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【特集:物流危機を考える】
座談会:「2024年問題」は本当に起きるのか?

2023/12/05

  • 長野 潤一(ながの じゅんいち)

    トラックドライバー、トラックジャーナリスト
    塾員(1989経)。大学卒業後、会社員を経てトラックドライバーとなる。千葉県成田市の運送会社にドライバーとして勤務する傍ら、現役トラックドライバーの立場で、物流業界の現状を伝える執筆活動を行う。

  • 帖佐 義之(ちょうさ よしゆき)

    日本GLP株式会社代表取締役社長
    塾員(1992法)。大学卒業後、三井不動産を経て2003年プロロジス入社。
    09年GLプロパティーズ(現日本GLP)設立以来、日本国内におけるオペレーション全般を指揮。12年より代表取締役社長。18年日本GLPに社名変更。

  • 小野塚 征志(おのづか まさし)

    株式会社ローランド・ベルガー パートナー
    塾員(1999総、01政メ修)。富士総合研究所、みずほ情報総研を経て現職。経済産業省「持続可能な物流の実現に向けた検討会」委員、国土交通省「2020年代の総合物流施策大綱に関する検討会」構成員。

  • 佐々木 太郎(ささき たろう)

    株式会社Hacobu代表取締役社長 CEO
    塾員(2000法)。アクセンチュア、博報堂コンサルティングを経て米国留学。帰国後、様々な起業を経て2015年物流の変革を志して株式会社Hacobuを創業。

  • 國領 二郎(司会)(こくりょう じろう)

    慶應義塾大学総合政策学部教授
    1982年東京大学経済学部卒業。92年ハーバード大学経学博士。慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授。同大学環境情報学部教授を経て2006年より現職。13~21年慶應義塾常任理事。専門は経営情報システム。

物流危機をどう捉えるか

國領 今日は日本国内の物流をテーマに座談会を行いたいと思います。

「働き方改革関連法」によるドライバーの労働時間に上限が課されるいわゆる物流の「2024年問題」と言われる危機がいよいよ迫ってきていますが、この話は見る視点によって、見えている景色が相当違うのではないかと思います。まず、どういった問題意識を持っているかを、自己紹介を兼ねてお願いできますでしょうか。

長野 私は経済学部を卒業し、3年ぐらいサラリーマンをやっていたのですが、自動車が好きで、大きなトラックにも一度乗ってみたいと思ってドライバーになりました。以来、現場一筋で30年以上トラックドライバーをやっています。慶應大卒ではかなり異色なのではないかと思います。合わせて、ドライバー目線のコラムなどを業界紙などに連載させてもらっています。

これまでいろいろなトラックに乗りましたが、現在は大型トレーラーに乗って成田空港を拠点に国際線のコンテナ等の航空貨物を運んでいます。

「2024年問題」は、建設業や自動車運転職種でも来年4月から年間960時間の上限規制が適用され、モノの3割が運べなくなると言われています。総労働時間の減少は数%に過ぎないのですが、仕事の本数が減って賃金が下がり、離職者が増えると言われています。

ドライバーが長時間労働になる理由は、主に荷待ちと長距離での長い運転です。工場などではトラックがスタンバイして、製品が出来上がり次第すぐに積んで運びます。昔の飛脚や風待ち港もそうですが、運送業にはそうした相手の都合や自然条件に合わせて「待つ」という性格があると思います。

帖佐 私は大学卒業後、三井不動産に入りました。あるとき物流不動産という、当時、日本にまだ存在しなかった不動産のセクターが米国にあることを知り、このビジネスを日本でも是非やりたいと思い提案を続けたのですが、同社ではそれは叶いませんでした。そのため意を決して退職し、アメリカのプロロジスという会社に入り、その後、それをMBO(マネジメント・バイアウト)する形で今のGLPという会社を作りました。

日本の物流が大きく変わっていく時でした。世の中が長いデフレスパイラルに入って、メーカーなどはグループ会社に物流子会社を持ち、物流施設も保有していたのが、アウトソースを進めていました。そこで、物流施設も賃貸市場が出てくるだろうと、取り組んできましたが、今、割と大きなセクターにまで成長したと感じています。

