三田評論ONLINE

【特集:投資は社会を変えるか】
座談会:自分のため、社会のために考える新しいお金の循環

2023/04/05

お金の流れの選択肢を提供する

藤田 このようにいろいろな新しいことが金融の世界で起きていますが、投資にはリスクが伴います。金融広報中央委員会は、金融教育に力を入れておられて、慶應義塾においても「金融リテラシー」という講座をつくってくださっています。

上口 私は大学卒業後、日本銀行に入りましたが、金融政策や金融システム周りの経験が長くて、金融教育に携わるようになったのは去年からの約1年間に過ぎません。

このため、私が金融教育について語るのはおこがましいのですが、私自身は「貯蓄から投資へ」というキャッチフレーズはあまり好きではないところがあります。もちろん、政府として今、目指しておられることを否定するものでは全くないのですが、例えば家計の貯蓄手段となっている預金がそのまま投資に振り替われば社会的に望ましいのか、と言えばそれは本当にそうなのかと思います。いわゆる「貯蓄から投資へ」というキャッチフレーズは、そうなったほうが望ましいという理屈が必ずしもはっきりしないところがあるように感じます。

「わが国の経済成長力が低下しているから資産所得を増やすんだ、積極的に投資して世界の成長の果実を得るべきだ」という観点は重要だと思います。ただ、同時に世の中の人々がそれを「本当に望むのか?」という点も大切なポイントではないかと思います。

そういう意味では、先ほどからお話が出ているように、いろいろな価値観がある中で、それを実現する術がない時に、お金の流れに関してより幅広い選択肢を提供するという発想で変化していくことが望ましいのだろうと思います。

その中で、私がまずお伝えしたいのは、「金融リテラシーとは何か」ということです。少し硬い表現で言えば、金融リテラシーというのは、「人生とは切り離せないお金というものについて健全な意思決定を行い、1人ひとりが自立的かつ安心、豊かな生活を実現するための力」というのが一般的な定義だと思います。

そういう意味では、金融商品に関する知識や、投資、資産形成に関する知識ももちろんその中に入りますが、それだけではなく、家計管理とか生活設計とか、いわゆる消費生活の基礎や金融トラブルへの対応も幅広く含んだ概念です。

ですので、「貯蓄から投資へ」ということを考えていくのであれば、まさにそういう正しい知識に基づいて正しい判断をする、本人の価値観に基づいて、本人が望む判断をする前提として、きちんとした知識なり制度が整っているという状態をしっかりつくっていくことが大切だと思います。そのためには金融リテラシーの向上を図る必要があるということだと思っています。

藤田 「お金の使い方」や金融リテラシーの高さについて世代間の違いを感じていらっしゃいますか。

上口 金融リテラシー調査というものを、金融広報中央委員会でやっているのですが、その結果を見ると、全般に高齢者の方のほうが金融リテラシーは高い傾向にはあると思います。

これにはおそらく理由があります。金融リテラシーというのは、まさに人生でのお金の使い方の決断とリンクしている。例えば結婚とか子どもが生まれたとか、子どもが学校に行くといった様々なライフイベントを経験すると、否応なく金融の判断をする事態に直面し、その時点で自分のこととして金融の問題を考える機会が生じる。そこで能動的に学ぶので金融リテラシーが高まるのではないかと思います。

ただ、一方で、最近、特にコロナ禍以降、金融詐欺の類いもデジタル化が進んできているので、若い世代と比べてデジタルリテラシーが低い高齢者はターゲットとして狙われやすい。高齢者は金融リテラシーがあっても、デジタルリテラシーが低いというところでだまされるような問題も出ています。

また、デジタルリテラシーが低いために金融サービスの恩恵を十分に受けられない高齢者のサポートも重要です。

グローバルにも、コロナ禍以降、金融教育の強化の重点として、デジタルリテラシーと金融リテラシーの2方面作戦で高齢者にも若年層にも対応していかなければいけないといった議論がなされています。

スタートアップへの投資

米良 先ほど企業の投資の話の中で、ベンチャー投資の話がありました。私がこの世界に入った時は「ベンチャー企業」と言われていましたが、今、「スタートアップ」と呼び名を変えて再ブランディングしている状況ですが、日本はスタートアップを応援していく波は周回遅れの状況です。もちろんこの6年ぐらいで投資額も年間で8000億円ぐらいと大きくなってはいるものの、グローバルに見ると投資額はまだまだ小さい。

アメリカのスタートアップへの投資は、機関投資家が多いのですが、一方日本の場合は、大企業がシナジーを期待してスタートアップへの投資をしていくCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)と言われるお金が、非常に大きな割合を占めています。

