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【特集:大学院教育を考える】
天谷雅行:日本の大学研究力の危機的状況を脱する

2022/10/05

論文数、Top1%補正論文数における日本の国際順位の低下

研究活動のアウトプットのひとつに論文がある。科学研究力を評価するときに、量的観点と質的観点があるが、量的観点としては論文数を、質的観点としては他の論文から引用される回数の多い論文数(Top10%、Top1%補正論文数)を用いる。論文数の分数カウント法とは、国際共著論文においてそれぞれの国の貢献度を考慮する。例えば、日本のA大学、B大学、米国のC大学の共著論文の場合、各機関は3分の1の重み付けし、日本を3分の2件とカウントする。論文の被引用数が各年各分野(クラリベイト社では22分野)の上位1%に入る論文数がTop1%論文数である。分野毎に算出するのは、分野毎に引用のされ方が異なるためである。Top1%補正論文数とは、Top1%論文数の抽出後、実数で論文数の100分の1となるように補正を加えた論文数を指す。Top1%(Top10%)論文数は、どれだけ影響力のある論文を生産しているか、学術界への貢献のひとつの指標となり、大学評価に使用されている。

国別の論文数、Top1%補正論文数を、1998-2000年、2008-2010年、2018-2020年の3期間での推移を示す(図3)。この3期間の推移を見てみると、日本の論文数は、減少している訳ではなく、数としては増えている。しかし、他の主要国の増え方が日本を遙かにしのぐものがある。1998-2000年では、米国についで2位であったが、2008-2010年では、中国に抜かれ3位、2018-2020年では、中国が米国を抜き1位となるとともに、日本は5位と順位を落としている。

図3 国別論文数、Top1% 補正論文数順位の推移

ところが、Top1%補正論文数では、その凋落傾向がさらに顕著である。1998-2000年に4位、2008-2010年に7位、そして、2018-2020年に10位となっている。Top1%においても、2018-2020年には、中国が米国を抜き、1位となっている。日本はもちろん頑張ってはいるが、国際競争力において大きく水をあけられている。

研究するための時間が足りない

なぜこれほどまでに危機的な状況となってしまっているのか。35年以上研究の場で過ごして来た一研究者として感じるのは、研究者は研究をするために存在するにもかかわらず、「研究に使える時間が短くなっている」ことである。大学において、研究活動を行うために整えなければならない研究周囲の業務が大きくなり過ぎている。研究活動を正しく行うために、様々な申請をし、承認を得なければならない。機関内承認で済むものもあれば、大臣承認が必要なものもある。膨大な書類に対応しなければならない。実験台に向かっている時間より、パソコンの前に向かってキーボードをたたいている時間の方が圧倒的に多くなっている。本来、研究者を守るために作られたはずの制度に、研究者自身が押しつぶされそうになっている。研究活動を支援するスタッフが必要となってくるが、その数は全く足りていない。研究者がやりたい研究をする、そんな当たり前の環境をどのようにとりもどしていったらよいのであろうか。

起死回生の起爆剤として、大学ファンドの創設

かつては「科学技術立国」と謳われていた日本であるが、中国やインドの後塵を拝している。日本の研究力低下は、あらゆるところで指摘されている。そして、国も、民間も、科学技術立国としての日本の本来の姿をもう一度取り戻すために、さまざまな取り組みがなされてきたし、計画されている。そして、現在最も注目を集めているのが、10兆円大学ファンドによる支援を受ける国際卓越研究大学の選定である。

厳しい政府の財政状況の中、大学や研究者向けの予算を増やすのは難しい。そこで、財政投融資を主な原資とした10兆円の基金を運用し、その運用利益3%から年3000億円を国際卓越研究大学として選定された数校に支援するというのだ。既に、JSTに大学ファンドを設置するために2020年度から体制整備が進められてきた。4.5兆円からスタートし、早期に10兆円規模の運用元本を形成するとしている。長期的な視点から安全かつ効率的に運用し、分散投資、ガバナンス体制の強化など万全のリスク管理を行うという。2022年に運用が開始されており、この秋には、国際卓越研究大学の選定が始まる。

年3000億円の運用益を元に配分するとなると、仮に6校を対象とした場合、年間500億の支援が来ることになる。そして、この支援が25年間続く。仮に10校を対象としても、年間300億である。国際卓越研究大学に選定された大学とされない大学の格差は果てしなく広がることになる。

