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【特集:動物園を考える】
座談会:問い直される動物園の役割

2017/06/01

  • 村田 浩一(むらた こういち)

    日本大学生物資源科学部教授

    よこはま動物園ズーラシア園長。1975年宮崎大学農学部獣医学科卒業。神戸市立王子動物園勤務を経て、2004年より現職。2011年よりズーラシア園長。専門は動物園学、野生動物医学。博士(獣医学)。

  • 長谷川 眞理子(はせがわ まりこ)

    国立大学法人総合研究大学院大学学長

    1983年東京大学大学院理学系研究科人類学専攻博士課程修了。タンザニア野生動物局、早稲田大学教授等を経て、総合研究大学院大学教授。2017年4月より同学長。専門は行動生態学、自然人類学。博士(理学)。

  • 戸川 久美(とがわ くみ)

    認定NPO法人トラ・ゾウ保護基金(JTEF)理事長

    動物作家戸川幸夫の次女。1997年トラ保護基金を設立、2009年現組織となり、絶滅に瀕するトラ、ゾウ、イリオモテヤマネコの現地の保全対策、違法取引防止、国内での普及活動に尽力する。

  • ヒサ クニヒコ

    漫画家、絵本作家

    塾員(昭41法)。『サファリへ行こう 東アフリカのサバンナ実践ガイド』などの著作もあり、野生動物・動物園に造詣が深い。公益財団東京動物園協会評議員、横浜市動物園友の会会長も務める。本誌に漫画を連載中。

  • 大沼  あゆみ(司会)(おおぬま あゆみ)

    慶應義塾大学経済学部教授

    1983年東北大学経済学部卒業。88年同大学院経済学研究科博士課程後期単位取得退学。東京外国語大学助教授等を経て2003年より現職。専門は環境経済学。著書に『生物多様性保全の経済学』等。博士(経済学)。

動物園の4つの役割

大沼 今日は、われわれにとって当たり前のように存在している動物園を考え直してみたいと思います。

私は経済学の立場から生物多様性について研究していますが、動物園という、生物多様性に最初に親しむ場の仕組みや問題点について考える、非常にいい機会だと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

では最初に、横浜のズーラシアの園長をされている村田さんより、動物園の役割とはどういうものなのかということをお願いできますでしょうか。

村田 慶應大学はあまり動物と縁がないように思われますが、戦前は慶應義塾獣医畜産専門学校がありましたよね。それに、動物園との一番大きな関わりは福澤諭吉です。

福澤諭吉は幕末に遣欧使節の一員としてヨーロッパに行き、広い視野を持って、多方面のことを見ましたが、パリで博物館群の中の動物園も見られているようです。そして『西洋事情』で紹介するときに「生(いき)ながら禽獣魚虫を養う」施設に「動物園」という漢字を使った。

それが日本で初めて動物園という語が使われた例と言われているので、慶應義塾で「動物園」が生まれたと言ってもよい(笑)。

その後田中芳男という人が、幕末に万国博覧会の展示担当者としてパリへ出張した際に、福澤も見た博物館群の中の動物園を見てとても感激し、こういうヨーロッパ文化の社会教育施設を日本に持ち込まないと欧米列強に負けるのではないかという意識を持った。動物園のスタートはそのように社会教育を含めたものだったのですね。

動物園の役割は4つあると言われていて、1つは経済に関わることですが、「レクリエーション」です。それ以外に、「社会教育」、動物の「保全・保護」、そして「研究・調査」です。本来、動物園はzoology(動物学)というキチンとした学問上の教育があり研究がある。それを基盤として市民が憩えるレクリエーションが存在するという形なのです。

大久保利通が日本に動物園をつくるべく明治天皇に意見書を上げたときも、人々が楽しみながら、知らないうちに知識を身に付けるのが動物園だと書いている。

だから、スタート時点のほうが動物園の基本をしっかり押さえている。そこにもう一度立ち戻るべきではないかと思っています。

大沼 現在の日本では、その4つのどこに1番重点が置かれていますか。

村田 今は大沼さんのご専門の経済、レクリエーションですね(笑)。

大沼 集客ということですね。

ヒサ 動物園の施設はほとんどが公営で、地方自治体が経営していますよね。どうして地方自治体が動物園を持ち、税金でどこまでやるのかと言われると、入場料を取ってペイしなければという発想がどんどん出てくる。すると、小さな地方自治体だとこの4つの役割のうちの1つしかできない動物園がたくさん出てくるんです。

