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【特集:大学院教育を考える】
村田治:大学院教育と企業業績の連関──未来を見据えて

2022/10/05

3.大学院教育と企業業績

本節では、関西生産性本部報告書のミクロのデータに基づいて、大学院教育と企業業績の関係について考察する。

まず、関西生産性本部報告書の企業アンケートの基本情報について触れておこう。アンケートに回答した企業数は、関西生産性本部加盟企業103社と日本生産性本部傘下等の二企業の合計105社である。従業員規模で見た大規模企業が82.9%(87社)、中規模企業が17.1%(18社)であり、資本金別では100億円以上の企業が55.2%(58社)、10億円以上100億円未満の企業が16.2%(17社)、10億円未満の企業が28.6%(30社)とである。また、業種別では、建設4.8%(5社)、製造54.3%(57社)、電気・ガス1.0%(1社)、情報通信2.9%(3社)、運輸8.6%(9社)、卸売・小売10.5%(11社)、金融・保険6.7%(7社)、サービス9.5%(10社)、その他1.9%(2社)となっている。

また、調査対象企業の社長の最終学歴についても尋ねており、約77%が大学卒、約14%が修士課程修了、約4%が博士課程修了、その他が約5%と、修士課程と博士課程を合わせた大学院修了者は全体の約18%となっている。

第2節でも述べたように、わが国の企業の役員・管理職の大学院修了者比率が米国等に比べ低いことが指摘されている。この事実が企業業績に影響を与えているかどうかを考察するために、調査対象企業の社長の最終学歴と企業業績の関係を見たのが図4である。図4からわかるように、社長の最終学歴が大学院修了である企業の売上高営業利益率は約8.76%であり、他方、学部等卒(大学卒等)である企業では約7.72%となっている。また、従業員一人当たりの営業利益で見ると、社長の学歴が大学院修了である企業は477.3万円、学部等卒(大学卒等)である企業は381.1万円となり、社長が大学院修了者である企業の1人当たり営業利益は、そうでない場合に比べて約96.2万円(25.2%)大きいとの結果が得られている。

図4 社長の最終学歴と企業実績  (出典) 関西生産性本部(2021、図2-3)を再掲。

また、社長の最終学歴との関連では興味深い事実が浮き彫りになっている。過去5年間の従業員の採用において、社長の最終学歴によって大学院修了者の採用比率が異なることが明らかとなった。これを表したのが表2である。

この表2からわかるように、社長の最終学歴が修士・博士である企業は、社長の最終学歴が学士等(大学卒等)である企業の約1.5倍の修士・博士学位を持つ人材を採用していることがわかる。

図3で見たOECD加盟国と同様に、関西生産性本部報告書のデータにおいても大学院修了者比率と労働生産性の間の正相関が見られるかどうかを調べたのが図5である。

        表2 大学院修了者比率 (出典) 関西生産性本部(2021、表2-1)を再掲。

図5には、正社員に占める大学院修了者比率と正社員一人当たりの営業利益を図示している。

この図5からわかるように、大学院修了者比率と正社員一人当たりの営業利益の間には正の相関があることが読み取れる。このことは、わが国の企業においても、図3で見たOECD加盟国の大学院修了者比率と労働生産性の関係と類似の関係が観察されることを物語っている。

関西生産性本部傘下の企業データで見る限り、図4からは企業の社長が大学院修了者であることが売上高利益率や従業員1人当たりの営業利益で見た企業業績を高めていることがわかる。また、図5からは大学院修了者比率が1人当たり営業利益で見た企業業績を高めていることがわかる。

おわりに

本稿では、わが国の大学院教育の現状について概観するとともに、大学院教育と労働生産性の関係についてOECDのデータや賃金プレミアムの計測値に基づいて考察した。さらに、関西生産性本部報告書のデータに基づいて、大学院教育と企業業績の関係について見てきた。OECDのデータにおいて示唆された大学院教育と労働生産性の関係が、関西生産性本部のミクロデータでも裏付けられることが明らかになった。まず、OECD加盟国のデータと同様に、大学院修了者比率と企業業績の間にはプラスの関係が観察され、加えて、売上高利益率、1人当たりの営業利益のいずれで見ても、企業トップの最終学歴と企業業績の間にも正の関係があることが判明した。第2節で見たように、わが国の役員・管理職の大学院修了者比率は欧米に比べて極めて低い状況にある。本稿で示した関西生産性本部報告書のデータはサンプル数も小さく限定されたものではあるが、企業トップが大学院修了者であることが企業業績を高める可能性を示唆していると言える。つまり、大学院修了者の採用状況が企業業績と密接に結びついていると考えられる。さらに、関西生産性本部報告書では触れていないが、わが国の企業や産業界に必要なのはイノベーションを起こす人材であり、経済成長論の研究成果からは、より高度な教育を受けた人材がこれまで以上に必要になってくることが明らかになりつつある。今後、わが国の企業や産業界が労働生産性を高め、日本経済を持続的に発展させていくためには、企業や産業界における大学院修了者の比率を上げていくことが必要不可欠と考えられる。

