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【特別記事】メルケル首相、塾生と語る

2019/06/12

AIとこれからの社会

学生6 法学部政治学科3年の学生です。最近AI開発とデータ収集において、アメリカと中国が非常に先に進んでいて、ドイツと日本は後れを取っているというニュースが流れています。国家間のAI開発の競争も非常に重要だとは思いますが、何よりもAI開発、テクノロジーの進化によって、どんな国家、社会をビジョンとして打ち出すのか、これが国としては非常に大事かと考えています。メルケル首相が、AI開発の先にどんな未来があると考えているのかお聞きしたいです。

メルケル 正直に申し上げて、人工知能(AI)社会のその先がどうなるのかはあまり見通せていません。私たちは人工知能と冷静な関係を持たなければならないと思います。私たちがなすことはすべて人間のためでなければなりません。つまり、人間が優位を保ち、自分たち自身が何をしているのかを承知し、自ら制御できるようにしておくことが重要です。人工知能の利用によって実現した発展が、倫理的にも裏打ちされたものとなるよう留意していかなければならないのです。ですから国としても早い時期に、人工知能には何ができるのかについて展望を持ったうえで、現状を把握しておく必要があります。

「アルゴリズムが何をしているかがよくわからない限りは『人工知能』と呼び、わかってくると名前がつく」という面白い言い方があります。例えば「顔認証」という名前が付く。顔認証は人工知能の成果の一つですよね。あるいは「癌検知」でもその他の健康に関わる成果でも、まずは人工知能を神秘のベールから解き放つことが必要でしょう。

また「人工知能は人間を完全に不要にしてしまうのでは」などと怖れるのではなく、「人間を助けて仕事を容易にしてくれるものだ」と考えるべきだと思います。ロボットを見てみればわかるとおり、新たな雇用も生まれるわけですから、不安に思うことはないと考えます。

繰り返しますが、最も重要なのは、人間こそが人工知能活用の倫理的な指針を決定する立場にいるということなのです。

とはいっても国によっても差があります。次のような問いを考えてみる必要があるでしょう。例えば、私はどこまでが人間としての私なのか、私という人格の範囲はどこまでなのか。私の片方の足が義足になったとしても、私はまだ同じ人間です。私が3つの臓器を移植されたとしても、まだ同じ人間です。補聴器を装着したとしても、まだ同じ人間です。

しかし、私が脳にチップを埋め込まれて、私の思考の速度や精度が上がったら、まだ同じ人間と言えるでしょうか。どこで私という人間は私でなくなるのか。私が同じ人間であり続けるには、どこまで変わってもいいのか。こうした問題には今後取り組んでいく必要があるでしょう。

いつの日か人間は相手の考えを読み取ることができるようになるでしょう。言葉を発せられなくなった人にとっては、それは素晴らしいことでしょう。

しかし、ここにいるそれぞれの人がそれぞれ他人の考えを読み取ることができるとします。それを私たちは望むでしょうか。自分の考えが読み取られるということが社会のプロセスにとって意味することは何でしょうか。人間の共生は、お互いについて何もかもがわかっているわけではないということを土台に成り立っています。2人の人間が夫婦や家族として一緒に暮らしていて、それぞれが相手について考えていることをすべて相手に言ってしまったら、相当多くの殺し合いが起こってしまうのではないでしょうか。文明の文明たるゆえんは、考えていることを何もかも口に出して言ってしまわないことでもあるのです。しかし頭の中が脳波か何かを通じてわかるようになってしまったり、読み取れるようになってしまったりしたら、生活のあり方を一変させてしまいかねません。人間は、実現可能であるからといって、それを必ずしもすべて実現させたいとは思わないでしょう。このことはじっくり考えていきたいと思います。

中国でヘルスケア分野のスタートアップ企業の視察をしたときの話です。私はすでに年配で、逆に、皆さんにとってはふつうのことかもしれませんが、いつ自分は病気になるか、どういう確率で病気になるのかがわかる、というのです。しかし、あらゆる遺伝子が解析され、毎日健康状態を監視されて、何を食べるか、何をするか、どれだけの確率で何の病気になるか、どう対処したらよいのか、何もかも知りたいと思うでしょうか? 私はそうは思いません。

しかし中国ではかなり多くの人がそうしたことを知りたいと思っています。「栄養評価証明」なるものをもらった人は、長生きできる確率が高いというのです。日本ではどうかわかりませんが、そうしたことを望むのか望まないのかについては、文化や国民によって違った答えがあるのかもしれません。このように、私たちには多くの新しい倫理的な問題が突きつけられることになっていくでしょう。

中国について、安全保障政策

学生7 法学部政治学科2年です。私の質問は中国との向き合い方についてです。中国は経済的にも軍事的にも目覚ましい発展・台頭をしていると思います。とりわけ経済分野では、世界経済においてポジティブな効果を大きくもたらしていると思うのですが、日本ではとりわけ安全保障面において、中国の台頭に懸念が持たれていると思います。またアメリカでもペンス副大統領などは「中国に寛容に接する時代は終わった」という旨の発言をされていたと思いますが、メルケル首相は中国の発展・台頭というものに対して、どのように向き合っていくべきとお考えですか。

メルケル 中国は、過去200年間を除き、常に世界の最重要国であった、というのが中国の自己認識です。私たちは、中国が台頭してきたと考えますが、中国はそうは考えない。自らがかつて紀元1400年、紀元800年、あるいは紀元ゼロ年に占めていた本来の定位置に戻るだけなのだ、と考えています。

だから自分たちが最重要の国であり、最大の大国だからといって彼らにとっては特段どうということもないのです。中国はグローバルプレイヤーを自認しています。それは「一帯一路」構想にも表れています。中国は地球上のできるだけ多くの国々とつながりを持とうとしていますが、その際に主導権は中国にあるのだと考えています。

ヨーロッパとしては中国に対し、互恵関係の必要性を説くとともに、対等の立場での協力を望んでいると示してきました。これに対し中国は、一部にまだ大きな貧困下にある層を抱えつつ、他方では極めて高い成果を出しているという状況にあり、まあ、若干都合がいいところがあるというか、「まだ途上国なので援助が必要だ」と言いながら、他方ではすでに競争相手であったり、私たちよりも上をいっていたりするわけです。

2020年には、中国では食料問題が解消し、貧困に喘ぐ人の数は減少し、ほとんどの人が中所得層ということになるでしょう。ご存じかと思いますが、中国の大学生は知識欲旺盛で、大変勤勉で、学習意欲が高く、懸命に自らの前進を追求しています。それはそれで結構なことですが、中国との協力では、知的財産権に関して慎重かつフェアな対応を進めていかなければなりません。

セキュリティに関しては、インターネットの5G問題について、ドイツではファーウェイ参入の是非が今、大きな議論になっています。ドイツに進出するなら、企業がデータをすべて国家に引き渡したり利用させたりしない、中国政府がすべての中国製品のすべてのデータにアクセスできないようにするという確約を得る必要があり、この問題については引き続き中国と議論していく必要がありますし、また米国との議論においても協議の対象の1つになっています*6

しかしもとより中国は大志を抱いているわけですから、平和な世界秩序の構築に向けてもより多くの責任を引き受けていく必要があるでしょう。中国はまだそれほど多くの国連の平和維持活動に参加していませんが、徐々に貢献の度合いを増すでしょう。中国の力が増し、経済的に発展していくにつれて、これらの分野でもよりさまざまな要請を中国に対してしていくことになるでしょう。

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