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【特集:動物園を考える】
座談会:問い直される動物園の役割

2017/06/01

動物園と文化的背景

大沼 動物との触れ合いはどういうことをしているのでしょうか。

村田 モルモットとかネズミを使った触れ合いはやっています。あとは餌やり体験です。

ヒサ 触れ合いは人気でしょう?

村田 人気ですが、本当にそれがいいのかどうかと言われると、難しいところがありますね。小さいときの体験は重要なんですが、それが動物にとって過酷なストレスになる可能性がある。

長谷川 アザラシのお鼻を触ろうとか、そういうのがありますよね。カワウソと握手とか。小さい筒みたいなところから向こうが顔を出してくるところに子どもがちょん、とかやる。すごく人気なんでしょう?

村田 人気なんですよ。

長谷川 あれ、感染とかも含めて怖いなと思う。

大沼 ハンブルグの動物園に行ったときに、子どもたちに膝をつかせて1列に並ばせて、その背中の上を小型のレッサーパンダか何かを走らせるんですよ。子どもたちは大喜びでしたが、日本ではたぶん無理でしょうね。

村田 今、触れ合いは難しいですね。近くで見るのは大丈夫なのですが、本当に触れるというのはどうなのかなという議論は出てきますね。

それと、日本ではあまり語られませんが、一番大きな問題は安楽死です。海外では高齢の動物とか病気の動物は、苦しみを与えないために動物園で安楽死をさせる。日本ではまだ公には議論されていませんが。

ヒサ 日本人は、病気になっても死ぬまで面倒をみようというメンタリティがあるから。日本は虫でも鳥でも全部命じゃないですか。でも、西洋はちょっと違いますね。ある意味モノだったりするし、殺すことを平気で考える。

大沼 そういう動物観の違いがあるわけですね。

村田 動物観とか文化というのが動物園の基盤になっていますから、今後、日本の文化が変われば動物園も変わっていくでしょう。

ヒサ 動物とどう接するかということが問われるでしょうね。例えば、海外でトラやゾウを保護しろと言いながら、一方日本でクマが人里に下りてきて人が怪我をしたら殺しましょうと言う。街に出てくれば害獣で、テレビで映せば、かわいい動物になったり、野生動物との付き合い方のルールがないわけですよ。普段から考える習慣がどこにもないんですよね。

所轄官庁もないでしょう?日本列島では何千年も動物と共存してきたけれど、イノシシはどれぐらい獲っていいのか、クマは何頭までいたらいいのかわからない。シカの数がどんどん増えてきたら、慌てて猟師を増やせとかオオカミを放せと言ってみたり、目茶目茶なわけです。そのなかで、今は動物園ぐらいしか動物のことを考えてくれる組織がないわけですよ。それで、問い合わせると、「ペンギンは裏口から入ったよ」では困る(笑)。

村田 ヒサさんが言われたように、動物園って動物だけを飼っているわけではなくて、文化的な背景と非常に密接に関わっているのです。

そこで、動物園を造語したと言われる福澤諭吉創立の慶應義塾大学に動物園に関する学科もしくは講座を設けてもらいたいと願っています。動物園のバックグラウンドを支えている日本の経済とか社会とか政治との関連を学問領域で有機的につなげていかないと、動物園の明るい将来はありません。単に動物を見せてお金を取るという時代ではないわけですから。

生息地とのつながり

大沼 これから人口減少で野生生物と人間との軋轢が地方ではますます増えてくると思うのです。対処のノウハウを蓄積してくれる機関の役割も動物園に担っていただかないといけない。

村田 動物園はそういう意味では非常に貴重な施設です。単なる動物学ではなくて、動物を取り巻く経済、社会、有機的な連関の中で学問体系として動物園学を構築し、それが支える動物園をつくりたいと思っています。

戸川 上野動物園にいるのはスマトラトラなのですが、スマトラ島は今、パームオイルを取るために熱帯雨林がほとんど伐採されてしまい、どんどんトラの棲み処がなくなって数が減っている。そこで、「トラ大使」のワークショップでは、現状を伝えてから、プランテーションの経営者、そこで働いている人、家畜をトラに殺された人、レンジャーなどの役になってロールプレイをし、最終的には子どもたちが考えた言葉で紙芝居にしているのです。

最初は「トラはどこにいるの?」と聞いたら「動物園」と言っていた子どもが、3年の間にいろいろ勉強して生息地の危機的な状況に対し自分たちに何ができるかまで考えるようになる。子どもの力って大きいと思います。

大沼 今、動物園では、生息地の現状とか密猟についても情報提供があるのでしょうか。社会と自然の統合的なイメージを持つような方向は入れられているのですか。

村田 例えばアメリカのブロンクス動物園のコンゴの森という展示や、ヨーロッパの動物園におけるマダカスカルの自然を模した展示は、開発との関連を前面に打ち出した大規模展示になっています。

日本でも、上野動物園もズーラシアも、動物展示の前には必ずそういう解説板があります。 なぜ動物園でその動物を飼わなくてはいけないのか、この動物が野外ではどのような状況に置かれているのかということを伝えることは常識になっています。

ヒサ 現地に行くとやはり経済の問題なんですよね。パームオイルは環境に優しいからとヒットしたわけです。でも現地では、熱帯雨林を全部焼いて、パームヤシのプランテーションをつくるわけでしょう。

ただ、現地では、自分たちだって電気が欲しい、学校が欲しい、病院が欲しい、豊かな生活を目指して何が悪いの?となる。マクロの目で見れば、環境破壊で悪いに決まっている。でも、彼の人生の中では豊かになりたいことは全然悪いことではない。そういう場面があちこちにあるわけです。

今ゾウの密猟が話題になっていますが、アフリカに行くと、いろいろな密猟があるわけです。ブッシュミートと言って、ガゼルとかを獲って食糧にするための貧乏な人がやっている密猟もあれば、象牙やサイの角を取って大量の金を稼ぎたいという密猟もある。

一方、レンジャーだってゾウがかわいいから守っているわけではなくて、ゾウがいなくなると観光資源がなくなって困るから、国の経済のために命をかけて鉄砲で戦うわけですよね。だから、いろいろなところで全部、経済に置き換えないと動物を守れない。

動物園の中でいくら一生懸命動物を増やしても、その動物たちを返す場所が破壊されていたら、返す場所がないわけです。返す場所がなくなる理由は、ほとんどがいわゆるグローバルな経済行為なんですよね。

大沼 動物園に行って、そこから、世界や社会や経済の仕組みにも関心を持ってくれないといけませんね。

村田 動物園から世界を変えることができればいいなと思っています。

長谷川 その意味で、この「トラ大使」というのはいいアイデアですよね。一人一人が動物の大使って、とてもよいと思います。

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