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【特集:日本の“働き方”再考】
大西利佳子:プロ人材を活用する組織、プロになれる人材

2023/02/07

今、日本にプロ人材採用が必要な理由

プロ人材の中途採用はジョブ型人事制度を前提としているため、「総合職」を中心とする「メンバーシップ型」人事制度を前提とする日本の大企業では採用手段の主流とはなりませんでした。その代わりに、総合職として処遇されてきた大企業人材が専門性を高めるためにエッジの効いた中小・中堅企業に転職するケースが多くありました。それがこの近年は大企業の中途採用が活発になってきています。実際に20年前の転職入職者数は中小企業(従業員数100名未満)では半減(57%→32%)したのに対して、1000名以上の大企業は3倍(13%→36%)近くになりました*1。それと呼応するように人材紹介市場はこの20年で800億円規模から5000億円を超える規模になりました*2

このように転職市場が拡大していますが、その大きな理由は、ビジネスの高度化・高速化、顧客ニーズの多様化などに伴い新しい価値を提供する仕事が増えていることにあります。本来、大企業の体力や人材力があれば新しい価値を提供する仕事は大企業の中で生まれ育つことが可能ですが、現実には必ずしもそうなっていません。大きな組織というものは一般に時間の経過とともに制度疲労を起こすからです。

組織が大きくなることで手段と目的が取り違えられた仕事が増え、本来の目的に沿った仕事の量が減ります。また、縦割り組織となり、全体最適が取れなくなり、全体の収益性も個々人の生産性も下がっていきます。それに伴い、組織の寿命も短くなり、結果として終身雇用制度への不安感が高まり、自分の仕事に自信のある人材は外での挑戦のほうがメリットが高いと判断して外に出ていく。その結果、人材の質の低下がおこり、さらに優秀人材が流出するという負の循環に入ります。

組織がこのような負の循環に入る原因は、自分のやってきたことを無条件に肯定し、変化をせずに現状維持を正当化するバイアスがかかることで進化が止まるからです。このバイアスから目を覚ます役割を果たすのが外部人材です。外から新たな刺激が加えられることで、改善すべきこと、視点を変えるべきことを強く認識することができ、また、新たに学ぶために必要な価値観を身に着けるため、従来の価値観を学習棄却(アンラーニング)することができます。こうして組織のメタ認知力が高まることにより自浄作用が得られ、新たな成長のサイクルに入ります。まさに福澤諭吉先生が諸外国の見聞を持ち込み国民を啓蒙したことで近代化に貢献したことと同じです。

人材のプロ化に大切なことは健全な流動性向上に向けて労使が協力すること

日本はこの30年で成長率が低下し、企業の時価総額を見ても世界での存在感が低下しているとよく言われます。本来、成長に陰りがみえた早期の段階で組織の変革を行うことが必要でしたが、なかなか労働市場の流動化が起きませんでした。この結果として、日本のホワイトカラーやサービス業の生産性の低さは先進国で最下位クラスにあります。

流動性が高まらなかった大きな理由には、労働法関連の制度疲労が挙げられます。実際に日本の労働法は製造業における製造工程での従事者を想定しており、ホワイトカラーの労働環境に対応できているとは言い難いものがあります。また使用者と労働者の関係性においては労働者が圧倒的に力がないことを想定した制度である点も、人材不足の環境下では現実との乖離があります。このように法律や制度が産業構造や労働市場の変化に対応しきれていません。ホワイトカラーエグゼンプションなど、新しい枠組みが試行錯誤されていますが、労働をめぐる裁判の判例が圧倒的に企業に不利なものが多いため、企業サイドはレピュテーションリスクを恐れ、いまだ組織の新陳代謝を行うことに及び腰です。

一見、労働者が守られているように見える日本の労働制度ですが、流動性がないがゆえに違う場所での適性がある人も同じ場所に縛り付けられ、また、労働に対して高い報酬を得ている人がそのまま居続けることで貢献度が高い人に適切な分配をすることができず、全体の停滞を招いています。