なので、投資をして短期的な利益をスタートアップからもらうというよりは、むしろ企業が持続的に成長していくために、一緒に連携していく先としてスタートアップを見ているところが、日本の特徴かと思います。大企業がしっかりシステムの中に入って、スタートアップをしっかり育てていきながら新しいイノベーションをつくっていくのが、日本ならではのお金の流れであると思います。

当初はベンチャー企業は大企業を敵対視しているように世の中では思われていたようですが、現状は、むしろ大企業が一緒にスタートアップのエコシステムを作っていきながら、社会にイノベーションを起こしていくことが、重要なポイントとなっています。

私は最近、インパクトスタートアップ協会というものを立ち上げました。そこでは社会課題解決をしていくようなスタートアップを取りまとめて、そこに対してインパクト投資という、純粋なリターンも期待しつつ、同時にインパクトが出ているような企業に対して投資をしていくという新しい方法論の普及を行っています。

今までは、社会貢献や社会課題解決は非営利的な組織、あるいは国や自治体がやっていました。でも、テクノロジーやイノベーションを使って課題解決をしていく主体としてのスタートアップは非常に重要で、それに対して、お金の流れを上手くつくることには、企業の興味や共感もとても高いんですね。

個人も意識改革が進んでいると思いますが、企業も長い目で見て、そういったイノベーションスタートアップを応援していこうという空気ができつつあるのが、最近の傾向かと思います。

岩田 社会課題解決で言えば、いわゆる日本の職人さんが今、高齢化してしまって、例えば、有田焼の窯元とか、酒蔵の杜氏の方などが亡くなってしまうと、日本の何百年という文化が絶たれてしまう。そこで、スタートアップがいわゆる新規のデ・ブランディングやプロダクト開発をして、富裕層の人に買ってもらい、それを社会に還元するところが出てきています。

20代から30代前半の人が多いのですが、お金儲けではなく、最終的にどうやって社会に還元できるのか、それに対してどこからお金をもらえばいいのかを一貫して考えられる世代が出てきている印象を持っています。

では誰から出資を受ければいいのかということに対して、現状はかなり選択肢が少ないので、そういった機会が増える世の中に日本もなっていけばいいなと思っています。政府は現在、年間8000億円規模のスタートアップへの投資額を2027年度に10兆円規模にするという方針を掲げましたので、これをどうやって落とし込むかまできちんとやっていくことが大事かなと思っています。

金融教育の必要性

藤田 スタートアップへの投資は進んでいるということですね。一方、浦田さんのところでも金融教育は行われているのでしょうか。

浦田 金融教育は弊法人も課題を認識しており、力を入れている分野です。日本人が今まで投資に対して硬直的だった背景には、お金や投資のことについてよく知らない、ということが全般にあるのだと思います。もちろん先ほどお話しされたように、年齢が高いほど金融リテラシーが高いというのは事実だと思うのですが、その人たちが積極的に投資をするかというと、おそらくしていない。何かだまされそうとか、怖い、よくわからない、とネガティブなところが潜在的にあるのかと思います。

あとは日本人の特徴なのかもしれませんが、タブーとまではいかなくても、今まではあまりお金のことを人前でいろいろ言うのはよろしくないという意識があったと思うのです。しかし、人生の様々な局面でお金の知識は必要ですので、金融リテラシーや金融教育はますます必要になっていると実感しています。

私は、弊法人で出版委員会というものに入っていて、出版社さんと書籍の企画をすることもあるのですが、ある出版社さんから、お金の絵本みたいなものは作れませんか、と言われたことがあります。要は、小学生や中学生でもお金の仕組みがわかるような本を作りたいということでした。

その背景を聞いていると、中学・高校の学習指導要領に今、「会計情報の活用」というものが入り、学校で教えることになっていると。しかし、それを教える先生たちが会計やお金の仕組みをよくわかっていない。だからそこで、わかりやすいお金のハウツー本みたいなもののニーズがあるのではないかということでした。

私は会計や監査と言うと、何か難しそうと思われることが多く、もっと簡単にかみ砕いた本があればと常々思っていたので、このような流れはすごく嬉しい。やはり簡単に金融とか会計、お金のことを知りたいという潜在的なニーズがあるのだと確信しました。

また、金融庁でも学生や若い層をターゲットにしたお金の仕組みのようなハウツー動画を出していることを最近知り、衝撃を受けました。お金の仕組みについては、難しい知識を高い知識レベルの人に向けて説明することを優先する傾向が今まで強く、それゆえに基礎的な話を知りたいと考える、ある意味、会計や金融の難しさの壁に当たって諦めてしまっている人も相当数いるのではないかなと思っていました。

そういったことが金融リテラシーを根付かせることへの弊害になってきたのであれば、その参入障壁、つまり参入レベルを下げることも必要と思います。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事