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【特集:大学院教育を考える】
松尾弘:慶應ロー・スクールにおけるグローバル法務人材の養成

2022/10/05

3.KLS・LLMの成果

KLS・LLMは、春と秋に一般入試を、春に特別推薦入試を実施している。開設から2022年9月までの5年半の累計でみると、志願者250名、合格者191名、入学者140名(2023年4月入学予定者を除く)であり、修了生120名を輩出した。修了生の国籍(多い順)は、中国、日本、ベトナム、韓国、バングラデシュ、タイ、フランス、アメリカ、台湾、ラオス、フィリピン、ドイツ、スイス、シンガポール、オーストリア、インド、香港、フィンランド、トルコ、チリ、スペイン、ケニア、カナダ、カンボジア、イタリア、イギリスである。このようにKLS・LLMの修了生は、アジア、北米、南米、ヨーロッパ、アフリカと、文字どおり世界的広がりを見せている。

修了生の就職先は多様であるが、特色あるパターンとして、第1に、裁判官、行政官、国会職員、大学、ロー・ファーム、企業法務部等の前職に戻って活動を続け、プロモーションを遂げている者、第2に、自国に戻り、新規に自国のロー・ファーム、企業のほか、日本企業の現地オフィスに就職した者、第3に、外国人でありながら、日本で就職を希望し、日本の大手ロー・ファーム、企業に就職した者等の例がある。

第1の前職復帰型では、裁判所、外務省、内務省、警察庁等でプロモーションを遂げ、中には、自国に対して日本の国際協力機構(JICA)が実施しようとしている法整備支援プロジェクト(裁判紛争処理の効率化等)の橋渡し役となり、再度KLS・LLMの集中講義の講師の1人として来日する等の活躍をしている者がある。また、日本人であり、前職の法律事務所にいったん戻った後、日本弁護士連合会の国際交流員会・司法支援センターの活動に関わり、さらにJICAが実施する法整備支援プロジェクトの現地専門家に応募して採用された修了生もいる。韓国外務省から派遣され、KLS・LLM修了後、一等書記官に採用され、韓国と日本の橋渡しとなろうとしている修了生も注目される。また、出身大学の講師となり、KLSとのジョイント・プログラムを開拓する修了生もある。

第2の新規就職型の中では、KLS・LLM修了後、自国(ベトナム)の司法試験に合格し、弁護士として、日本の大手銀行の現地オフィスに就職した修了生等がある。

第3の外国人による日本就職型では、日本の大手ロー・ファームに正式採用され、国際取引案件に本格的に従事する修了生(チリ人)等がある。

こうしてみると、KLS・LLMの修了生が、日本人か外国人かを問わず、帰国して、または日本で、キャリアを積み重ね、以前よりも視野と活動の範囲を広げ、グローバル法務人材としての成長を始めている例が、顕著に見出される。

4.KLS・LLMの課題

KLS・LLMは、開設後5年を迎えた2022年1月、大学基準協会から認証評価を受けた。その際に指摘された課題として、「修了生の進路状況等の情報を組織的に収集・分析して、……学内や社会に対して公表することが望まれる」というものがある。それは、KLS・LLMの現プログラムが、真に「グローバル法務人材」の育成に通じているか、学習成果の達成度を常に検証せよという要請にほかならない。それは、KLS・LLMがその歴史的使命である「自国型」グローバル法曹養成の先陣を切って進んでいるかを測る試金石でもある。

日本は諸外国に比し、人口比および企業経営者に占める大学院学位取得者の数が少なく、その差は人文科学・社会科学系において特に顕著である*3。そうした文科系大学院にとって厳しい環境条件の中で、KLS・LLMがその使命を果たすためには、自ら絶えずグローバル法務人材養成機関としての魅力を高める努力を続ける一方、その魅力を国内外の官庁、企業、NGO等に伝えること*4、その媒介者として修了生が自発的に集うインセンティブを創出することが喫緊の課題である。

〈注〉

*1 片山直也「法科大学院における国際法務人材養成の新展開」法律のひろば2017年7月号53頁。

*2 自由民主党政務調査会司法制度調査会「司法外交の新機軸(最終提言)」(平成29年6月1日)一頁参照。

*3 中央教育審議会大学分科会大学院部会「人文科学・社会科学系における大学院教育改革の方向性(中間とりまとめ)」(令和4年8月3日)4頁。

*4 この観点から、日弁連との連携等を強化することが重要な契機となるように思われる。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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