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【特集:投資は社会を変えるか】
小林健一:長寿化社会、就業と投資の現在

2023/04/05

  • 小林 健一(こばやし けんいち)

    株式会社小林経済研究所代表取締役・塾員

金融審議会は2019年6月、夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦無職世帯では毎月の不足額の平均が約5万円であり、「まだ20~30年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1300万~2000万円になる」とする市場ワーキング・グループの報告書「高齢社会における資産形成・管理*1」を公表した。

これに対して、麻生太郎副総理兼金融担当相(当時)は、「政府のスタンスと違う」として、正式な報告書として受け取らないと表明。二階俊博自民党幹事長(当時)は金融庁に厳重抗議し、山口那津男公明党代表も「説明が足りなさすぎる。猛省を促したい」と述べた。

審議会の報告書が受理されないのは異例だが、この背景には翌月に控えた参院選の争点の1つに位置づけようとする野党と、この問題に迅速に対応し、批判をかわそうとする与党の綱引きがある。参院選は与党の勝利に終わったが、この報告書を巡る騒動が高齢者の家計問題への関心を高めたことは間違いない。

本稿では高齢者の老後生活の現状を整理するとともに、日本の社会に投資が根付くための課題を考えたい。

現実味を帯びた「人生100年時代」

世代を問わず、老後生活で最も気になるのは、「自分の寿命がいつ尽きるか」ということだろう。厚生労働省「生命表*2」によれば、男女の平均寿命は過去半世紀で男性=69.31歳(1970年)→81.56歳(2020年)、女性=74.66歳(同)→87.71歳(同)になった。この間、平均寿命は男性で12.25年、女性で13.05年延びた計算になる。

平均寿命の延び率は、鈍化してきているとはいうものの、2020年と2015年を比較すると男女とも平均寿命は1年弱、延びている。そして、国立社会保障・人口問題研究所の推計*3によれば、2065年時点の平均寿命は男性=84.95歳、女性=91.35歳になるという。

男女の平均寿命が延びた背景には、長年、日本人の死因の多数を占めてきた「肺炎」、「脳血管疾患」による死亡率が低下していることがある。厚生労働省「人口動態統計月報年計*4*5」によれば、2011年時点の主な死因別死亡数の割合は「がん」(28.5%)、「心疾患」(15.5%)、「肺炎」(9.9%)、「脳血管疾患」(9.9%)、「不慮の事故」(4.8%)だった。

これが、2021年になると、「がん」(26.5%)、「心疾患」(14.9%)、「老衰」(10.6%)、「脳血管疾患」(7.3%)、「肺炎」(5.1%)に変わってくる。「がん」や「心疾患」は依然、高位にあるが、これまで死亡率が低かった「老衰」が「肺炎」、「脳血管疾患」を押さえて上位に入った。

老衰は、他に記載すべき死亡の原因がない高齢者の自然死を指す。衛生環境や栄養環境の改善を背景に、病気によらない死亡が増えているのである。病気はしばしば若い世代の生命を奪うが、「病死の減少が平均寿命を延ばしている」(馬場園明・九州大学教授)という。

こうなってくると、リンダ・グラットン、アンドリュー・スコットが『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』で指摘したように、従来の定年まで働き、その貯蓄で老後を生きるには人生はあまりに長い。「人生100年時代」の負の側面がにわかに注目を集めてきたのである。

図1 平均寿命の推移
出所:厚生労働省「第23回生命表(完全生命表)」
図2 死因別にみた死亡率(人口10万対)の推移
出所: 厚生労働省「令和3年(2021)人口動態統計月報年計(概数)の概況」
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