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【特集:物流危機を考える】
松川弘明:2024年問題の本質

2023/12/05

3 問題の本質

今の労働基準法では、運転手の1日の労働時間を8時間、1週間の労働時間を40時間と決めているが、休憩時間を含む拘束時間は1カ月に293時間、1年間を通じて3516時間を超えない範囲で320時間まで延長できるとしている。毎月293時間を超えてもよいが、1年を通じて超えた回数を6回以内、超えた時間の合計を320時間以内に抑える必要がある。さらに、1日(始業から24時間)の拘束時間を13時間以内、これを超えるとしても16時間以内と決めており、運転手に24時間中連続して8時間の休息時間を与えないといけない。1日の拘束時間が15時間を超える回数は1週間に2回までとする制約があり、超過勤務時間を320時間以内に抑えれば毎日の残業を自由に延長できるというものではない。

運転時間も、2日を平均して9時間以内としており、1週間の運転時間は2週間の平均で44時間までと規定している。2日の平均については、前日との平均が9時間を超えても翌日との平均が9時間以内であれば合法であると判断され、緩めの規制になっている。さらに、4時間運転したら必ず30分の休息時間を与えなければならないと規定し、10分未満の休息は休息として認めないルールがある。つまり、車の運転は他の労働とは異なり、こまめに休息を取っても精神疲労を含めた身体の疲労回復にはならないという科学的な根拠に基づいて毎回の最短休息時間を10分以上に設定し、4時間30分の間に10分以上の休息を合計30分以上取らなければならない。

2024年4月から施行される新しい規制における一番大きな変更点は、時間外労働時間の制約を明確にした点にある。図3に主な改正内容を示す。

図3 自動車運送事業における時間外労働規制の主な改正内容
出所 国土交通省:物流の2024年問題について

拘束時間に対するおもな変更点は、1日の最大拘束時間を15時間に短縮した点、そして1カ月あたりの最大拘束時間を284時間に短縮した点、そして年間最大延長可能な拘束時間を310時間に短縮した点である。とくに、運転手の運転業務時間以外の労働時間を上限960時間に決めたことはかつてなく、その影響は測りかねる。荷主企業が運転手に荷下ろし作業や倉庫内の作業を行わせるのがその典型であるが、現行のルールでも最長時間について制約があり、日報に記録することが義務化されている。

全日本トラック協会の集計では、30%の企業で時間外労働時間が年960時間を超えており、このデータを用いて輸送能力を試算した場合、対策を取らなければ、2024年度には輸送能力が14%減少(4億トンの物量に相当)、2030年には輸送能力が34%減少(9億トンの物量に相当)する。この試算ではデータをそのまま輸送不能として計算していると思われるが、厳密には中身を精査する必要があり、マクロデータをそのままオペレーションの問題に当てはめるのは正しくないことをまず指摘しておく。

次に、東京- 大阪間の輸送についての試算がある。距離は550キロ、運転手1人で規則を守って運転すれば、実態拘束時間は12.5時間となるが、2024年から年間の運行業務時間外作業時間を960時間、拘束時間を3300時間に抑えようとすると、毎日の拘束時間上限を12時間にする必要があるという。したがって、2人で対応せざるを得ず、コスト増になるとともに、延着の可能性が高くなるという。ただし、この試算の目的は高速道路での最高スピードを時速100キロに緩和することであり、輸送キャパを総合的に計算するものではない。

このような問題に対して、政府は2023年3月31日に「我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議」を設置・開催し、「商慣行の見直し、物流の効率化、および荷主・消費者の行動変容」を目的に、抜本的・総合的な対策として6月2日に「物流革新に向けた政策パッケージ」を決定している。

各種データの試算、政策パッケージはいずれも間違いではないが、2024年問題が我が国の経済にどのような影響を与えるかは正しく推定されているとは言えず、問題解決に直結する対策であるかも不明である。試算に用いたデータが断片的であるだけでなく、前提条件が無視されており、データとデータの間の関係も考慮されておらず、物流システムとしての問題分析ができていないからである。

筆者は2024年問題を1つのムーブメントとして取り上げ物流改革を行うことについては大賛成である。物流業界における多重下請け構造は大きな問題であり、運行業務外の作業を多くやらされるのも大きな問題であると思っている。政府の旗振りがこの2つの問題、および派生するその他の問題、例えば過積載の問題、重大事故の問題などの解決に大きく貢献することを期待している。

我々は1990年の規制緩和がその後の10年間にわたり我が国の物流業界をどのように変えたのかを再考し、今回の規制強化が今後10年間の物流業界をどのように変えるかをシミュレーションする必要がある。2024年問題は、下請けで運送を担っている事業者に大きな影響を与え、それが大手にも影響を及ぼすという構造があり、客観的に、そして科学的に社会システムのダイナミックシミュレーションを実施すべきである。

2024年問題、つまり規制強化により物流のキャパが減ってしまうという試算は問題の表層であり、なぜこのような問題が起きたのかを正しく分析し、正しい仕組み(メカニズム)を設計することが問題の本質である。2024年問題を10年叫び続けても問題解決にはならないからである。規制強化で小規模事業者の経営状況が悪化し、倒産が増えるのは容易に推定できる。これによって多層構造が解消される可能性があるが、我が国の総運送キャパが減るという問題にどう対処するかを考えなければならない。

