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【特集:防災を考える】
座談会:来るべき地震災害にどう備えるか

2018/03/01

「帰らない」という貢献

大木 首都直下地震の話をしたいと思います。特に帰宅困難の話はすごく重要だと思っています。

3・11のときの帰宅困難はもう武勇伝のように「俺は8時間で帰った」とか言っている。でも、「首都直下地震のときにあなたは遺体を何体またいで帰るつもりですか」と言うと、皆黙るんです。例えば余震がたくさん起きて、目の前で倒壊する家があるかもしれない。あなたの真上に看板やガラスが落ちるかもしれない、という視点を皆全然持っていない。そういう最中に何時間歩いて帰るのか、というリアリティが欠けていると思うのです。

廣井 首都圏の帰宅困難は3・11がまさに悪い成功体験になっている。あれが帰宅困難だと思っている人が結構いますが、首都直下地震や南海トラフでの大都市の帰宅困難と、3・11や大雪での帰宅困難とは全然種類が違います。首都直下や南海トラフだと、みんなが一斉に帰ることで歩道に人が集中し、過密空間となって明石の花火大会の歩道橋事故のときのように群集なだれが発生してしまう恐れがある。

あるいは車道の渋滞によって消防車、救急車が動けなくなって、助けられるはずの命を助けられないというリスクがある。つまり、自分が加害者にもなり得る。そういった啓発がまだ十分にはできていないと思うのです。

大木 どのような対策をしていけばよいのでしょうか。

廣井 帰宅困難というのは、結局歪んだ大都市の職住分布が問題ですから、帰宅困難者を発生させないという抜本的対策はすぐには難しい。そうすると発生してしまった帰宅困難者をコントロールして、どうやって帰らせないかという発想に帰着します。ただ、公共施設の数は大都市では足りないので、帰宅困難者の人たちを帰らせないための居場所をつくるには、どうしても企業の力を借りないといけない。

誤解を恐れずに言えば、いままで都市防災の主体は自助と公助が主でしたが、東日本大震災以降の大都市では、企業の役割が非常に重要になってきています。企業が災害対策として地域に貢献する「共助」はいままであまりなかった。モデルがないので悪戦苦闘していますが、まちを守る新しい防災の形が徐々にできつつあると感じています。

大木 「帰らないことが大きな貢献なんだ」という意識を持ってもらうことですね。3・11のときに「帰れ」と言った会社がたくさんありました。何かあったら会社の責任になるからです。企業のほうにも一定の覚悟というか準備をしてもらって、帰らせないで社員を全部泊めた企業が貢献した企業になるというふうにチェンジしていかなければいけないですね。

「家族が不安」を解消するために

山口 家族の安否確認ができないと、どうしても怖くて家に帰りたくなってしまうと思うのですが、逆に言えば、通信が生きていれば帰宅困難者のむやみな移動は防げるものですか。

廣井 以前はそのように言われていたんですが、東日本大震災後にきちんと調査すると、家族との連絡が取れても心配で帰っている人が多かった。だから安否確認だけではなく、帰らないメリットをきちんと準備する必要がある。食べ物を用意するとか、水を用意する、あるいは発災時にボランティアになって周りの人を助けるように意識づける、といった対策が必要と思います。

大木 また、帰り道はすごく危険なわけです。例えば首都直下地震は直下型なので余震がかなりあると思います。奥さんが旦那さんに「帰ってきてほしい」と言ったことで、帰り道の途中で落下してきた看板が直撃して死ぬかもしれない。そういう情報も地震学の観点から提供しなければいけないですね。

廣井 火災が起きた時に避難する地域住民も、細い道路は建物が倒壊して閉塞する可能性もあり、どうしても幹線道路を使わざるを得ない。その時に帰宅困難者が幹線道路を使って一斉帰宅すると、密度が非常に高くなって避難に相当の時間がかかります。

ただ、やはり「家族が不安だ」というのは人間として当然の感情なので、それを否定するだけでは難しいんです。だから帰宅困難者対策で重要なのは究極的には自宅の耐震化です。自宅が不安だと、安否確認が取れても、余震があるかもしれないから帰る、となってしまう。自宅は安全なんだという認識をきちんと持つことは帰宅困難という観点からもとても重要なのです。

山口 移動するリスクを「見える化」をして、サイネージで「火災がこの先で起きています」という情報を見せるというのはどうですか?人間の視界はせいぜい数百メートルまでです。でも情報通信を使えば、数キロ先のリスクを帰宅困難者に示すことができます。

廣井 その表示が出ればいいですね。

大木 避難について、人間にとって一番の情報は警報などではなく、目の前に逃げている人がいるということなんですね。

山口 視界の範囲外で「逃げている人がいる」または「その場にとどまっている人がいる」ということが見える化できたら有効かもしれませんね。

廣井 ただ、そもそも市街地火災から逃げた人っていまはあまりいないんですよね。4年ぐらい前、関東大震災の被服廠(ひふくしょう)の生き残りの方に話を聞いたのですが、火災が起きたらここに逃げようという話し合いはしていたそうです。それだけ昔の人は火災リスクが身近だったんですね。でも、いまは火災避難なんてしたことがない。だからちょっと怖いなと思います。逃げ方ぐらいは地域の中で防災教育をしておいたほうがいいかなと思います。

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