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【特集:アフターコロナのTOKYO論】
座談会:コロナ禍を経て 明日の東京に暮らす

2022/08/05

  • クリスティアン・ディマ(Christian Dimmer)

    早稲田大学国際学術院国際教養学部准教授/空間・環境デザイナー
    2001年カイザースラウテルン工科大学(ドイツ)卒業。08年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(都市工学)。東京大学先端科学技術研究センター助教等を経て21年より現職。専門はコミュニティデザイン、アーバンスタディーズ等。

  • 谷川 拓(たにかわ たく)

    三菱地所株式会社エリアマネジメント企画部ユニットリーダー

    2003年東京大学工学部都市工学科卒業。同年三菱地所に入社し、不動産の売買仲介、企業再生アドバイザリー業務に従事。2017年より現職で、大手町・丸の内・有楽町地区のエリアマネジメントを担当。

  • 田中 大介(たなか だいすけ)

    日本女子大学人間社会学部教授

    塾員(2001文)。2007年筑波大学大学院人文社会科学研究科博士課程修了。博士(社会学)。専門は社会学(都市論、メディア論、モビリティ論)。日本女子大学准教授等を経て22年より現職。

  • 本間 友(ほんま ゆう)

    慶應義塾ミュージアム・コモンズ専任講師

    塾員(2004文、06文修)。卒業後、慶應義塾大学アート・センターにて展覧会の企画、アーカイヴの運営、地域連携プロジェクトの立案を行う。2021年より現職。専門は、ドキュメンテーション、美術史、博物館学。

  • 小林 博人(司会)(こばやし ひろと)

    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授(司会)

    1988年京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。2003年ハーバード大学大学院デザインスクールデザイン学博士課程修了。デザイン学博士。専門は建築設計、都市デザイン、まちづくり等。小林・槇デザインワークショップ代表。

コロナ禍を経た東京の開発の課題

小林 本日は、2年以上にわたるコロナ禍を経て、アフターコロナを見据えた東京の姿を、それぞれ異なる専門をお持ちの皆様と討議していきたいと思います。

コロナ禍で、在宅勤務という形態が拡がりましたが、実は今、東京都心の再開発が東京駅の東側、日本橋・京橋あたりだけで16カ所行われています。そこには三菱地所さんのTOKYO TORCHも含まれていますが、今後15年ほどで300万平米もの床ができる予定です。300万平米というのは、そのうちオフィスが5割だとしても、1人あたり10平米換算として15万人ぐらいが働けてしまうぐらいの床面積です。今、そのあたりの昼間人口は30万人ほどですからその半分ぐらいの床を今まさにつくっているのです。正直、これは今後の東京を考えたときに果たして健全なことなのかどうかと考えています。

去年、私はサバティカル(研究休暇)を頂いて、秋口にアメリカとヨーロッパの都市をいくつか回ってきましたが、欧米の諸都市は開発はあまりしていない。していても住宅系のタワーが多い。オフィスビルはもうほとんどつくっていないのではないかと思うぐらいです。

そのように東京を開発という目で見たときに、こういった新しい開発は今後東京にとってどのような価値になりうるのかということを考えなければいけないと思います。これからの不動産ビジネスは、オフィスに頼っていていいのだろうかという問題意識が僕にはあります。

もう少し広げて考えてみると、この2年間、予想もしなかったパンデミックに直面して、「街に出るな、人に会うな、家にいろ」と言われた。それまで想像もしないことでした。

都市というのは人が集まって成り立っていて、集まることで文化が生まれる。それが都市の魅力だし、強さだし、活力ですよね。人が集まると、そこに情報もお金も集まるわけで、それが都市なんだけれど、「集まるな」ということは、都市の根本的な価値、意味がかなり否定されることになる。ですので、果たしてこれから都市、東京を考える時に、今までの都市観で考えていていいのだろうかと感じるわけです。

何のために僕たちはこれから都市にいたいと思うのか。これからは実は都市にあまり人が集まらなくていいということに気づいてしまったのではないか。そうしたときに、では何のために東京に出てきて、どう過ごすのかという意味を一度きちんと考えておきたいと思うのです。

また、インターネットでも人はつながれることがよくわかった。これからオンラインなしでは生きてはいけないと思うけれど、デジタルに、バーチャルにつながるということを踏まえた上で、リアルな都市の価値というのはすごく高まるようにも思うわけです。

通勤して働くオフィスビルといったものが、今まさに見直されて昼間人口が減った中で、働くだけではなくて都市に住むであるとか、楽しむということがその都市の魅力になるのであれば、「都市に暮らす」という部分に都市の魅力は移っていくのかもしれません。

