三田評論ONLINE

【特集:日本の“働き方”再考】
水野英樹:「転居のない転勤」という働き方──「あたらしい転勤(リモート転勤)」プロジェクトの試み

2023/02/07

3.今後の取り組みと転居を伴う転勤制度との関係

現在、実際の「リモート転勤」制度の利用期間は1年未満のケースが多い。期中で制度利用した社員は、毎年4月の定期異動で「リモート勤務」制度の利用を終了して、転居先の部署に異動して通常勤務に切り替えるためだ。リモートワークを1年以上の長期にわたり継続利用をするには、まだまだ課題が多く、4月の定期異動までの繋ぎの制度となっているのが実態である。

今後、「リモート転勤」制度を誰でも長期間利用できるようにするためには、紙書類への押印業務の電子化や帳票管理、社内外の会議のウェブ化(コロナ禍で増えたとは言え、リアルでの開催に戻りつつある現状を踏まえ)、そして安定的なシステムなどネットワーク環境のさらなる進化も必要である。また、平行して制度利用者の実績数を増やし、制度利用者だけでなく、それを支えている周囲の同僚や上司、顧客のみなさんの意見に耳を傾け適宜制度の運用見直しを行っていく必要がある。

転勤は仕事内容や職場の人間関係だけでなく社員の家族や個々人の地域活動にも影響をもたらす。そのため、社員の人生に与える影響は非常に大きい。ただ、転勤には周知のとおり、数多くのメリットも存在する。従来型の転居を伴う転勤により得られるキャリア構築上のメリットや、ライフにおいても新しい環境に身を置くことで人生が豊かになる経験を積むことができることがある。また、業務においても人と人がリアルに会い、コミュニケーションをとり ながら仕事することの重要性は、今も将来も恐らく変わらないだろう。

「リモート転勤」制度は、そういった従来型の転勤のメリットと併存する形であり、転勤を否定するものでは決してない。各個人が抱える様々な与件が増え、様々な働き形に寄り添いつつ、事業継続を実現していかなければならない企業にとって、社員に提供できる多様な働き方の選択肢の1つという位置づけである。

4.最後に──リモート転勤は何を可能にするか

「リモート転勤」制度は日本的雇用慣行であるメンバーシップ型雇用からの脱却の1つの施策である。

ワークライフバランスの質の向上に影響を与えるものとして「働く場所」と「業務内容」が挙げられる。「リモート転勤」制度は、この「働く場所」を企業が支援する制度である。従来、「働く場所」は企業主導で決めるものであったが、今後は社員が住む場所、働く場所を選べるようになる時代に変わっていく。その時代に対応した制度の1つが「リモート転勤」制度になると捉えている。

「働く場所」を選択できるようになるということは、社員側もまた自立した人間であること、リモートでも企業に雇われる力があることを試される。そのために必要な変革は、企業だけでなく社員にも当然求められる。「リモート転勤」制度利用を始め、様々な形でリモートワークを行う社員が増える中、円滑に業務を進めるために必要な「能力」を身につけておく必要がある。制度利用を権利と勘違いした社員が「リモート転勤」制度を利用すると、同僚や上司、顧客とトラブルが発生し、制度利用の継続ができなくなってしまう。ひいては自分で自分の首を絞めてしまうのだ。

制度利用をしなくとも、リモートワークを行う社員が、リモートワークをしていない社員とのコミュニケーションをケアしなければ、リモートワーク自体、実現しない。変革に順応するために必要な「能力」には、遠隔でも業務の質を落とさないように様々なビジネスツールを使いこなす力、周囲とのメンバーと協調しながら進める力、現地での勤務の量・質・周囲とのリレーションをカバーできるだけのコミュニケーション力等総合的な人間力が必要となってくることも意識しなければならない。

また今後、日本国内でも各企業においてジョブ型雇用へのシフトが加速し、社員が業務を選択する時代に変わっていく可能性がある。その場合においても社員側はジョブ型として雇われる能力を企業側に示す必要になる。

社員がライフの質を向上させるために希望する場所に住み続けられるようになること、そして社員自ら業務を選択できるようになることは、ウェルビーイングの概念である「肉体的にも、社会的にも、すべてが満たされた状態」に近づくことになる。ウェルビーイングの実現により、仕事においても高い成果をあげてくれれば、企業と社員双方にとって良い状態となる。ウェルビーイング実現は、人的資本経営に向けた、企業としての使命であり、企業や社会全体にもたらすメリットは計り知れない。

「リモート転勤」制度がその一助として、当社だけでなく、1つでも多くの日本企業が従来型の雇用慣行を再考するきっかけになって欲しいと願っている。

図2:『リモート転勤制度』メンバーシップ型との関係性

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事