村田 経済的に成り立たないとつぶれていく。公立だけではなくて、私立の動物園もありますが、これまでにいくつか閉鎖されています。動物園の本来の役割が見失われているところもあるのではないかと思います。

また、動物園のトップの人たちというのは、特に公立の動物園はほとんど動物園のことを知らないで来る人が多いんです。

長谷川 官僚の人が来るんですか。

村田 公立であれば、所轄の建設局とか衛生局、経済局の人たちが来ますね。一般の人は、動物園長は動物の専門家だと思っていますが全然違うんです。動物相談の電話を管理職が本を見ながら答えていたりする。

私は神戸の王子動物園の獣医をしていたんですが、過去に市民が「王子動物園のペンギンはどこから来たんですか」と聞いたら、「裏口からです」って答えていたそうです(笑)。「ホッキョクグマは何を食べているんですか」と聞かれて、「ペンギンをバリバリ食べていますよ」という逸話もあります。

長谷川 北極にペンギンはいない(笑)。

村田 そういうレベルだったんですよ。

大沼 なるほど。そうすると、今は集客に力を入れる動きが強いということで、社会教育や研究とか種の保存というところには、あまり力を入れていないのでしょうか。

村田 いや、そうでもないですよ。世界的には種の保存・保全が中心になっていますし、動物福祉が非常に重要な柱になりつつあります。

もちろん、お客さんに来てもらわなければ動物園が成り立たないのは当然ですし、企業として、もしくは集客施設としてキチンとした経営母体を持たないと成り立たないということも世界的には認識されています。ただ、そのバランス感覚が非常に重要です。

「研究」の視点が疎かに

大沼 長谷川さんは野生動物の生態などを研究してこられていますが、動物園についてはどういう印象をお持ちですか。

長谷川 研究者としては、私は野生動物を対象にしていたのですが、野生動物を研究するにはアフリカやスリランカに行かないといけないから時間がかかるし、若いときでないとなかなかできない。ある程度年を取って忙しくなってから、動物園の動物を対象にした研究を学生がやるのを指導することは結構ありましたね。

そういう意味では間接的ですが、動物園の動物を対象とした動物行動学に関わってはいましたが、もっと研究の面で動物園側や動物園の経営の人に理解してほしいなと思いました。

日本は動物園の学芸員さん自身がPh.Dを持っている人がいないでしょう。研究者として動物園に雇われている人はほとんどいないですよね。

村田 いないですね。

長谷川 私たちの研究に関わりたいと思っても、有給休暇を取らないとやらせてくれないとか。研究に動物園側の人がまともに関わる仕組みができていないんですね。

村田 そうなんです。先ほど4本柱で「研究」と言いましたが、研究をメインとして認めている動物園はあまりないんですよ。公立の動物園は特に職務分担があって、技術職として研究という項目がないんです。

僕などは王子動物園のときに、当時の園長に「研究がしたければ大学に出て行け」と言われた。

大沼 博物館や美術館が学芸員の研究の場になっているということとは違うということですね。

村田 ただ、動物園というのは博物館法の中の位置づけとしては博物館相当施設なのです。それなのに実情はちょっと違う。

大沼 やはり美術品と違って、世話が忙しいといったことがあるんでしょうか。

ヒサ 基本的には忙しいでしょうね。人員を削減してギリギリのところでやろうとしているから。

村田 歴史的に研究の位置付けがもともとないのですね。

ヒサ だって、飼育の人って昔は動物園では職人だったものね。

長谷川 動物園では野生でなかなか観察できない動物もいるので、研究をするときにどうするか、という目で動物園の設計をしたら、だいぶ変わると思うんですね。

村田 そうなんです。もったいないですよね。

ズーラシアのオカピ(撮影 村田浩一)
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