【特集:がんと社会】
久住 真有美:慶應義塾大学病院がん相談支援センターでの支援
2025/07/04

がん医療は日々進化し、様々な治療法の開発により治療の選択肢が増え、患者さん、ご家族の治療への期待、同時に、選択した治療へののぞみ方が問われる時代となっています。その人らしい生活や治療の選択ができるように、がん相談支援センターの関わりがますます求められると考えています。慶應義塾大学病院では、がんゲノム医療中核拠点病院、地域がん診療連携拠点病院として遺伝子パネル検査に基づくがんゲノム医療等のがん診療を提供しています。本稿では、がん相談支援センターの役割、慶應義塾大学病院がん相談支援の現状、今後の課題等、患者支援の視点からがんと社会課題についてお伝えします。
1.がん相談支援センターの設置・役割
がん相談支援センター(以下、センター)は、全国の「がん診療連携拠点病院」や「小児がん拠点病院」等に設置されています(2025年4月現在、全国で463カ所)。通院の有無を問わず、どなたでも無料・匿名でご利用できるがんに関する相談窓口であり、診断や治療の状況にかかわらず、いつでもご相談いただけます。センターでは、「がん専門相談員」として認定された看護師、ソーシャルワーカー等が対応しており、各自の専門職としての知識を生かしながら、「がん患者さんやご家族等の相談者に、科学的根拠とがん専門相談員の実践に基づく信頼できる情報提供を行うことによって、その人らしい生活や治療選択ができるように支援すること」を役割としています。
センター誕生の社会的背景には、「がん対策推進アクションプラン2005」があり、国民・患者さんの視点からがん対策全体を総点検し、国民・患者さんの不安等を解消するために、「役立つ情報の提供」や「正確な情報による支援を行う」役割を担う場として誕生しました。また、制度上の背景としては、「がん対策基本法(成立:2006)」があり、国が作成する「がん対策推進基本計画(最新は第4期:2023)」を推進すべく、「がん診療連携拠点病院等」で開設されています。
センターでは、がんの治療や副作用、治療後の療養生活、お金や仕事、学校のこと、家族や医療者との関係、疑問や心配、不安等、がん治療に伴う様々なことが相談できます。なお、相談者の同意なしに、担当医等に相談内容が伝わることはないよう配慮しています。
2.慶應義塾大学病院がん相談支援センターの取り組み
慶應義塾大学病院は、2011年4月に「地域がん診療連携拠点病院」として、厚生労働省より指定を受け、年間12万件のがん受診患者さん(年間外来がん患者延べ数)と年間6,500人の入院がん患者さん(年間入院がん患者延べ数)がご利用されています。そして、がんに関する様々な相談に対応するため「がん相談支援センター」を設置し、現在は、2号館1階にある医療連携窓口「1R」に窓口があります。来院されている患者さんを中心に、地域からの問い合わせも含めて、年間4,900件の相談対応を行っています。2025年5月現在、がん専門相談員は、ソーシャルワーカー8名、看護師12名の構成で運営されています。がん専門相談員の看護師は、外来等の各所属部署において、それぞれの専門分野の強みを生かした相談を担っており、ソーシャルワーカーは、社会福祉士、精神保健福祉士の国家資格を有し、疾病の予防・治療・社会復帰を妨げている患者・家族の療養に伴う問題(社会的、心理的、経済的な問題)を自らの力で解決できるように支援し、社会福祉の増進と保健・医療・福祉の連携に従事しています。相談内容は、当院のがん診療・がんゲノム医療に関する相談をはじめ、「ホスピス・緩和ケアに関する相談」「症状・副作用・後遺症に関する相談」「医療費・生活費・社会保障制度に関する相談」「就労・仕事等の社会生活に関する相談」が多くなっています。
がん患者さんは、心身の苦痛のみならず、再発への不安、社会生活や人間関係への影響、経済的な負担、死への恐れ等と多様であり、センターでは、「がん患者さん・ご家族との個別のご相談」に加え、がん患者さんやご家族が学び、語り合う場として「患者サロン」を開催しています。また、病気・検査・栄養・薬等、広く医療と健康、生活に関わる情報を提供するスペースとして、「がん情報提供コーナー」を設け提供しています。またセンターでは、院内の多職種で構成される「がん患者の親をもつ子どものサポートチーム(Supporting Kids of Parents with Cancer:通称SKiP KEIO)」の連絡窓口も担っています。晩婚化、若年者のがん罹患増加に伴い、子育てしながら治療にのぞむ患者さん、ご家族も増えています。多様化する支援対象者に対して、相談者の心配事の解決・改善のための相談支援、主体的な意思決定の支援、情報支援等が求められています。
慶應義塾大学病院がん相談支援センターのHPはこちら
慶應義塾大学病院がん相談支援センター
3.世論調査等から見えてくるがん相談支援センターが取り組むべき課題
