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【特集:投資は社会を変えるか】
座談会:自分のため、社会のために考える新しいお金の循環

2023/04/05

投資の普及で変わるもの

藤田 投資の普及は社会のどのような部分を変えていくと思われますか?

浦田 私はどうしても企業寄りの話になってしまいますが、2つ変わることがあるのかなと思っています。

1つは、サービスの多様化、市場の活性化につながるのではと思っています。先日お医者さんの同級生が、子どもに食べさせる離乳食を、食材や製法にこだわって提供するサービスをクラウドファンディングで募っていたので私も参加してみました。

このような生活に根付いたアイディアからビジネスが今、次々と生まれています。こんなものがあったらいいなと思うものやサービスが様々な場所で、小規模ながらも生み出されているように感じます。

このように小さな試みを始めているいろいろな個人・企業にお金が流れると、もっといろいろなサービスが出てきて、個人の生活が豊かになるのではないでしょうか。サービスの多様化や市場の活性化にもつながり、ひいては株式市場が盛り上がると思うのです。

もう1つ、投資がカジュアルに行われるようになると、個人の仕事との関わり方が変わっていくのではと思います。運用という意味での投資は副業のようにも位置付けられ、仕事に縛られなくてもよくなると、要はお給料一本に拘らなくてもよくなるので、仕事への依存度が低くなる。

結果として、自分のライフスタイルに合わせて逆に仕事を選ぶこともできるようになるのではと思っています。個人レベルで多様な生き方ができるという、いい流れになっていくのではないかなと思っています。

上口 究極的には自分の価値観に基づいて投資の判断ができればよいと思います。それは人によっては自分の生活設計かもしれませんし、人によっては国や企業の成長、あるいは社会貢献かもしれませんが、そういうものを通じて、自己実現していくような選択肢をきちんと選べる環境をつくっていくことが望ましいと思っています。

そういう意味で、私たちは、その前提となる金融リテラシーの普及に努めていきたいと考えています。また、チャリティーにしてもスタートアップ支援にしても、わが国においては必ずしも十分に制度が整っていなかった部分をしっかり整えることで、潜在的に埋もれていた価値観を引き出していくことは素晴らしい取り組みと思います。

一方、私が投資の話で懸念するのは、「低金利環境のもとで中高年を迎えたが、老後の生活が不安なのでなんとかしなければいけないので、投資で挽回を図ろう」というような話です。そういう話だとすると、投資で対応しようというのはたぶん間違えている、ということだと思うのです。いくら金融リテラシーを身に着けても、必ず儲かる投資方法はありませんので、こうした一発逆転策は成功しないこともあるはずです。

ただ、経済成長の果実を得るための投資については、少なくとも時間を味方にすることによって負ける確率をかなり下げられるとは言えるはずです。それを若い時にきちんと伝えておくことで、皆さんの選択肢が増えるというところが大事な点だと思っています。

再分配のあり方を再考する

藤田 リスクと適切に付き合っていかないと豊かな人生を過ごしにくい。このことは、金融リテラシーがある人とない人、あるいは、資産を持っている人と持っていない人との間で格差が広がっていくことも意味しているように思います。

実際、トマ・ピケティ等、今後は格差が拡大する、と主張されている方々もいますし、資産を持つ者と持たざる者の間の格差がコロナ禍で拡大したとも言われています。

上口 トマ・ピケティが言う格差の拡大に対して、ナッジなども使いながらうまく投資を活用していくという選択肢はあるのかもしれません。ただ、私は、本質的には格差の話は、いわゆる再分配の問題であり、典型的な市場の失敗の話なので、本来的には政府が介入すべき領域だと思います。まさに社会的な選択として適切に再分配政策を取るというのが王道ではないかと思います。

米良 そこをお聞きしたいです。国が介入した政策による再分配は現代社会において、本当に実現できるのかが正直わからないんですよね。

上口 私は、政策として国がやるべきかどうかという話と、議会制民主主義の下でそれをどう実現するかという話は本来分けた方がいい議論だと思っています。ピュアにいわゆる経済学的な世界で市場の失敗があって、そこに介入していく論拠が現にあるのであれば、再分配の議論は本来的には政府が対応すべき領域だと思います。

一方で、実際に政策を選択しているのは、まさに議会制民主主義の中で選ばれた人たちが政策を打っていくわけです。そのような過程において、「貯蓄から投資へ」もそうですが、なぜそのことを政策的に目指すのかという議論を飛ばしてしまうと評価の軸がぶれてしまうのではないかと思います。

「低金利だから世の中の人々が困っている。将来の年金などの不安もあるので、投資で増やして帳尻を合わせよう」といった時間軸によっては「本当か?」というような議論が起きかねない。そういう意味で、きちんと理屈は考える必要があると思っています。

