三田評論ONLINE

【特集:変わるメディアとジャーナリズム】
座談会:ニュースの今、そして、これから

2018/06/26

  • 八田 亮一(やだ りょういち)

    日本経済新聞社編集局メディア戦略部長

    1990年早稲田大学商学部卒業、日本経済新聞社入社。産業部、シリコンバレー、ニューヨークで産業取材に従事。その後、日経電子版の創刊と運営を担当。16年より現職、日経編集局のデジタル化戦略を立案。

  • 荻上 チキ(おぎうえ ちき)

    評論家、前「シノドス」編集長
    1981年生まれ。ニュースサイト「シノドス」を立ち上げ、2018年3月まで編集長。ラジオ「荻上チキ・Session-22」等多くの媒体で幅広く活躍。著書に『すべての新聞は「偏って」いる』等。

  • 津田 正太郎(つだ しょうたろう)

    法政大学社会学部教授
    塾員(平9政、13法博)。財団法人国際通信経済研究所を経て現職。専門はマスコミュニケーション論、政治社会学、情報化社会論。博士(法学)。著書に『ナショナリズムとマスメディア』等。

  • 籏智 広太(はたち こうた)

    BuzzFeed Japan 記者

    塾員(平24環)。慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所修了。2012年朝日新聞社入社。京都総局、熊本総局勤務を経て退社し、2016年より現職。
  • 山腰 修三(司会)(やまこし しゅうぞう)

    慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所准教授

    塾員(平13政、20法博)。昭和女子大学専任講師を経て現職。専門はジャーナリズム論、メディア論、政治社会学。博士(法学)。著書に『コミュニケーションの政治社会学』等。

大手メディアのデジタル化戦略

山腰 デジタルメディアが発達してメディア環境が変化していくなか、ニュースの生産や消費の変化は、ソーシャルメディアの発達に伴うこの10年ぐらいで大きなものがあったと思います。

ニュースづくりの現場でいったいどういう変化が起きているのか。ニュースのつくり方や伝え方がどのように変化しているのか。そして個々のジャーナリスト、あるいはジャーナリズム組織は、この変化にどのように対応しているのか。また、ニュースやジャーナリズムの捉え方、考え方の何が変化して、あるいは何が変化していないのかを今日は皆さんと考えたいと思います。

さらに、ジャーナリズムやメディアと社会との関係、政治や民主主義との関係がデジタル化を一つのきっかけとしてどのように変化しているのかも重要な論点です。

最初に、ニュースのつくり方の変化ですが、デジタル化は、これまで日本のジャーナリズムを担ってきた組織、あるいはジャーナリスト個人にどのような影響を与えているのか。まずは組織レベルでの影響について、日本経済新聞の八田さんにお伺いしたいと思います。日経はデジタル化にいち早く対応して電子版を発行したのですね。

八田 2000年代半ばにアメリカのメディア状況を取材していました。アメリカでは既にインターネットですべてのニュースを見るのが当たり前になりつつありました。

当時の日経は無料の「NIKKEI NET」を始めて10年ぐらいでしたが、紙の新聞に載っている記事の3割をインターネットで配信し、残りは紙でしか読めない状況でした。アメリカと同様に日本でもネットですべての新聞記事を読みたいという読者の要望が高まりつつありました。一方で、全部をネットに流した場合、それまでのように無料で流していいのかと議論になりました。

お客様のニーズ通りにすべてのニュースを全部無料でネットに開放したときに、無料、つまり広告収入に頼るだけでビジネスが本当に成立するのか。それともう一つ、こちらのほうが大事なのですが、私は新聞社に勤め、記者も20年近くやっていましたが、情報というのは、時間とコストを相当かけて取材した成果です。それに対するある程度の対価はご負担いただきたいということです。

そういう問題意識から、当時の意思決定としては、新聞の掲載する記事は全部ネットに流す。ただし、購読料という形で幾ばくかのご負担もいただきたい、という結論に至ったわけです。

山腰 今、特に全国紙レベルの有料の電子版という点では「日本経済新聞」が一番成功していると評価されていますが、今後の「日本経済新聞」の姿というのは紙媒体から徐々にすべてデジタルへと移行していくのでしょうか。

八田 今の会社の経営の方針として、「テクノロジー・メディア」になりたいということをわれわれは掲げています。それは新しい技術をどんどん取り入れて、読者やお客様により役に立つものを実現していこうということです。

正直、紙媒体の部数をこれから伸ばすというのは難しいわけです。日本の人口も減っていきます。特に「日本経済新聞」というのは働いている方が大きな読者層で、その方々がリタイアした後も読み続けていただくにはどうしたらいいのか。一つの答えがデジタルです。例えばiPadで新聞を読めば活字も相当大きくできます。リッチなグラフィックや動画を使えば経済に馴染みが薄い大学生や新入社員でも理解しやすいのではないか。そういう努力を続けないと私たち自身も選んでもらえない、生き残れないという危機感があります。

