【特集:「多死社会」を考える】
藤井 多希子:将来推計からみた"多死社会"の実像
2026/02/05
3 地域でみると、すでに「高齢者減少社会」に入っている
ここまで全国レベルの推計結果をもとに論じてきたが、これだけでは多死社会の実像は見えてこない。多死社会について論じるときには「いつ」「どこで」という視点が非常に重要である。
地域別将来人口推計によれば、65歳以上人口の人数がすでにピークを迎え、減少に転じている市区町村は858市区町村(45.5%)にのぼる(図4)。とくに地方圏を中心に、すでに半数近くの自治体では65歳以上人口ですら減少局面に入っているのである。これは、「今後一貫して高齢化が進む」という一般的なイメージとは異なる現象かもしれない。これらの自治体では、低出生率に加え若年層の流出による総人口の減少に伴い、高齢者"率"は上昇していても、高齢者"数"そのものも減少しているのである。このような地域では、まさに現在、高齢者の死亡による急速な人口規模の縮小とともに、医療・介護のみならず行政サービスの維持が困難になりつつある。その一方で、都心部を中心とする319市区町村(16.9%)では65歳以上人口のピークは2050年以降になると見通されており、このエリアでは在宅療養ニーズに加え「身寄りのない高齢者」の増加が見込まれることから、施設ニーズもますます高まっていくだろう。なお、今後「いつ」「どこで」という視点で考えると、現在40~50歳代の未婚の単独世帯が多い都心部では2030年代後半ぐらいから、そして現在70~80歳代の親と40~50歳代の子からなる超高齢核家族世帯が多い30km圏を中心とする郊外エリアでは2040年代後半ぐらいから、「身寄りのない高齢者」が急激に増加するだろう。「多死社会」は、全国一律ではなく、地域ごとに異なる速度と規模で進行する現象であり、その差はますます拡大していく。
資料:日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)
4 今、足元で進行しつつある事例
「高齢化」ではなく「死亡」に着目した場合にクローズアップされる問題としては、死後手続きや葬儀、遺品整理や相続、墓や火葬場不足などの問題などがあるだろう。現在、厚労省では「身寄りのない高齢者等への対応」として、日常生活支援や入院入所手続き支援だけでなく、死後事務支援等を提供する「新たな第2種社会福祉事業」の新設を検討中であるが、筆者が最も重要だと考えるのは、本人の意思決定支援である。例えば、本人の財産は亡くなった後には相続の問題となるが、生きている間は当然、本人の意思による財産処分の問題となる。
この問題を考えるとき、いつも思い出す事例がある。筆者は2018年12月から2023年3月まで中野区役所で高齢者福祉・地域包括ケア推進に関わる仕事をしていたのだが、そのときになった事例をひとつ紹介したい。
中野区は単独世帯が非常に多く、全年齢でみると単独世帯が62.3%、75歳以上に絞ってみても、世帯主が75歳以上の世帯のうち単独世帯が47.9%を占めており(いずれも2020年国勢調査に基づく)、全国に先駆けて単独世帯化が進行している地域である。中野区の地域包括ケア推進においては最重要課題のひとつに高齢単独世帯への見守り・支えあい体制の構築や地域の居場所づくりがあり、中野区では高齢者会館を中心に様々な住民主体活動が展開されているため、ひとり暮らしであっても新しい仲間を作ることは比較的容易である。
筆者が中野区に勤務していた当時、70歳代後半の女性(仮にA子さんとしておこう)がいた。彼女は未婚の単独世帯であるが、つい最近まで手掛けていた事業が成功していたため、経済的には大変裕福だった。事業を引退してから、地域の高齢者会館に通うようになったのだが、高次脳機能障害があるせいで感情のコントロールがきかず、あちこちでトラブルを起こして出入り禁止になってしまい、居場所を求めていくつもの高齢者会館をさまよっている状況だった。
そのようななか、とある趣味のサークル活動で60歳代前半の男性B男さんと出会い、仲良くなった。A子さんはB男さんと頻繁に出かけるようになったのだが、近くに住むA子さんの弟は、そんなA子さんの様子を不審に感じるようになり、銀行の預金通帳を見たところ、毎月100万円単位のお金が引き出されていることが分かった。問い詰めると、A子さんはB男さんと旅行に行くためにお金を渡しているのだと言う。弟は「B男に騙されている。目を覚まして欲しい」と諭すのだが、A子さんは「私はB男さんと一緒にいると楽しいの。自分で稼いだお金を好きに使って何が悪いの? それに私は高次脳機能障害があるかもしれないけれど認知症じゃないし、自分がやっていることは全部理解している」と言って聞く耳を持たない。
その後、A子さんの弟は地域包括支援センターに相談に行き、このままでは彼女の財産を守ることができないという理由で、医師に診断書を書いてもらい、弟が申立人となって成年後見制度を利用することとなった。なお、後見人はこの弟であり、A子さんは弟の同意なしにお金を引き出すことができなくなった。
筆者はこの事例の直接的な担当者という立場ではなかったため、事後報告という形で知ることとなった。たしかにこれでA子さんの財産は守ることができるようになったのは間違いない。これを弟の視点からみれば、身寄りのないA子さんが亡くなれば、その財産は弟にいくことになるため、A子さんの財産を守ることは自分の相続財産を守ることにもつながる。しかし、A子さんの視点からみれば、自律性が失われることとなった。あのとき、いきなり成年後見制度につなげるのではなく、A子さんの信頼を得ながら伴走型支援でA子さんの意思決定を支援する方法はなかったのだろうか、と今でも考えてしまう。
多死社会としてクローズアップされる問題の中には、本人の生前から始まっているものもあり、本人の意思決定支援はその最たるものだろう。先述の個人の財産処分だけでなく、自営業者や会社経営者の場合における事業継承の問題なども、本人の意思決定支援が非常に重要になる。家族など狭い人間関係のなかで利害関係が絡む場合、誰がどのような形で意思決定支援をすべきなのか、非常に難しい問題である。しかし、2040年代になり、「身寄りのない高齢者」が大量に出現し、一定割合で認知症などにより自分の意思や感情をうまく伝えられない、あるいは状況を的確に把握することが困難な人がこれまで以上に増加することを考えると、医療・介護などと同じように、意思決定支援を重要な専門的な仕事と位置づけ、支援体制を構築することが重要である。
2026年2月号
【特集:「多死社会」を考える】
| カテゴリ | |
|---|---|
| 三田評論のコーナー |