法制度に大きな課題があることは事実ですが、それを理由とせずに、労使ともに健全な流動性が高まることが双方のメリット、ひいては日本全体の活性化につながることを理解し、一致団結して早急に新たな枠組みの前例を作っていく必要があると感じています。

プロ人材を活かせる組織、プロになれる人材の特徴

いま日本の組織では、ようやくプロフェッショナル人材を採用して組織の競争力を高め、賃金も高め、より豊かな社会に向けて循環しはじめたと感じています。

世界でも人的資本経営こそが企業価値を高めると考えられるようになり、今年からは日本でも上場企業を中心として人的資本の情報開示も本格化する予定です。こうありたいという姿と現実の姿を定量的に情報開示し外に伝えることで、そのギャップを埋めることに本気になっていきます。人的資本の向上に向けて企業も人も全力を尽くす流れは不可逆です。

一方で、うまくこの人的資本向上の流れを使って上昇気流に乗れる組織とそうではない組織、自分の価値を高められる人とそうではない人の差がついていくことになることでしょう。

20年の経験からプロ人材をうまく活用できる組織やプロ人材になれる人の特徴を列記しますので、チェックリストとして使っていただき、より良い組織、より高い付加価値の人材を目指していただきたいと思います。

〈プロ人材を活用できる組織の特徴〉

  ● 定量の可視化:人的資本経営の現在地を定量的に可視化しており、目標も定性的なものに加えて定量的なものがある

  ● キャリアパス:中途採用のプロはお金さえ払えば働くと思っているわけではなく、キャリアパスも必要だと考えている

  ● スピード:プロ人材は成果を出すまでに時間がかかることは市場価値の低下につながると考えていることを理解し、スピード感をもって成果を出すための後押しをしている

  ● 異動:プロ人材も組織の決定には従う意思はあるものの異動には合意が必要だと考えていることを理解している

  ● 風通し:3割を超えない属性はマイノリティであり意見反映されることが難しいことを理解し対策している

  ● 報酬:プロ人材は正当な対価を得たいと思っていることを理解している

  ● 外部公平性:他者の報酬水準の情報収集につとめ外部公平性を担保しようとしている、または説明できるようにしている

  ● マニュアル化:仕事が属人的であり口頭伝承のため引き継ぎに長い時間がかかると外部人材がすぐに仕事に取り掛かることができないことを理解し、文字化・マニュアル化している

  ● 価値観:「目に見えない価値観」を大切にすると外からの人材を拒んでしまうことを理解し、異なる価値観に寛容であり内包しようとしている

〈プロになれる人材の特徴〉

  ● 成果:時間で仕事をするのではなく仕事の中心に成果を置いている

  ● アウトプット重視:プロの仕事はアウトプットが重要であることを理解している

  ● 給与の源泉への理解:自分自身が価値を生み出し顧客からお金を頂いた結果としての収益でありそこから給与が発生していると認識している

  ● 学習棄却:過去の習慣を棄却することが新しいことの学習につながることを理解している

  ● 複数領域:一つのプロの領域にこだわることなく複数領域の専門性を得ながら時代に適合している

  ● メタ認知:全体の中での自分のレベルを認識している

  ● 限界突破:自分の能力に属性(性別、年齢、学歴等)上でのキャップをかけていない

これらの組織運営循環の課題を解決するために特に重要で、かつ難易度が高いものは、個人の経験とそれを支えるスキル、能力(コンピテンシー)の可視化に基づいたタレントマネジメントです。

コトラでは今後、このタレントマネジメントを支えるHRテクノロジーやHRビジネスパートナーの好事例を作るべく人的資本経営研究会を立ち上げ、一層の生産性と付加価値が向上する社会の創造に貢献していきたいと思っています。

〈注〉

*1 厚生労働省「雇用動向調査」 第88回労働政策審議会職業安定分科会雇用対策基本問題部会資料。

*2 厚生労働省「職業紹介事業報告書」

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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