山腰 紙からデジタルへと変わっていく中で、ニュースのつくり方に何か大きな変化はありますか。

八田 その前に、変えてはいけないものもあると思います。紙だろうが、デジタルだろうが、メディアの役割は3つあると思います。情報を集めます、情報を整理します、情報を届けます。この3つの役割は、デジタル化されてもメディアとしてはたぶん1ミリも変わらないでしょう。その中でわれわれが一番大切にしたいのは、正確な事実を伝えることです。誠実さ、英語で言うintegrityです。つまり品質保証はしっかりやっていく。

一方で変えなければいけない部分も、当然あります。3つの役割はそのままですが、「やり方」は臨機応変に変えたいと思います。例えば今日トランプ大統領と安倍首相が会談していますが、新聞では「米トランプ大統領」と書く。紙の新聞では構わないと思いますが、ネットで流したときに、普通は「アメリカのトランプ大統領」と書きますよね。これは大きな違いです。グーグルの検索エンジンにも「米」では引っかからない。細かいようですが、そういうことが大事になってきます。

記事の長さも一例です。社内でもインターネットの世界はスペースが無限だから紙に載らない長い記事を載せたらいいと思っている人もいますが、ちょっと誤解もあります。「日本経済新聞」の閲読データを見ると、1日あたりの平均閲読時間は、電子版のほうが紙よりも3分くらい短いのです。ということは、読者はもっとコンパクトにたくさんの情報を知りたいと思っている。むしろデジタルのほうが短い記事にしたほうがいいという仮説が出てきます。

さらに視覚化です。写真やグラフィックスというものを多用しないといけない。特に今、読者の半分はスマートフォンで記事を読んでいます。だから、あの小さな画面の中でパッと分かるような工夫を凝らさないと、読者が満足してくれない。こういうことはすごく大きな変化ですね。

紙の記事は読まれない!?

山腰 デジタル技術の持っている特性と読者のニーズを重ね合わせながらニュースのつくり方を考える必要がある。ただ根幹的な部分は変わらないと。

次に、ジャーナリスト個人の変化について考えたいのですが、籏智さんは、「朝日新聞」から「BuzzFeed Japan」に移籍されました。それはどういった理由なのでしょうか。

籏智 僕は入社5年目のはじめに、朝日新聞社を退職し、「BuzzFeed」に移りました。その理由は2つあります。1つは記者として、自分の同年代の人に自分が書いた記事が届かなかったということ。比較的情報感度の高い友人も多いのに、丸4年で自分が書いた記事を「読んだよ」と言ってもらったことは一度もなかった。地方版をメインで書いていたのもあると思いますが、同世代に読まれないのでは意味がないと感じるようになり、そうした人たちが接するネットメディアに移ったほうがいいのかな、と思ったのです。

もう1つ、大手メディアの記者の働き方という側面もあります。過労死などの問題を受け、最近では記者の働き方やハラスメントに対する問題提起がなされていますが、いわゆる寝る間も惜しんで働く夜討ち朝駆けの取材スタイルなどに、働き手としても限界を感じていたのです。

山腰 デジタル専門のメディアに移り、取材方法、記事の書き方などは変化したのでしょうか。

籏智 基本的には一緒です。人に会い、話を聞いて取材をして、それを記事にするという動作は何も変わっていません。ただ、行政取材、警察や消防取材で記者クラブに加盟していないということはかなり壁になっていて、1次ソースに当たれないということも多いです。人員の問題もあり、1次ソースの新聞社が書いているものに頼って、引用した形でそれをさらにまとめて記事にするといったスタイルは確実に増えました。

山腰 「BuzzFeed Japan」の記者は何人ぐらいなのですか。

籏智 ニュース部門だとデスク兼務も含めて十数人です。

山腰 籏智さんが取材して記事をつくった後にデスクがチェックをするのですか?

籏智 そこも変わりません。ネットメディアでも会社によっては違うと思いますが、うちは基本的に、エディターと呼んでいるデスクを通す仕組みです。

山腰 ワークライフバランスは変わりましたか。

籏智 朝日の下っ端社員だったときは基本的に管外へ出るのが禁止なんです。土日出勤もかなり多い。地方総局はかなり人員が逼迫していましたが、転職して、休みも取れないという状況は劇的に改善されました。

山腰 自分のやりたい取材というのはいかがですか。

籏智 それもできるようになりました。基本的に指示を与えられることはありません。担当も決められているわけでもなく、自分で動いて書いていくというスタイルです。新聞社のように官庁ごとで担当が分かれてはいないので、身軽というか、比較的自由が利き、様々なテーマを横断することもできる。単にネットメディアだからという問題ではないと思いますが、とても取材をしやすい環境だと感じています。

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