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【特集:物流危機を考える】
松川弘明:2024年問題の本質

2023/12/05

  • 松川 弘明(まつかわ ひろあき)

    慶應義塾大学理工学部管理工学科教授

1 30年前の物流コスト削減手法

1980年代後半、日米間の物流コストの差が問題になった。プライスウォーターハウスの調査によると、日本企業における物流費の対売上比率は8%であり、それが高いと言われているが、それは氷山の一角にすぎず、日米間の物流コストを比較すると25%の差があると推定結果が公表されている。物流は暗黒大陸と呼ばれるようになったのも同じ時期である[図1]。注目すべき点はメーカーにおける物流費である。米国の2倍になっていることがわかる。なぜこのような現象が起きたのか。

図1 日米間の物流コストの比較(プライスウォーターハウス推定)

メーカーの利益はプロフィットセンターと呼ばれる営業の売り上げ増加の努力とコストセンターと呼ばれる製造部門におけるコスト削減の努力によって決まる。そのため、製造現場では小集団活動を通じて徹底的な改善活動が行われた。しかし、改善には限界がある。コストをさらに削減するためにシステマチックな改善として取り入れた方法が、製造に付随する物流コストを物流部門に付け替えることであった。一見製造コストは削減できるが、社内の物流コストは膨れ上がり、やがて米国の2倍になった。

この問題を解決するために、多くのメーカーでは物流部門を独立させたり、売却したりした。ただ、物流部門を売却しても物流費が下がらない。なぜなら、輸送価格は許可制であるからである。輸送会社の総利益は価格だけで決まるのではなく、輸送量にも強く依存する。運賃を少し下げて物量を増やし、積載率を上げれば、総利益は大きくなる。物流にも競争のメカニズムが必要ではないかという考えが自然に生まれてくる。物流の効率化を実現するために、市場経済の原理を取り入れ、競争を促す制度を設計することが当時の共通の認識であったことは間違いない。

2 物流規制緩和

1990年に行われた物流二法の制定、すなわち貨物自動車運送事業および貨物運送取扱事業の規制緩和は我が国の運輸業における本格的な規制緩和である。重要なポイントは一般貨物自動車運送事業と特別積み合わせ貨物運送における免許制度を許可制度に変更したことである。

この変更によって物流事業への参入がしやすくなり、一般貨物自動車運送の事業者数が10年間で約14,000社(40%)増えたのである。物流事業に参入しやすくなったもう1つの理由は、最低保持車両数を5台まで引き下げたことである。規制緩和前に多かった違法の「白トラ」が合法的事業者に転身したことも一般貨物自動車運送事業者が増加した理由であると言われている[図2]。

図2 規制緩和後全国物流事業者数推移(「陸運統計要覧」より抜粋)

一方、特別積み合わせの事業者数は規制緩和が行われても増加しなかった。その理由は幹線輸送の場合、積み合わせを行う場所だけでなく、大規模物流ネットワークの構築が必要不可欠であり、さらに貨物追跡システムな ど情報のネットワーク構築への投資などにより、参入障壁が低くならなかったためである。これがのちに問題になる重要なポイントの1つである。競争を促すために取った措置には運賃の届け出制度への変更もある。それまでは政府の許可を得ないと運賃を値下げできなかったが、規制緩和後は事業者が需給バランスを見ながら価格を設定して届け出ればよく、事業者間で価格競争が始まったのである。

この価格競争によりトラック運送業者の経営状態は悪化し、2001年度の全国平均経営利益率は0.6%まで落ち、トラック保有台数10台以下の事業者の経常利益率は平均マイナス1.3%、黒字企業割合は48%、10-20台保有の事業者の経常利益率は0.1%、黒字企業割合は59%、21-50台保有の事業者の経常利益率は0.8%、黒字企業割合は66%、100台以上保有の事業者でも1.2%しかなく、黒字企業割合は79%になった。

特筆したい点は参入が増えて競争が激化したことが問題の本質ではないことである。問題の本質は、新規参入者のほとんどが小規模事業者である点に加えて、物流業界に二次下請け、三次下請けの構造的変化が起きた点である。

この構造的変化のプロセスを説明しよう。荷主企業は物流品質を重要視する。商品を破損させずに荷受け企業に届けることは当然であり、安全・確実・迅速に届けることも含まれる。さらに、荷主企業の多くは激しい市場競争にさらされているために、需要が大きく変動することがあり、それに合わせて製造量も物流量も大きく変動する。このような物量の変動に柔軟に対応してくれる物流企業と契約することが荷主企業の競争力を強化する必要条件になる。もちろん、事故が起きた場合にも素早く対応し、賠償してくれることも荷主が物流事業者を選ぶ時の重要な要因である。残念ながら、小規模事業者はこのような条件を満たすことができない。したがって、大手荷主企業のほとんどは大手の物流企業と契約を結ぶ。物流業界全体としては競争が激化しているように見えたが、実情は大手に有利な構造が生まれたのである。

こうして、規制緩和によって大手物流事業者の物流は減らず、激しい競争にもさらされず、経営はよくなっていった。大手物流事業者は自社の効率化を進めながら、増える物量に対して外注を活用するようになった。それに飛びついたのが中小の物流事業者である。大手物流事業者は価格が安く固定費用や間接費用を支払う必要がない中小規模の事業者を積極的に下請け会社にし、輸送能力を拡大するとともに、自社の経営状況を改善した。これが物流一次下請けの誕生の構図である。

一方、中小規模の事業者の中には複数の大手から仕事を引き受ける優良企業が現れ、自社の運送能力を超えた部分を外注し、大手と同じように固定費用や間接費用を節約しながら運送能力を増やし、自社の経営状況を改善した。これが二次下請け誕生の構図である。これが繰り返されることで、三次下請け、四次下請けが生まれ、今は五次下請けに至る。末端では過積載、過労の問題が深刻化している。

もちろん、下請けの多層化には悪い商習慣も関わっており、問題の解決にはさらに深い分析が必要である。

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