【特集:動物園を考える】
座談会:問い直される動物園の役割
2017/06/01
動物との付き合い方を学ぶ場
大沼 小説や漫画とかアニメでキャラクター化された動物というのを良く見るわけですが、われわれが抱いてしまう動物に対する先入観というものがありますよね。
ヒサ バンビなんかで「きゃー、かわいい」なんてね。私は、例えば子ども向けに「オオカミとヤギさんが仲良くなりました」とかいうのは嫌いなんだよね(笑)。
サバンナに初めて行った人は、まずは動物がいっぱいいることにびっくりして「誰が餌をあげているんですか」なんて聞くわけです(笑)。皆、自給自足で生活しているんだけど、その現場を見ると、皆ショックを受ける。ライオンがイボイノシシを捕まえて、お腹を押さえて朝からバリバリ食べている。そのお腹の中から胎児が出てきて、それをまた口の中に入れてガブッとかみ砕く音が聞こえるわけです。
ハンティングの場面では、ある意味、草食動物のガゼルのほうに感情移入して見るわけです。ところが、ライオンが何回も狩りに失敗すると、今度は狩るほうにだんだん感情移入してきて、「あっ、やっと捕まった」と言ってほっとする。だから、感情移入というのはどちらにでもできるんです。
それは基本的に動物と向かい合った経験があまりないからです。そういう意味で動物園は動物と人間が向かい合うことを皆に考えさせる場になってほしいんだよね。
戸川 野生動物との付き合い方なんですが、知床のキタキツネは観光客が餌をあげるので、キツネの方も車が来ると寄ってくるようになってしまっていますよね。動物園では近くで見られますが、野生動物はある程度の距離を保つことが必要で、そうしないと共存は難しい。私たちは「暖かい無視」と言っているのですが、暖かく無視するという意味が、子どもたちに伝わると良いなと思うのです。
大沼 なるほど。長谷川さんはフィールドで動物に触れられているときはどんな関係を保っておられるのですか。
長谷川 つかず離れずですね。双眼鏡で観察するような距離です。アフリカでチンパンジーの研究をしていたときは、京都大学の先生たちがバナナとかで餌付けをしていたので、よく慣れているのは3メートルぐらいの距離までは来るのですが、そういうのは少なくて、ほとんどは10メートル以上離れて双眼鏡で観察するしかないんですね。
アフリカにいたときに私が1番怖かったのは、チンパンジーの集団をヒョウが後をつけている。それを私たちは地上で見ているわけですが、チンパンジーはサッと木に登って、木の上でヒョウに対して枝を投げつけたりして怒っているわけですよ。だけど、こっちは木に登るわけにいかないので、ちょっと後ろにヒョウがいるわけ。こんなに怖かったことはなかったですね。
あと、夜はライオンが野生のチンパンジーを食べに来たことがあった。何週間かたったら、チンパンジーの赤ちゃんが1匹いなくなっていて、ライオンのフンがドンと落ちていた中にチンパンジーの毛とか頭蓋骨が入っていて、ああ、これが食べられちゃったのかと。
2年間いて、森にライオンが1回だけ来たんです。肉食動物とわれわれの間に柵がないということがこんなに怖いことかと本当に思いました。
大沼 動物園では種間の違う同士でのストレスはないのですか。
村田 ズーラシアに新しくできたアフリカンサバンナの展示では、4種混合の展示をやっています。キリンとシマウマとエランドと肉食獣のチーターです。
初めはストレスみたいなものがあったのですが、ずっと続けていると、種間であいさつをしたり、心の探り合いをしたりしているような行動が見られて、すごく面白いです。
長谷川 それは面白いですね。
村田 遠慮しながらであったり、お互いに積極的に近づいたり。チーターは、一番弱い立場にあって自分より大きいものは襲えない。たまにシマウマにちょっかいを出すのだけど、シマウマが本気になれば、たぶんチーターは大けがを負います。そういう追っかけ合いを楽しんでいるような雰囲気に、今はなっています。
先ほど言われた社会性のない状況で単独で檻ごとに種を飼っているというのはかなりかわいそうなことですよね。そろそろ人間中心的な考えを変えないといけない。環境の中に生息している1種の動物として自分たち(=人間)を見ないと、我々の将来も危ない。動物園を、そういうことも学べる場にしたいですよね。
理想の動物園とは
ヒサ 例えば、村田さんが理想的な動物園をつくりたいと思ったら、どういうふうにしていきたいですか。