内閣府(2023)「がん対策に関する世論調査(令和5年)」では、がんに対する印象について、「怖い印象を持っている」90.2%(怖い、どちらかといえば怖いの合計)であり、怖いと思う理由(複数回答可能)については、「がんで死に至る場合があるから」81.6%、「がんそのものや治療により痛み等の症状が出る場合があるから」62.8%、「がん治療や療養には家族や親しい友人等に負担をかける場合があるから」58.6%、「がんの治療費が高額になる場合があるから」57.7%との報告があります。多くの人が「がんは怖い」という印象を持ち、がんとの診断されることで「死」を連想させ、生活への影響、家族や周囲への負担、経済面の不安を抱えるものと捉えていることがわかります。また同調査では、「がん治療や検査のために2週間に1度程度病院に通う必要がある場合、現在の日本の社会は働き続けられる環境だと思いますか」の質問に対し、「そう思う」45.4%、「そう思わない」53.5%であり、仕事と治療の両立にも工夫が必要であることがわかります。家族も「第二の患者」と言われており、がん診断時から生活を支える人として、治療経過の中で患者とともに心が揺らぐことがしばしばです。核家族化が進み、単身生活者が増えている昨今、患者さんのサポーターとなっている友人の心や生活にも影響が出ていることもあります。2人に1人ががんに罹患する時代は、「がん」と関わらない方は、ほぼいない時代ともいえます。また、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)医療経済小委員会では、さまざまながん種の実態調査が行われ、治療薬の高額化についても指摘しています。物価高騰等の社会情勢も患者さんの生活には影響を与え、日々のがん相談でも仕事や経済面の課題は切実なものとなっています。これらの状況を踏まえ、相談支援から見える課題、センターでの取り組みについてまとめます。
①治療費生活費等の経済面の課題、取り組み
支出、収入の両対策を患者さん自身が考えられるように支援することが大切です。高額療養費制度等を最大限利用できることが望ましいと考えます。特に、石綿による健康被害への支援である「労働者災害補償保険制度(労災保険制度)」「石綿健康被害救済制度」の活用等、病名に関連した制度活用も忘れないことが大切です。収入面は、傷病手当金、職場内の制度活用だけでなく、時にはファイナンシャルプランナー等の専門職との相談も解決に繋がります。
②治療と就労・就学の課題、取り組み
がんと診断されてすぐに仕事を辞める必要はないこと、仕事を続ける道を一緒に考えていけることを医療者が伝え、治療計画が決まった後に、今までの生活をどのように続けられるか、相談していくことが必要です。患者さんご自身が職場の方と話し合えるように、セルフケア能力を高められる支援が大切と考えています。新たな就職先はハローワークにある「長期療養者(がん患者等)の方の就職支援窓口」等との連携も有効です。就学中の方ががん治療を始める場合、学業をどのように継続できるか、治療計画に合わせて、学校側と本人や親御さんとが話し合いができるように、時には側面からの支援を行います。
③単身独居世帯の課題、取り組み
厚生労働省(2023)「国民生活基礎調査」、総務省(2018)「(1)単独世帯の増加」『情報通信白書』によると、未婚率の増加や、核家族化の影響を受けて、単独世帯(世帯主が1人の世帯)が増加しています。特に、65歳以上の単独世帯数の増加が顕著です。単身独居世帯の方が、がんに罹患した際には、頼れる方、SOSを伝えられる方等の味方づくりが不可欠となります。体調の悪い時にも、支援してもらえる体制、正しい情報を得られるネットワークづくり、時には、ペットのお世話の対策、身元保証や人生のしまい方等も備えておくことが必要となります。公的な相談窓口、がん相談支援センター等相談機関の活用をお薦めします。
④情報の見極めの課題、取り組み
「医師から伝えられた情報を理解するために、インターネットや書物で、沢山の情報を集め理解を深めたい……。でもどの情報が正しいのだろうか」。相談場面で聞く声のひとつです。「インターネット上でのがん治療に関する情報サイトのうち、有害な情報を提供していると思われるサイトの割合が高い」とされる研究報告もあります。インターネット上にも情報があふれている時代であり、情報の見極めが必要と考えます。情報支援により、患者さんが意思決定できるように、日々の実践では、「信頼できる情報源を調べること」「情報を多角的に見てみること」「ネット情報を『うのみ』にしないこと」を提案しています。
4.最後に
「治療法を選択していくための整理と、患者さんご本人が大切にしたいことを言葉にできるようサポートし、その想いを医療チームに繋ぐこと」が、がん専門相談員、ソーシャルワーカーの重要な役割と考えています。その人らしい生活や治療の選択ができるように、今後もがん治療を支えるチームの一員として、患者さん、ご家族をサポートできるよう支援していきたいと考えています。お気軽に「がん相談支援センター」をご活用ください。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2025年7月号
【特集:がんと社会】
- 1
カテゴリ | |
---|---|
三田評論のコーナー |
久住 真有美(くすみ まゆみ)
慶應義塾大学病院医療連携推進部/がん相談支援センター ソーシャルワーカー