【特集:英語教育を考える】
千葉 朗子:学習者から教育者への道──理想の大学英語教育を求めて
2025/05/08
大学は、未来の社会を支える人材を育成する最終段階の教育機関であり、その役割は極めて重要である。したがって、大学教育は学生のニーズを常に見極め、社会の変化と連動して改革を続けていかなければならない。近年、私が専門とする英語教育でも教育理論や教授法が急速に変化してきた。例えば、10年ほど前までは、英語母語話者を基準にした「正確な英語」の習得を重視する教育が主流であったが、現在では、国際共通語としての英語運用能力の評価に移行してきている。これは英語がビジネス、政治、学域、観光など、異文化間コミュニケーションの場で不可欠な言語ツールとなった現代社会のニーズに応じた変化である。このような背景の中、大学生が必要とする英語能力は単なる語学力ではなくなってきた。議論や交渉、論文や報告書の作成など、国際的な舞台で効果的に使用できる、英語での高度で実践的なコミュニケーション能力が現代の学生たちのニーズなのである。
現在、私は学部および大学院で英語科目を担当しながら、何をどのように教えたらグローバル社会で活躍できる学生を効果的に育成できるのか、日々模索している。この模索の中で、私自身の外国語学習体験がしばしば思い起こされる。商社に勤務していた父の仕事の関係で、私は幼少期から海外と日本を行き来し、異なる言語環境に身を置いて育った。アメリカで生まれ、アルゼンチンで10代前半を過ごし、その後高校生で香港に移住。日本に帰国して大学入学後は日本語を学び直すことになり、社会人としてもアメリカと香港で生活し、つまり生活環境の変化に伴い常に異なる言語の学習を続けてきた。そして英語教育の研究者となった今、外国語との関わりは私にとって生涯のテーマであるとつくづく思う。本記事では、私自身の学習者としての体験に触れながら、教育者として日本の大学英語教育の未来について考察したい。
外国語学習から得たもの
外国語教材の宣伝で「外国語を浴びていれば自然と身についていく」といったスローガンを見ることがあるが、これは正確ではない。言語習得に影響を与える要素は多数あり、多様なアプローチを計画的に、そして意図的に組み合わせることで習得につながるからだ。私が最初に学んだ外国語はアルゼンチンの現地校で習得したスペイン語であり(今は錆び付いているが)、英語は高校1年生から本格的に学び始めた。どちらも学習言語のコミュニティーに溶け込んでスペイン語と英語を「浴びて」いたが、習得につながった要因は意識的に数々の工夫を重ねていたからだと思う。
例えば、現地校での授業でも友人とのやりとりでも、分からない内容は誰かの発言をもとに文脈を読んだり、状況に応じて相手の意図を理解したり、図解したり、といった具合だ。また英語を学び始めた高校1年生のころ、最も自分の考えを表現できる言語はスペイン語であったが、英語・スペイン語辞書が手元になかったため、スペイン語・日本語と日本語・英語の2冊の辞書を駆使して言語間の比較をしながら学校の課題に取り組んでいた。今のように便利なツールがなかった当時は必要に迫られてこのような自己流の試行錯誤を繰り返していたのだが、後に大学院で英語教授法を学んだ時にこれらが教育理論的に有意義だと推奨されている言語習得の手法であることを知った。
帰国した日本の大学では日本語での授業や提出課題に苦労したが、有り難いことに卒業論文は英語で書くという選択肢があった。水を得た魚となり、夢中になって文献を読み論文を書いた。卒業後は英語を活かせる仕事に就きたいと思い、外資系金融機関に就職。その後、1990年代後半にはニューヨーク、2010年代には香港での生活を経験した。日本では「英語が堪能で、かつ慶應大学卒業」となると就職先が選べる立場にあったが、競争の激しい両都市では、語学力や学歴よりも能力を証明できる「実績」が求められた。それ以来、「自分は英語で何ができるのか?」を意識するようになっていった。
理想の英語教育とは
英語教育に興味を持った経緯は紙幅の関係上省略するが、30代半ばで大学院に進学して英語教授法の知識を深めた。その後、修士号取得と同時に再び香港に拠点を移した。すぐに就職先が決まると思いきや、香港の厳しい現実を知ることとなった。すさまじい競争社会の香港で、元英国領で、しかも英語母語話者の英語教師が溢れている香港で、なぜ日本人の英語教師を雇わなければいけないのか?応募先から返事が来ることはなかったが、彼らの言い分が手に取るようにわかった。1年ほど粘り強く応募を続けた結果、香港大学が運営する専門学校に欠員が生じ、そこで教えることができた。その後、香港公開大学(現:香港都會大学)を経て、香港大学で教鞭を執ることとなった。
香港大学では、教員として勤務しながら同大学の博士課程に在籍し、教育現場と学術の両方で学び続けた。世界大学ランキングでも上位である香港大学の同僚には、教員として教えながら夜間の大学院で博士課程に通っている人が多かった。修士課程で教育現場の問題点を知り、ここで終われないと思っていた私も博士課程に在籍し、昼間は大学で教えて夜は週に2回ほど同じキャンパス内の博士課程の授業を受けた。
教員として教え、学生として学んだ香港大学で何よりも素晴らしかったのが、研究結果に基づいた授業内容だった。研究結果と授業内容とのギャップは学術論文でも常に取り上げられている深刻な問題であるが、多くの場合教員たちは授業準備や学生たちの評価などで時間の余裕がなく、このギャップを埋めることは容易ではない。ところが香港大学での授業は、現役の研究者である教員たちが共同で作成したカリキュラムであるため、授業内タスク、教授法、評価法など全てが一貫した教育理論に基づいていた。教員たちは納得して教壇に立ち、そして学生たちは目に見えて上達していった。研究結果と授業内容のギャップがないとここまで完璧な教育ができるのかと驚嘆した。
2025年5月号
【特集:英語教育を考える】
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千葉 朗子(ちば あきこ)
関西外国語大学外国語学部英米語学科准教授・塾員