三田評論ONLINE

【その他】
【特別記事】メルケル首相、塾生と語る

2019/06/12

地球温暖化問題へのドイツの取り組み

学生4 理工学部機械工学科の学生です。私は気候変動問題に興味があり、COP24にも参加してきました。日本の技術というのは、ドイツとともに、世界の気候変動問題の解決に大きく貢献できると考えています。しかし環境省の方などと話していると、政策とか国民の環境意識などが時に障壁となって、なかなか日本の素晴らしい技術が生かされていないと感じています。ドイツでは環境政策をどのように国家の重要議題に押し上げ、その積極的な推進へ向けた世論の形成を成功させたのでしょうか。

メルケル パリ協定、またそれ以前の京都議定書の枠内において、ドイツはかなり野心的な温室効果ガスの削減目標を自らに課しました。おそらく2020年の目標値を完全に達成することは難しいでしょう。私たちの排出削減に向けた取り組みの1つは、排出権取引制度であり、産業界全体に排出上限を設けた上で、排出権の取引を行うというものでした。排出権に価格がつき、価格の作用によって全体としてCO2排出量が徐々に減少することを目指しました。

問題は、排出権取引は本来市場経済的な手段なのですが、2008年、2009年、2010年のような経済危機が起きると経済の成長が止まり、排出権が市場でダブついて価格が下がってしまうということです。つまりインセンティブが全く働かなくなり、排出権価格に本来期待された機能が失われてしまうのです。排出権の市場流通量を減らすなどしましたが、結局、期待していたような、経済的に有効な働きを実現するには至っていません。

エネルギー分野を見ると、ドイツは発電の35%を特に風力や太陽光をはじめとする再生可能エネルギーでまかなっており、これが今や最大電源ですが、蓄エネルギーは弱い。バイオマスはありますが、全体として蓄エネは未解決の課題です。

現在進めている取り組みとしては例えば、ノルウェーに海底ケーブルでこちらからエネルギーを送り、水力発電(訳注:揚水発電のことであろう)で「蓄えて」もらい、冬季や風の弱い時期には逆にこのケーブルを通して200万キロワットの電力供給を受ける、というプロジェクトが進んでいます。ノルウェーが私たちの蓄電池の役割を果たしてくれるのです*4

ドイツは残念ながら、いまだにCO2の含有量の多い褐炭利用が過多で、それについては現在大きな議論をしています。2038年までには石炭発電から撤退するという方向です。ただし、それに代わって天然ガスが今よりも必要になるでしょう。

その他2つの懸案があります。一つは何十年も前に昔の基準で建てられた断熱効率の悪い建物です。日本であれば古い建物は解体し新築するのがふつうでしょうから、最新の基準で建て直せばいいので大きな問題とはならないでしょう。

もう1つ、私たちの最大懸案となっているのは交通分野です。エンジンの燃費効率がよくなっても、自動車が増えればその分は帳消しになってしまうからです。日本は水素自動車の技術を重視していますが、ドイツは電気自動車に力を入れており、あと数年でガソリン車、ディーゼル車からの移行が大きく進むのではないかと思います。しかし、電気や水素を石炭エネルギーでつくるのではせっかくの移行も意味がなく、再生可能エネルギーでつくるのがなんといっても最善です。

さて、その他の分野としては農業がありますが、ここでは、牛たちに正しい食べ方を学んでもらい、CO2排出を控えてもらうようにしなければなりませんが、これも大きな課題となってくるでしょう(笑)*5

このようにどの分野においても前進を図ってはいますが、いずれも非常に厳しい政策論争を伴っているということは付け加えておかなければなりません。

まだ結論が出ておらず、多数派の合意が得られていないのですが、すべてについて統一的なCO2への価格づけでカーボンプライシングをするべきではないかという議論も行われています。あるときは法規制、あるときは税制、あるときは排出権という具合にその都度異なるのではなく、CO2排出からはことごとくお金をとるようにすることが理論的には最善の解決なのです。ただ、1国だけで実施するのは困難で、ヨーロッパの複数の国々が共同で対処しなければなりません。

首相という仕事

学生5 大学院で政治学を学んでいます。せっかく政治学を学んでおりますので、政治のことについてもいろいろとお伺いしたいことはあるのですが、あえてメルケル首相ご自身のことについてお伺いしたいと思います。現在首相という大変大きな責任を担っておられる中で、メルケル首相が楽しみにしていらっしゃること、またメルケル首相にとっての生きがい、というものをお聞かせいただきたいと思います。

メルケル 楽しいことはいろいろありますよ。第1に、次々と興味をそそられる人々に出会い、その都度新たな刺激を受けること。第2に、問題があってもそれを解決していくこと。解決にとても時間がかかる問題もありますが、それでもしばらくすれば、税制改革を1つ完成させる、予算を1つ成立させる、また(優秀な大学・研究機関や研究者を支援する)「エクセレンス」プログラムを大学向けに策定する等々、解決の取り組みが進んでいくわけです。「エクセレンス」プログラムの場合、そもそもこういうものはどう進めればよいのかから始まり、どれだけの予算を付けられるのか、評価は誰がして、決定は誰がするかなどを考えて進めていきます。その後プログラムが定着し、多くの人々がメリットを得ていると聞けば、それは嬉しいわけです。

EUにおいて欧州研究会議(ERC、European Research Council)というものができ、たしか2007年でドイツのEU議長国期間でしたが、これを真の意味での「エクセレンス」の枠組み、すなわち優秀な研究を支援する枠組みとしていくことには相当に神経を使いました。EUではしばしばあるように、4カ国の学者を選ぶ際にヨーロッパの南部から2人、北部から2人、などという選び方をしていては「エクセレンス」ではなくなり、優秀さとは関係がなくなってしまいます。解決策として、優秀な研究者が本当に優秀な研究を厳しく評価するしくみにしました。それによって今日、学界で活動するには、欧州研究評議会研究奨励金(ERC Grant)を受けられることが、優秀さのお墨付きともなったのです。こうしたことに取り組むのは楽しいですよ。

その他に、やりがいはありつつも、いつまで経っても成果が出ないものもあります。例えばロシアとウクライナの対立などのように、長い時間をかけて解決に努力した末に、情勢悪化とならなかっただけでも喜ばなければならないようなこともあるのです。ただ問題は解決したわけではありません。そのような状況とも折り合っていかなければならないのです。

また法律をつくるのも、面白いのですが、いいものをつくったと思っていても、たまたま自分の選挙区へ行くと、「またなんて法律をつくったんだ」「官僚主義だ」「まるっきり機能しないぞ」などという声を聞く。そうしたフィードバックを得て、修正したり改善したりしていくのです。

そういうわけですから、首相という仕事は決して退屈することなどない職業で、いろいろな人たちと一緒に仕事ができ、私にとってはやりがいがあります。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事