物流業務が抱える様々な課題をどう解決していくかが、われわれの営業戦略です。3K産業と言われ、人がなかなか来てくれない業界なので、例えばそのイメージを払拭するように明るい快適な、働きたくなるような物流施設を作ろうと考えています。

2024年問題は非常に重要な課題ですが、われわれの業界にとっては実は事業機会の創出にもつながると捉えていますので、課題を、どのように前向きに方向転換していけるかを考えながら日々仕事に取り組んでいます。

小野塚 私は当初シンクタンクに入ったのですが、2007年に今のローランド・ベルガーという会社に転職して、いわゆるコンサル業をやっています。

入社後1年半ぐらいでリーマンショックがあり、3年ぐらいひたすら構造改革をやりました。メーカーや流通の会社の構造改革というと、物流が削り代だったことが結構多かったんです。

つまり、私の物流との最初の出会いはコスト削減でした。メーカーは、調達費は厳しくチェックしますが、物流費は売上高に占める割合が5%程度のことが多く、案外ずさんな管理で、調達費は1%も削れないのに、物流費は2割も削減できることがありました。

物流費を下げようというと、現場での改善活動を通じてトラックの積載率や稼働率を高めようという話になりがちですが、実はイノベーションによる解決があるのではないのかと思います。未来のことを考えれば、テクノロジーを持つ会社がトラックをデジタルにマッチングし、積載率を高めるといったイノベーションで物流危機を解決したほうがいいはずです。

私も帖佐さんが言うように、今の物流危機はピンチであると同時にチャンスでもあると思っています。日本は世界で一番高齢化が進んでいますが、働く人の割合が世界一低くても物を運び届けられる社会を築けたら、世界最先端の国になれます。ぜひこのピンチをチャンスに変えて、イノベーションを起こし、物流危機を解決できるといいなというのが私の問題意識です。

佐々木 私は20代はいくつかのコンサルティング会社で働き、30代でずっと起業をする中で、卸子会社の経営改革プロジェクトに携わったのが初めて企業間物流の世界に触れた経験です。

そこで、企業間物流という世界が実はすごく広大で、大変重要なインフラだと気付きました。しかし、まったくアナログで、非効率なことが起こりまくっている。このままいくとこのインフラは大変なことになると思い、そのインフラをITを使ってアップデートすることができないかと8年半前に「Hacobu」を起業しました。

企業間物流の本質的な問題は、いろいろなステークホルダーが絡んでいるにもかかわらず、それぞれの物流に関する情報が内に閉じてしまい、連携できていないがゆえに、部分最適に陥り、いわゆる合成の誤謬問題にはまっているわけです。

それを解決するためには、企業の枠を超えた物流の情報が流れて、物流ビッグデータと呼ばれるもので、ステークホルダー間の最適化をかけていくというアプローチを取らないと難しいのではないかと考え、まず物流の情報がデジタル化され、それが流れるインフラを作ろうと活動をしています。

2024年問題は、この10年近く、想定されていた問題です。ただ、政府がそのように言うことで、荷主の方々や大手の物流のトップの方々の意識がかなり変わってきたのを急に感じています。これまでほとんど変わることがなかった物流の世界を変えるチャンスがきたと私も捉えています。

人手は逼迫していない?

國領 危機をチャンスだと思っているという前向き感がいいですね。

長野さん、ドライバーの観点から、今、ドライバー不足が叫ばれる中、労働法制が変わることで、やはり現場としては、ご自身や周りの方々の仕事の仕方が大きく変わる感じですか。

長野 今、ドライバーや運送会社の目線でいう問題は、運賃が上がらないということで、今度、政府が標準運賃を出しましたが、実勢とはかけ離れています。タリフ(運賃表)はタクシーやバスなど公共交通のように運賃に強制力がない。市場原理です。人手不足と言われていますが、低い賃金しか提示しないから、人が集まらないわけです。

