんでしたが、今は書店並みのものを求められる。

新刊が出て購入すると、皆予約で持っていかれるんです。皆新しい本が入るとチェックしているのです。利用者から「図書館の棚には新しい本が並んでいないけど、本屋さんみたいに並べてください」と言われる。いや、買っているんですけど……。

糸賀 でも、図書館が求めに応じて新刊書を買うとしたら、大衆迎合的ですよね。本来の役割は何かということになりませんか。

松井 でも、図書館によっては利用者のリクエスト、ニーズに応えなければいけない、となるわけですよ。

酒井 一定程度はそうですね。

松井 そうするとどうしてもベストセラーなどを複数購入することになる。

糸賀 でもバランスの取り方だと思うのですけどね。リクエストとかニーズを一切無視はできないけれども、やはりこれは民業圧迫につながる。私は基本的に税金で成り立っている公共図書館にそれはできないと思いますよ。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事