 〈注〉

*1 例えば、Fukao, Miyagawa, Mukai, and Shinoda(2009)、宮川・滝澤・金(2010)などを参照されたい。

*2 人的資本投資に言及した先行研究としては、宮川・西岡・川上・枝村(2011)、権・金・牧野(2012)、滝澤・宮川(2017)などがある。

*3 関西生産性本部報告書の内容とデータの利用については、関西生産性本部より了承済みである。

*4 修士課程には、博士課程前期課程も含まれている。

*5 博士課程に関しても同様であり、これに関しては関西生産性本部報告書(2021、p.4)を参照されたい。

*6 2017年の就業構造基本調査から筆者が求めた値である。

*7 「国際比較:大卒ホワイトカラーの人材開発・雇用システム─日、米、独の大企業(2)アンケート調査編」、1998年、調査研究報告書No.101(日本労働研究機構)のデータから抜粋。

*8 横軸はOECD加盟36カ国における最終学歴が大学院修士課程修了と博士課程修了である者の25〜64歳人口における比率を示している。

*9 森川(2011)(2013)等の先行研究における大学院教育の賃金プレミアムの値も25~40%となっている。

*10 この値は、表1の2017年の企業の役員・管理職に占める大学院修了者比率よりも大きな値である。その理由として、社長は企業の役員・管理職よりもさらに高学歴であることを意味する、あるいは2017年から2020年にかけて大学院修了者の企業役員の割合が上昇したと考えることもできる。

*11 大学院修了者比率と売上高営業利益率の間にも正の相関があることが明らかとなっている。これについては、関西生産性本部報告書(2021、p.19)を参照されたい。

〈参考文献〉

Fukao K., Miyagawa T., Mukai K., and Shinoda Y.(2009),“Intangible Investment in Japan : Measurement and Contribution to Economic Growth,” Review of Income and Wealth, No.3, pp.717-35.

権 赫旭・金 榮愨・牧野達治(2012)、「企業の教育訓練の決定要因とその効果に関する実証研究」、RIETI Discussion Paper Series 12-J-013。

関西生産性本部(2021)、「企業の人材ニーズと大学院教育とのマッチングに関する調査報告書」。

宮川 勉・滝澤美帆・金 榮愨(2010)、「無形資産の経済学 ─生産性向上への役割を中心として─」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.10-J-8。

宮川 努・西岡由美・川上淳之・枝村一磨(2011)、「日本企業の人的資源管理と生産性─インタビュー及びアンケート調査を元にした実証分析─」、RIETI Discussion Paper Series 11-J-035。

宮川 勉・枝村一磨・尾崎雅彦・金 榮愨・滝澤美帆・外木好美・原田信行(2015)、「無形資産投資と日本の経済成長」、RIETI Policy Discussion Paper Series 15-P-010。

森川正之(2011)、「大学院教育と人的資本の生産性」、RIETI Discussion Paper Series、11-J-072。

森川正之(2013)、「大学院教育と就労・賃金:ミクロデータによる分析」、RIETI Discussion Paper Series、13-J-046。

Morikawa M.(2015), “Postgraduate education and labor market outcomes : an empirical analysis using micro data from Japan,” Industrial Relations : A Journal of Economy and Society, No.54, pp.499-520.

下山 朗・村田 治(2019)、「大学院進学の経済的収益 ─就業構造基本調査を用いた賃金プレミアムと内部収益率の推計─」、『生活経済学研究』、第50巻、pp.1-17。

滝澤美帆・宮川大介(2017)、「IT投資の決定要因とその効果:「IT活用実態調査」を用いた実証研究」、生産性レポート、Vol.5、日本生産性本部。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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