國領 これは人手が逼迫してもなかなか上がらない、構造的な問題だと。

長野 本当は人手は逼迫していないのだと思います。

「トラック運転者の改善基準告示」によると、あと半年で残業時間を年間960時間以内にしなさいと言っています。現行、1年間の拘束時間が3516時間。それを3300時間にすると報道では言っていますが、実際は3400時間まで許容してもらって、残業は1060時間になります。

現行の3516時間も実際は守られていなくて、事実上の青天井からそこまで減らすことになるのですが、3516時間から3400時間だとすれば3.3%減でしかなくて、「34%の荷物が運べなくなる」というのは少々大袈裟だという感じはあります。

現場の感覚で言えば、半年後にどう変わるかというと、ほとんど変わらないと思います。なぜかというと、大手が仕事を受けますが、実際に走っているのは下請け企業が多いからです。

労働時間を決めているのは厚労省ですが、実際には、よほどの違反がない限り国交省が代わって取り締まるわけです。国交省の監査も何年かに1度回ってくるぐらい。運送会社の数は平成2年と15年の規制緩和以降約6万社ありますが、監査する人数と運送会社の数の桁が全く違う。ですから、結局、大手は「守っています」と言って、下請けにきついところを外注し、下請けまでは監査がなかなか回ってこない。この現状はそれほど変わらないのではないかと思っています。今年の対策でトラックGメンというものができましたが、これはトラックを取り締まるわけではなく、主に荷主さんを監視するものなのです。

それで、車はむしろ余っているのではないかと。

小野塚 NX総研が政府の「持続可能な物流の実現に向けた検討会」で発表した試算では、2024年問題が起きると輸送能力の14%が不足し、2030年になるとさらなるドライバーの減少により輸送能力の不足は34%にまで拡大するとなっています。これは、国の閣僚会議でも使われている公式な数字ですが、長野さんの言うとおり、年間の拘束時間の上限を原則3300時間とすることを前提としていますし、試算に用いているデータは、コロナ禍でトラックの輸送量が低下する前の2019年度の実績です。

実際、本当にクライシスは起きるのかと言えば、私は宅配3社のうちの1社の方に伺ったのですが、その会社は平常時に大体3000台ぐらいトラックが余っているそうです。なぜかというと、クリスマスなどの繁忙期にはその3000台も動かす。逆に、平常時はそれだけ余裕があってバッファを見ているわけで、このバッファを利用すれば、クライシスは発生しないかもしれません。

個人的には、24年4月にちょっと何か起きてほしいです。社会インフラ上、致命的な事態の発生は困りますが、今、一番クリティカルだと言われている九州から東京に運ぶ生鮮品の輸送で、例えば2024年4月にスーパーへ行ったら熊本のトマトがありませんという状況になれば、物流に対する危機意識が高まると思うのです。

逼迫していなくてもムラがある

國領 帖佐さんはどのように思われていますか。

帖佐 実はドライバー不足問題は逼迫していないと長野さんはおっしゃっていましたが、僕もあまりしていないと思うんです。でも、すごくムラはあるのだろうと思うんです。リアルな世界なので、すべてがタイミングよく、ニーズがあるところに人とトラックが集まれるわけではない。帰りに積む荷物がないからずっと荷待ちしなければいけないということもあります。

そういう非効率なところがあるので、逼迫していなくてもムラがあって、困っているところは困っている、問題が起きるところは起きる。結局下請けに全部しわ寄せがいくのも、そういうことだと思うんですよね。

局所的にはいろいろな問題が起きていて、その対処には、われわれにもできることはあるとは思っています。例えば佐々木さんもやっているビジネスですが、トラックの待機時間を少しでも減らそうと、ジャスト・イン・タイムに取って、そのときはバース(荷物積み降ろしなどに使用するスペース)が用意されれば待ち時間が少し短縮できる。荷物もその時に準備しておいてもらえれば、より生産性は上がります。

國領 ムラの発生原因ですが、やはりサプライチェーンは波動するわけですよね。それで情報の共有が進んでいないと波動の波が大きくなったり、納期がある特定の時間に集中すると波動が起こってしまう。だから、翌日配送のようなものにこだわっていたのを延ばすと波動が収まってくるのではないかというところがあると思うのです。

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