いま我々がやるべきことは固有技術の開発への投資もさることながら、時間競争や進化の競争、そして持続的な発展の観点からは、高度物流人材を育成することが急務である。したがって2024年問題の本質は、キャパの不足ではなく、新しい仕組みの設計とそれを実行できる高度物流人材の育成である。物流分野における各種レベルの問題を科学的に分析し、正しい処方箋を出せる高度物流人材を育成しなければ、2024年問題は人災になりかねない。

4 高度物流人材育成の重要性

高度物流人材育成の重要性は社会の共通認識であり、国土交通省はすでに3回シンポジウムを開催している。高度物流人材像についても以下の3つの能力、すなわち、

(1) デジタル化に対応し、データドリブンで思考する能力
(2) サプライチェーンを全体最適化の視点からマネジメントする能力
(3) 社会変化に対応し、新技術導入や異分野連携を推進できる能力

を取り上げている。

デジタル化の波は想定より高い。GAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)が世界の多くの発展途上国よりも多くの価値を創造していると言われているが、デジタル化において現在2番手が存在しないことはなぜだろうか? 日本は米国に比べて2周遅れているとも言われるほどIT知識を身に着けた人材が少ない。それより大きな問題は、IT技術を蓄積できる仕組みを持っている企業が少ないことである。システム開発における要件定義1つ取り上げても、日本ではベンダー企業がユーザー企業の現状業務に聞き取り調査を行い、それに基づいてシステム開発者が分かる言葉に置き換えるのが一般的である。米国では70年代に現状維持型と批判された方式である。デジタル化において今後10年にわたり激しく争われると思われるものに、大規模問題をどれぐらい早く解くかというビックデータの処理技術がある。残念ながら、日本では荷主企業も物流企業もこの技術には無関心である。実際デジタル化を自社の業務に活用するためには、外部の業者に丸投げしてはならない。技術が蓄積されないので、IT投資とシステム運用費用が高くなるからである。

経営意思決定を行う際に経験と勘は大事である。しかし、データを分析して得られた結果をもとに意思決定を行う時の的確さと速さは質的に異なる。ビジネス競争において意思決定の的確さと速さの欠如は命取りになり兼ねないことは分かっても、データをどのように分析し、どのように意思決定に活用するかが分からない。2024年問題が明らかになった時に取るべき行動として、手持ちの資源と各種法令を制約条件に、どのような対策を取ればよいかを分析することがあるが、データがない、あるとしてもサイロ化しているので正しく分析できないなどの問題がある。データがあるとしてもどう分析すべきか、どのようなモデルを構築し、どのようなアルゴリズムを適用すべきかという方法論が分からない。結局、必要なデータが分からないのでデータの棚卸もできず、問題を放置してしまう。この難局を打開するためにはCLO(Chief Logistic Officer)を目指して努力する若い集団を作らなければならない。

サプライチェーンマネジメント(SCM)は一種のビジネスモデルの研究であるともいえる。90年代後半に多くのSCMのビジネスモデルが誕生したのが典型的である。しかし、SCMは単なるビジネスモデルではない。ITを活用したビジネスモデルである。つまり、デジタル技術を伴わないビジネスモデルはSCMのビジネスモデルとは言えず、全体最適の扉を開くことすらできない。

一方、SCMにおいては純粋な全体最適化を実現することはできない。全体最適を実現するためには、サプライチェーンにおける独立した企業の情報を統合または共有することが求められるが、それを実現する手段は組織の統合、または戦略的提携であり、本質的には計画経済になるからである。サプライチェーンにおけるモノの流れを最適にする研究として、Clark & Scarf(1960年)のエシェロン在庫が有名であるが、この概念は暗黙に組織統合を前提条件としている。つまり、最適性を証明するためにはどうしても組織統合を前提としなければならない。また、最適化を図る際には常に目的と制約を明確にする必要がある。このどちらかが欠けても最適であると言えない。世の中には普遍的な最適性というものは存在せず、永遠の最適性も存在しない。このような知識なしに、サプライチェーンにおける全体最適を議論するのは無知であり、実現もできない。結局サプライチェーンにおける全体最適というものは、個別最適の下で、個別最適の総和よりもよい方策を見つけることであり、これを理解せずに個別最適を否定して全体最適を主張するのは間違いである。

技術は永遠に進化する。いかに斬新な技術でもやがては陳腐化し、その技術から生まれた製品は市場から消え去る。製品には2つのライフサイクルがある。1つは物理的なライフサイクル、もう1つは市場のライフサイクルである。物理的なライフサイクルは長いが、市場のライフサイクルは短い。技術進歩が速いからである。我々は目まぐるしく進歩する技術に対して、興味をもって学習する能力を身につけなければならない。自分は文系だからということで新技術から逃げる人はリーダーとしての資格がない。技術は理系の特権ではない。興味を持つこと、いい先生に出会うことが「社会変化に対応し、新技術導入や異分野連携を推進できる能力」を決める。結局のところ、理系の出身であっても他分野の技術に興味を持たない人には、「新技術の導入や異分野連携を推進できる能力」を身に着けることができない。したがって、高度物流人材の育成においては、好奇心をもって他分野の技術を学ぶ意欲のある人に、とくに若い人たちに学ぶチャンスを与えることが求められており、これが組織の持続的な発展に大きく貢献する。

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