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【特集:英語教育を考える】
秋山 友香:AI時代の英語教育再考──工学系の学生に必要とされる英語力とは

2025/05/08

AIと英語教育の共存──ライティングセンター改革の例

2018年に東京大学工学系研究科に着任して以来、私はライティングセンターの運営に従事してきた。英語の文章へのフィードバックや、ライティングに関するワークショップなどを行うプログラムで、規模は小さいながらも東大生の学術発信を支援してきた。しかし、AIが多くの学生に活用されるようになった2023年度から、ライティングセンターの利用者が著しく減少した。90%を超えていた利用率は21%にまで低下し、部門の上層部(工学系の教授陣)からも、ライティングセンターの必要性について疑問が呈された。ある学生は「ChatGPTがあるから、人に確認してもらう必要性を感じない」と述べ、別の学生は「AIの方が遠慮なく何度も質問できるし、24時間対応してくれる」と言う。こうした声から、従来型のライティングセンターがAI時代に適応できていない現状を強く認識した。

この危機的状況を打開するため、2024年度は戦略を転換した。AIを「敵」とみなすのではなく、「共生」の道を模索したのである。具体的には、ワークショップや講義を定期的に開催し、AIを利用した論文作成技術を学ぶ機会を提供すると共に、AIとの差別化を明らかにし、ライティングセンター固有の強みを伝えた。例えば「AIが作成した英語論文をいかに改善するか」という実践的セッションでは、学生たちにAIが生成した論文を批判的に分析させ、論理展開の不自然さ、研究分野の慣例(ジャンル)からの逸脱、専門性の欠如などを指摘させた。AIを利用した論文執筆方法についてもアドバイスできるサービスであることを周知すると共に、AIが苦手とすることを我々がいかに支援できるか強調し続けた結果、2024年度後期のライティングセンター利用率は89%にまで回復した。

この経験から、従来の正確性重視の教授法(我々の意図にかかわらず、学生からは添削サービスと認識されることが多い)から、「AIでは提供し得ない価値」を教授することへの転換の必要性、およびそれを学生に周知する大切さを実感した。今後も専門分野の深い理解と表現力、ジャンルへの気づきなど、AIが容易に代替できない能力の育成に焦点を当てて学生を支援していきたい。

AIが対話相手になる時代

AIとの共存が当たり前となった2024年は、授業にChatGPTと会話する活動を導入した。6月当時はChatGPTに音声機能が内蔵されていなかったため、Google Chromeの拡張機能(Mia AI)のSpeech-to-text技術とText-to-speech技術を用いた形のスピーキング課題であったが、Content and Language Integrated Learning(CLIL; 内容言語統合型学習)のLanguage(言語)面を支えることがAIに期待された。工学系の講義内容に関してChatGPTと対話するという課題であったが、学生はAIの進歩に驚嘆しつつも、「会話というよりも音声版の内容確認テストのように感じる」など批判的な意見もあった。これは対話の不自然さに起因するものだと考えられる。

しかし、2024年度後期にはChatGPTに音声モードが実装され、2025年3月現在は、高度な音声モード(Advanced Voice Mode)で極めて自然な発音のAIとの対話が可能になっている。カメラ機能も追加されたことにより、ある物を見ながら会話することが実現した。これは「共同注意(joint attention)」と称される言語発達に不可欠な現象である。カメラで物体を撮影しながら「これは何?どうやって使うの?」と質問すると、AIが回答してくれる時代となったのである。さらに、ニュース記事やグラフなどをカメラで撮影して、それについての議論を行うことも可能になった。共同注視ができる対話相手が常時身近に存在することは、第2言語習得において画期的な進展と言える。なぜなら、従来の日本の英語教育における最大の弱点の1つは「発話機会の不足」であったからだ。教室に30人以上の学生が存在する状況では、1人あたりの発話時間が極めて制限される。また、多くの日本人学生は「ミスすることへの懸念」から、積極的に英語を発話しようとしない傾向がある。AIの出現によって、この状況は抜本的に改善するだろう。

とはいえ、AIにも不得手とする分野は存在する。非言語コミュニケーションやターンテイキング(話者交替)、相槌など、会話を自然なものにする要素は、依然として人間との相互的やり取りから学ぶ必要がある。しかし、近年のAIの進化の速さを考慮すると、数年後にはこれらの弱点も克服される可能性が高い。このような時代において、我々英語教育者がAIといかに共生していくかは、継続的な議論が必要な課題である。

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