村田 日本で最初に動物園をつくろうとしたときの考え方ですね。学術、学問が基盤にあって教育普及がある。質の高いレクリエーションはそういう支えがないとできないはずです。やはり動物園学と呼ばれるような、社会や経済や政治も含めた中でちゃんと成立する動物園を目指したいと思っています。
大沼 ほかの皆様にもご自身が動物園をつくるのであればこういう動物園をつくりたい、という願望をお1人ずつお話しいただければと思うのですが。
戸川 子どもたちの教育の場になる動物園で、動物から社会が学べるところです。人間の社会、トラの社会、サルの社会などがそれぞれあり、人との軋轢も起きているという現状を知って考える教育ができるところですね。
長谷川 私は永久にできないかもしれませんが、動物が自分の意思でそこにいて、扉を開け閉めするのも自分の意思でできるような場所ってできないかなと思うのです。動物学者がそんなことを言ったらいけないか(笑)。
大沼 それをわれわれが待っているわけですね。いいですね。ヒサさんはいかがですか。
ヒサ 日本地図に「日本にはこういう動物が分布しています」と書いてあるわけです。シカがいたり、クマがいたり、タヌキがいたり。ところが、都会で暮らしている子どもたちはちょっとハイキングに行くぐらいでは動物に会うチャンスなんてないわけですよ。だから、動物園の役割はすごく大きいと思うのです。
世界中にいろいろな動物がいて、何千年、何万年と人間が一緒に生きてきたのに、トラやゾウが子孫を残すことをやめたら、もう2度と会えないわけです。その重大さを知るチャンスというのは動物園で動物に会うことだし、そこで飼育の人なりビジターセンターみたいなところできちんと動物の位置づけを知ることだと思いますね。
映像で残せるからいいじゃないかと言う人がいるのですが、映像の動物は死なないし赤ちゃんも生まない。でも、動物園では命のサイクルが見られるわけです。それも含めて動物園の役割はあるわけです。
地方公共団体がやっているということは、市民が共通でその動物を飼っているという意識でしょう。動物が死ぬと皆が花束を持っていったりするのは、市民たちが「今、この動物と一緒に暮らしているのだ」という感覚を持てるからです。
行政そのものが動物園の役割をもっと理解してくれて、そこでいい市民が育てば、行政が受益者になるわけですよ。環境に優しくて、命を大事にする子どもたちが大人になれば、ゴミは捨てない、いじめはしない、いい市民が育つわけですね。単なる娯楽や集客だけではなくて、そういう動物園であってほしい。
大沼 村田園長、慶應義塾の卒業生は経済界に非常に多いんですね。特に、こういう考えを持ってほしいということがありましたら。
村田 経済の力は非常に強いので経済と動物園をどうリンクさせていくのか。そういう仕組みづくりを企業などと一緒に考えていきたい。
例えば、企業ごとに何か展示を持つということも考えられるし、サポート的な面でもいいのですが、動物園に来ればその企業の方向性が見える、社会の役割が見えるという仕組みができればと思っています。
理想的には、社会全体が動物園みたいになれば、動物園は必要なくなるのではないかと思っています(笑)。僕なんかは、山の中にいて、野生動物が見られるような状況があれば幸せになれる。人間中心主義ではなくて、同じ生態系の中の1種の動物として暮らせるような社会を感じさせる動物園にしたいなと。
大沼 私の個人的な印象なのですが、学生に聞くと、デートのときは動物園より水族館に行くと言うのです。私が理想とするのは、付き合い始めたカップルが、「じゃあ、動物園に行こうか」と言えるような動物園です(笑)。
村田 でも、アンケート調査では、レストランとか、街の映画館よりも、「動物園に行こう」と誘ったときのほうが成功率は高いそうですよ。
大沼 それは存じませんでした。やはり同じ動物を見て共感するんでしょうか。
村田 動物園って何か安心感がありますよね。小さいときに行ったイメージもあるし。
戸川 デートのときに、動物を見ながら生息地の保全の役に立ちたくなる、そんなヒントが見つかるような動物園がいいですね。明るく未来が語れて。
大沼 そうですか。それでは学生に「最初のデートは動物園に行くとうまくいくらしいよ」って伝えます(笑)。
村田 まあ、そのときはズーラシアですよ(笑)。
大沼 話も尽きないですが、今日は本当に有り難うございました。
(2017年4月27日収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2017年6月号
【特集:動物園を考える】
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