藤田 これまでの経済学では、個人が自分のことだけを考えて行動することを前提としていたので、市場メカニズムに任せていては格差は是正されない、だから政府の役割が必要と考えられていたと思うんです。

ただ、個人は自分のことしか考えてないという前提は必ずしも正しくないのではないか、と最近言われてきています。その前提でもう1回、経済学を組み立て直すと、市場メカニズムによって格差も解決できるのではないか、とも考えられます。企業によってちゃんと格差の是正もできる、と思われますし、理論モデルをつくって分析してみようかな、とも思っています。

また、政府よりも企業のほうが情報に近いので、情報に近い主体、つまり企業が、それぞれの自分の思いに応じて行動するほうが失敗は少ないのではという気もします。そうやっているうちに問題の本質が見えてきたら、その段階で制度を変えると、一気にガラッと変わる気もしています。だから今は企業が頑張って活躍するフェーズなのではという気がします。

ワークライフマネーバランスを考える

藤田 浦田さんが指摘された働き方について言えば、昔は男性が職場に行って働いて、女性は家にいて、株式投資をあまりせずに預貯金をするということが多かったと思います。でもこれからは、仕事と同様、お金と共働きする時代だと思うんですね。

例えば世帯収入のうち、勤労所得がどのくらいで、資産による所得がどのくらいなのが望ましいのか。ワークライフマネーバランスのようなことを考えることについてはいかがでしょうか。

岩田 今、例えば1つの会社に何十年も勤めることは僕は現実的に考えられなくて、投資をするために稼ぎ方を考えるという人は結構、若い世代は多いと思うんです。今、本当に若い世代の給料は増えない。新卒で手取り20万円みたいな中で、いわゆる投資をするためにこの稼ぎ方を学ぼうという動きは多くなってきていると思います。

例えば、在宅で5時に終わって、3時間はエンジニアの仕事をして、そのお金を投資に回して人生設計を変えていこうみたいなことです。

浦田 今、若い人の転職率は高いのでしょうか。

岩田 転職や兼業を考える人はかなり多くなっているとは思います。同期でもすでに転職している人も多く、20代、30代でとにかく高い報酬を得るために外資で稼ぎ切るか、いわゆる昭和型の働き方か、二極化しているような気がします。

こんなに景気がよくない30年を日本で過ごしてしまうと、そもそも70歳まで生きられるかみたいな不安があります。日本が全然成長しないで、お金が40歳ぐらいでみんななくなっちゃうんじゃないかみたいな。

先導者として貢献する使命

上口 自分がやりたいことを考えていく上で、前提となる情報をしっかり提供する仕組みはやはり必要だと思います。

また、わが国が経済成長し、取り残されないためには、生産性を高めるような革新的なイノベーションを促していくことはとても重要です。ただ同時に、国全体の生産性を高める方法は、革新的な技術の開発だけではないということも大切な点だと思っています。

実際、生産性の低いセクターから生産性の高いセクターに人や資本といった資源配分がシフトすることでも国全体の生産性は高まります。そして、そのメカニズムは市場の価格競争メカニズムの中で日常的に生じているものでもあります。それだけに、無から有を生むような革新的なイノベーションを連続的に起こしていくよりは、対応を講じやすい面もあると思います。

一方、わが国では、市場メカニズムはあまり評判がよくありません。むしろ、日本はある意味とても優しい社会なので、そうした力を抑制するような施策が講じられることも少なくありません。社会として、そうした対応を選択することは当然あってよいと思います。

ただ、そういう選択が結果的に国全体の成長力に影響する面があることも理解したうえで、その判断を行うことがより望ましいと感じます。このため、そういうこともわかったうえで判断できる仕組みを目指していくことが大事ではないかと思っています。

米良 この前、伊藤塾長や他の先生と一緒に朝日教育会議でパネルディスカッションをさせていただいたんですが、それに向けて福澤先生の本を改めて読みました。エリート(先導者)という考え方を福澤先生は持っていたということで、慶應を出るような人たちというのは、世の中に対して関心を持ち、世の中のために自分の人生でしっかりと貢献していく人であり、それがエリートなのだ、という話があったんです。

厳しい環境であるが故に、今生きることも必死で苦しい思いをしている人はこの国にもたくさんいます。だからこそ、情報が集まるようなところにいる人たちは、主体的に動かなければいけないと思います。

心から「世の中にとってよいことはなにか」といったことを考えられる人たちを育てていくのが慶應義塾であると福澤先生は伝えてくださったと思うので、私自身も微力ながら社会に貢献できる人材になるために自己研鑽していきたいと思っています。

藤田 そうですね。やはり福澤先生は偉大で、先生の教えは今に生きていますね。

今回の座談会では、各分野でご活躍の方々にお話しいただいて、過去や現在を俯瞰できたので、良い未来を展望できそうです。「貯蓄から投資へ」という言葉についての理解も深まり、とても勉強になりました。

本日は有り難うございました。

(2023年2月21日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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