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【特集:変わるメディアとジャーナリズム】
座談会:ニュースの今、そして、これから

2018/06/26

ニーズに合わせてニュースを送る時代

山腰 荻上さんは放送と、それからオンライン上のデジタルメディアと双方の世界をよくご存じで、様々な著作でもメディアに関して論評されています。デジタル化によるジャーナリズム、あるいはニュースのつくり方の変化について、どのようにお考えですか。

荻上 僕は記者ではなくニュースをつくっているわけではないのですが、ニュースサイトと名乗るものを10年以上前に個人でやっていました。ブログ元年と言われた2003年です。当時はツイッターもフェイスブックもありませんでしたが、僕の問題意識としては、世の中にはいろいろと面白いコンテンツがあるのに上手なフローはない。そこでそうしたフローを生む一つのプラットフォームになろうと、個人でボランティアで運営していました。

しかし、そのうち、時間がたつとコンテンツはよりリッチに、また多くの人たちが簡単にアップロードできるようになり、ブログよりも平易なSNSも出てきた。一方でツイッターなどによってフローというものが過剰なほど日々生まれてくるようになった。また、例えばtogetterやNAVERのように、今あるものをとりあえず一定の形で編集するというエディター的な役割というのも果たせるようになると、ニュースサイトのような形で何かを紹介する必要はあまりなくなるわけです。

ですからこの十数年間だけを見ても、ネット社会自体も実は大きく変わっている。そうしたフローの速さや、あるいはかつてよりも大規模でデータの送受信ができるがゆえに、画像や動画などのリッチコンテンツがバズる(ネット上で話題になる)ことができたりする。 今は瞬間的な注目をネット上でどう集めるかということがネットメディアの課題になってきています。最近、ツイッター上にバイラルムービーを10秒間でも上げて、ノークリックで見ることができるようにする動きが各新聞社などで出てきている。 他方、特に若い世代はグーグルとかヤフーで検索せずに、ダイレクトで個別サイト、例えばpixivやYouTube、あるいはInstagramで検索する。そうすると、「そこにないものはない」ことになってしまうので、各社ともに、そこのバージョンのそれぞれのメディアを持たなければいけなくなっている。今、私はいろいろなメディアに対して、「まずはニュース専用のYouTubeチャンネルを持って、各局のユーチューバーを持たなければいけない」と言っています。

これからの情報社会はコンバージェンス(convergence、収束)とダイバージェンス(divergence、発散)の両方があると議論されますが、多様性に向かっていろいろなチャンネルを用意することと同時に、CNNもBBCも海外のニュースサイトも日本語版を持っていたり、翻訳することが技術的に簡単にできるようになることによって、世界の情報を集約的に見ることもできれば、それぞれのニーズに合わせてニュースの送り方も多様化しなければいけない。そういう両方の側面を用意しなければいけないと思うんです。

スローニュースという方法

山腰 そのようななかで「シノドス(SYNODOS)」を続けてこられた。

荻上 かつてあったフローのなさをカバーするというよりは、ストックのクオリティを向上させたいということから、「シノドス」(当時は「シノドスジャーナル」)を立ち上げました。

「シノドス」は、基本的に研究者の方に書いていただくスーパースローニュースみたいな扱いでやっています。アカデミックジャーナリズムと名乗っていますが、話題になったテーマで多くの人たちが関心を持ちそうなニュースにデイリーで応答するのではなく、もう少し長く月刊誌ぐらいのタイムスパンでしっかりと応答する。研究者はそのニュースを、10年、20年と研究してきて、100年とか、時には1000年といったタイムスパンでそのニュースを見ていたりするわけです。タイムリーなものに対して、あえて最もゆっくり読まれるメディアが必要だろうと、「シノドス」をつくりました。 より確からしい情報を届けるためには、やはり数千字、数万字ないと届けられない真実があるわけで、そうしたところをしっかりとグーグルで検索できるようにネット上に載せておくことが重要だという思いで続けてきました。

分かりやすく、手短かにすると疑似科学や偽歴史学のようなものがはびこってしまいます。そうではない確かな知に基づいたプラットフォームをつくり、そこから情報提供をしっかりして、ウェブ上の情報をベターなものにする一つの役割を担いたいという思いがあった。そのためにあえてフロー過剰の中で、1日1本だけストックを増やすという「シノドス」をつくったということになります。

山腰 非常におもしろい指摘だと思います。今までニュースのつくり方というのはある程度、制度化されてパターン化されていた部分があって、その中での時間の区切り方、あるいは多様性の広がり方があったと思うのです。デジタル化というのはそれを一度こわしてしまったがゆえに、これまでとは違った形でニュースをつくる、ジャーナリズムの実践をするという可能性が開かれている部分もあるわけですね。

荻上 そうですね。既存メディアの影響力はネットによってむしろ増していると思うんです。ウェブサイトとしてのPV数などを比べると、大手の新聞社などが運営しているサイトはやはりメガサイトです。しかし、そうした大手サイトならではの資本力と機動力というのを実はまだ生かせていないと感じているので、そこの余地を自分たちが補いたいと思ってきました。

一つ問題意識としてこの「シノドス」を立ち上げたときにあったのは、教育問題なり、犯罪なりがあると、記者さんが取材をして記事を書き、その中で専門家のコメントが載る。1時間ぐらい話して1、2行で、しかもその要約の仕方が専門知から見ると首を傾げるようなところも正直ある。

そうなったときに、その専門家にこのニュースに対してダイレクトに1時間分のインタビューをして原稿にする形で、知の流れというものが変わっていくのだったら、専門家が発信するのがよいのではないか。そうやって専門知が軽視されず、むしろピックアップされるような媒体をつくりたかったのです。

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