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【特集:動物園を考える】
座談会:問い直される動物園の役割

2017/06/01

教育の場としての動物園

大沼 戸川さんはこれまで野生生物の保護活動に関わってこられたのですが、そういう立場から動物園をどう見られていますか。

戸川 私たちはトラ・ゾウ保護基金という名称で活動しているのですが、トラとかゾウの個体を見るのではなくて、動物が生きていられる生息地を守るという活動なのですね。

日本では小さいお子さんがいらっしゃると動物園に行くけれど、大人になるとだんだん行かなくなる。また、動物に興味がある子どもも、中学生ぐらいになるとほかのことにもいろいろと興味が出てきて、動物園から遠ざかっていってしまう。でも、小さいときに動物に触れた体験は大人になっても残るのではないかと思うんです。

私たちは5年前から上野動物園とコラボレーションで、近くの小学校に声をかけて小学生を集め、「うえのトラ大使」という名称で活動をしています。トラのことを伝える小学生たちは、トラの牙や骨格がどうなっているのかとか、足はどれぐらい大きいのかを動物園で実際に見て、トラという動物を知ります。そして、「トラになってみよう」という私たちが考えたゲームを通して、一口にトラといっても野生のトラには定住個体、放浪個体、子育て中のメスなど色々なトラがいるトラの社会を知り、トラ生息地の生態系や、森で暮らしている人とトラとの軋轢、共存のための解決策などを3年かけて勉強するワークショップなんです。

大沼 教育の場として動物園を考えていらっしゃるのですね。

戸川 はい、種の保存法が改正され、動物園の役割は明確になる見通しです。野生動物が本当に少なくなってきているのでゆくゆくは本来の野生環境に戻すことを前提に繁殖、飼育するという役割です。しかし、動物園が哺乳動物を野生に戻すということは現実には非常に難しいので、その難しさや本来の生息地の現状を伝え考える場にすることが重要だと思います。

ヒサ 今、戸川さんがおっしゃったように、子どものときに受けた印象はやはり忘れないと思う。それが社会教育として一番正しい動物園の第一歩だと思います。

人間以外にもいろいろな動物がいて、動物園へ行くとその動物に接することができるわけです。これが実はインドにいたりアフリカにいる。そういうことを全部動物園に行くことによって感じることができる。

それを感じた子どもは、そのあと環境問題や命の大切さなどを考える際に、動物園での経験が基礎にあると、考え方が違ってくると思うんですね。そういう意味では、動物園に行ってもらえば、「教育」を大上段に振りかざさなくても、目の前にかわいい動物がいれば、「かわいい」と感じると思うのです。その「かわいい」と思う気持ちが、その動物が滅びてもいいのか、という自然保護の形につながっていくので、まずは窓口を広げて大勢の人に来てもらえる動物園になってもらいたいですね。

動物展示の変化

ヒサ 今、動物園は昔みたいに小さな暗い檻に1頭ずつ動物が入っているのではなく、生態展示に変わってきたり、その背景を見せようとしたりと、一生懸命努力している。でも、総体的に日本の動物園はこうあるべきだという基本的な考えはないので、各園、各飼育員の個々の現場でのいろいろな努力によって、少ない予算の中で一生懸命やろうとしているわけです。

大沼 個々の努力にかかっているわけですね。

ヒサ 本当は地方行政が動物園の役割を基礎から理解していればいいのです。ところが、やはり集客施設としか考えていない。

動物園の役割はこうだというポリシーをきちんと出して動物園を運営しようとしているのは上野動物園ぐらいですよね。ほかの動物園がそういうことを言うのは、文句を言われないためのほとんど後付けの説明なのです。皆が手探りでやっている。そして、その職員が異動になると、それきりで消えてしまうわけです。

例えばゾウなんかは人を認識する能力が非常に高い動物なので、飼育員とのマンツーマンの関係が結婚生活みたいに構築される必要があるにも拘らず、異動になってしまうこともある。だから、動物園というのはその存在が非常にもろいところに乗っかっているという感じがするのですね。

大沼 日本では旭山動物園が成功してからずいぶん生態展示が広がったと思うのですが、その効果はどういうところにありますか。

村田 旭山の場合は生態展示ではなく、行動展示と呼んでいます。今まで動物が動かずに寝ているような動物園が多かったのですが、動くところを見てもらう仕組みを展示施設につくったのです。

生態展示というのは別の系統から出てきたもので、動物たちが生きている自然を飼育環境として模倣してつくり、そこに動物を置いて自然な行動を促すということです。どちらも目標とするところは同じなのですが、生態展示はすごく経費がかかるので、旭山のやり方は普及し、注目されたのですね。

大沼 なるほど。昔は動物園と言うと、高いところから見下ろして行動を見て、裏に回ると寝室があってと、ほとんど同じだったのですが、今は動物園によって本当に違いますね。

ヒサ 動物が動けるようにしてあげるというのは、動物にとってもお客さんにとってもメリットがあるんですね。

ディズニーがフロリダにアニマルキングダムという大動物園をつくった。ディズニーが動物園をつくるというので、アメリカで保護団体が大反対運動をした。それに応えるために、ディズニーはアトラクションにしろ何にしろ、教育的な要素を山ほど入れることによって開かせてくれと言ったんです。

例えばアフリカのサバンナゾーンだと、ジープに乗って回れるようにして、アトラクションでいきなりジープに無線が入ってワーッと飛んで行くと密猟者を捕まえる。アジアのゾーンだと、熱帯雨林が燃えていて、そこに材木を運搬する車が崖から落っこちて、その間をトラが逃げ回っているみたいなアトラクションがある。「こんなひどいことが熱帯雨林で行われているよ」と、ありとあらゆるところで教育的な要素を入れて、初めてオープンできたんです。

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