国際卓越研究大学の将来像

国際卓越研究大学のイメージはどのようなものなのか(図4)。それは、待遇面においても、研究設備においても、サポート体制においても世界最高水準の研究環境を有し、世界トップクラスの人材が結集するという理想的な大学環境を目指す。英語と日本語を共通言語として、海外トップ大学と日常的に連携している世界標準の教育研究環境を構築する。博士課程大学院生には、授業料を免除し、生活費の支給も行い、思う存分研究する環境を提供する。さらに、多様性、包括性のある環境を提供し、新たな知・イノベーションを創出する。人材・知の好循環とともに、資金の好循環を生み出し、自立的に成長し続ける研究大学を目指している。正に研究者にとっての理想郷である。

図4 国際卓越研究大学の将来像

選定されるには、高い基準が求められる。

(1)国際的に卓越した研究成果の創出(研究力)

(2)実行性高く意欲的な事業・財務戦略(年3%成長)

(3)自律と責任のあるガバナンス体制(合議体)

さらに、支援対象候補となるための7つの定量的、定性的基準も定められた。

研究大学としての慶應義塾

慶應義塾大学は、長い伝統を有する私立大学であり、慶應義塾としての特徴と「かたち」を有している。ここ10年間を振り返っても、歴代の塾執行部と各学部・研究科が連携し、たゆまぬ努力の上、数多くの拠点形成事業に採択され、様々な観点から研究大学としての基盤の整備を行ってきている。

2013年より10年間支援された研究大学強化促進事業では、分野横断的研究の場の構築、研究者情報データベースの整備、慶應義塾型URA(University Research Administrator)の導入による国際共同研究、産官学連携の促進が図られた。2014年より10年間支援されるスーパーグローバル大学創成支援事業では、長寿・安全・創造のクラスター制度を導入し、超成熟社会の持続的発展を目指して、海外副指導教授の導入など外国人教員の割合を増加させ、国際化の促進を図っている。2018年から5年間支援されているオープンイノベーション整備事業では、産業界との大型共同研究をマネジメントする体制が強化されるとともに、イノベーション推進本部が設置され、慶應義塾型の産学連携体制が構築されてきた。2021年からは、次世代研究者挑戦的研究プログラム(JST-SPRING)が採択され、後期博士課程学生へ生活費・研究費の支給が行われるとともに、研究科をまたぐ分野横断的な課題に挑戦するしくみが構築されつつある。2021年に採択された共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)では、大学が中心となり、企業、自治体、市民などの多様なステークホルダーを巻き込み、自立的・継続的な産学官共創拠点を構築していく。2022年には、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)に申請中である。(

国際卓越研究大学の申請を目指す

伊藤公平塾長が2021年に掲げた慶應義塾アクションプランの基本概念は、「未来の先導者、グローバルシチズンとしての理想の追求」である。未来の先導者を育成する上で、教員が学者として国際的に卓越した成果を出し、国際社会における貢献を強化していくことは大きな柱のひとつである。慶應義塾の目指してきた、そしてこれから目指す研究大学の「かたち」は、国際卓越研究大学の将来像(図4)と大きく重なるところがある。

選考プロセスに関してもいくつか明らかとなってきた。選定にあたっては、これまでの実績や蓄積のみで判断するのではなく、将来像に向けた「変革」するというビジョンとコミットメントがあるかどうかが見極められる。第一次応募は、今秋開始されるが、本年度に数校すべてが選出されるのではなく、第二次、第三次の応募を行い、段階的に選定される。申請に向けて準備する上で、十分な時間がある。

慶應義塾の中には、様々な研究活動が行われており、国際的に高く評価されている研究成果は数多くある。社会実装を意識し、実行性高く意欲的な事業・財務戦略を策定することも可能である。自律と責任あるガバナンス体制をより強固なものとすべく、体制強化することにも取り組んでいる。

一方で、学部・研究科の枠を越えた融合研究はさらに加速しなければならない。修士課程・博士課程において、研究科横断的なプログラムも整備しなければならない。事務部門も含めて様々な部署において英語対応が普通にできる体制を構築しなければならない。海外の研究者がバリアを感じることなく、研究・教育ができる環境整備をしなければならない。知財部門を強化し、社会実装される特許を選別し、スピード感を持って、知財を活用できる体制を構築しなければならない。研究活動で生み出される様々なデータを保存し、学部・研究科横断的に活用できるプラットフォームを構築しなければならない。乗り越えなければならない課題は少なくない。

課題は多ければ多いほど、組織は強くなる。日本の大学研究力の危機的な状況を脱するという大きな目標に向かって、前に進まなければならない。そして、「越えられないを超えていく」力は、我々には十分に備わっている。教員、職員、塾生、塾員、慶應義塾に関わっているすべての人が一致団結して、義塾社中の絆をより一層深めて事に当たれば、不可能なことはない。慶應義塾が、国際卓越研究大学を目指すのは、自然の流れでもある。



★本誌掲載後、令和4年度のWPIの拠点に私立大学で初めて採択された。


※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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