一方でコロナの影響で2021年の東京の人口は減りました。東京にだけは人が増えていっているのかと思いきや、東京からも人が流れ出ています。

また、グローバルに見て、東京をどう位置づけるのかという視点もあります。他の都市、特に今伸びつつあるアジアの都市や、ヨーロッパの成熟した都市との比較の中で、東京をどのように考えるべきか。

建築家の槇文彦さんは、東京というのは穏やかな都市だと言われています。その意味は、他の諸都市とくべて安全であるということとともに、平穏に時を過ごせるということかと思います。あまり目立たないけれども、それはすごく高い価値なのではないかと思うのです。

ぜひ皆様ご自身の専門分野に引きつけて、お話をして頂きたいと思っています。では田中さんから、これからの東京、いかがお考えでしょうか。

田中 私は社会学の視点からお話ししますが、今、小林さんがおっしゃっていた都心の再開発が、今もかなりの規模で進んでいるという話は非常に興味深いものです。

少し大きな話から入ると、東京一極集中と言われる状況が1990年代後半から進んできています。高度成長期は都市拡大と郊外化が進み、20世紀末以降は都心回帰や再都市化が進むと言われます。経済がある程度停滞し、人口が減少してくると、都心部が再開発されて、再都市化していくようなトレンドがあると思います。

郊外化の面的な拡大から再都市化による点的な集中へというこの状況が、コロナ後、どうなるかわかりません。ただ、確かに人口流入は少し止まったのですが、実は基本的に人口は東京圏の中で移動している。つまり都心にいた人たちが周辺部に動いており、都市内分散という形で進んでいる。そうした時に、これまで進んできた再都市化のトレンドに基づいた都市内部の再開発はどのようになるのかと思うのです。

一方、穏やかな日本の都市に関連して、東京というのはかなり鉄道に依存した、鉄道都市というところがある。私自身、通勤・通学の社会史のようなものを社会学的な視点からやってきたのですが、電車の混雑率が、1980年代から90年代にかけて200%を切り始めていたものがコロナで激減し、100%程度になっていったことに注目しています。もしこれが続くのなら、マナー良くおとなしく満員電車に耐えるのが前提だった東京の生活様式も少し変わるのではないかと思うのです。

それに関連して、日本人がマスクを外さないという選択肢を維持していることも気になります。そこがおそらく日本的都市のコミュニケーションの特徴なのかなとも思っています。

小林 確かに東京は、鉄道を中心とした都市の発展というのがすごく成功している。鉄道事業というのは今まで失敗したことがないと思っていたら、コロナでJRが赤字になってびっくりしましたが、あれだけインフラ整備をして、乗ってくれなかったら困りますよね。

田中 そうですね、維持費はやはり相当かかります。JRになってから、収益の柱が、どちらかと言うと不動産開発やショッピングセンターとかに移ってきているので、そういうところでも鉄道事業、鉄道がつくる都市ということが曲がり角に来ています。

先ほど言われた穏やかな日本の都市の中で全然穏やかでなかった部分があるとしたら、やはり満員電車の殺人的な混雑というのがあった。それが、かつてに比べるとかなり穏やかになった。そうすると、鉄道は安定したSDGsにも貢献するようなサステナブルな交通ではあるんですが、満員電車が解消されて、運賃だけではない収入で維持できるのであれば、またさらに穏やかな都市というものもあり得るのではないかなとも思います。

都市の「更新」という意義

小林 鉄道都市東京という視点は東京の都市の特徴を考える上で大切ですね。では谷川さん、いかがですか。

谷川 都市再開発についてですが、今、当社を含めていわゆる不動産デベロッパーと言われる、三井不動産さんや森ビルさんなどとの議論でも、再開発の多さは話題にあがることは確かにあります。しかし、働いている人の目線に立った場合、自分の会社が比較的古いビルからきれいで便利なオフィスに移転したらきっと喜ぶと思うんですよね。だから、民間デベロッパーがやっている再開発というのは、つくりすぎかどうかの議論はあるにせよ、東京という都市を更新していくという意味では、やはり必要な行為なのではないかと思うのです。

そうなると、いわゆる従来の中小ビルが今のままでよいかを考えなければいけないわけです。見直しの動きが地区全体の再開発になるかもしれないし、建物が違う用途に変わっていくきっかけになるかもしれない。オフィスビルが住宅やホテルになるかもしれない。おそらくそうやって街は変化していくものだと思うのです。

そういうことを念頭に置いて、お話ししますと、今、私が働いている大手町・丸の内・有楽町地区(大丸有)のオフィスの就業者の戻り率は、コロナになる前を100とすると、せいぜい60くらいです。雨が降ると40になったりする。要は全員が毎日会社に来なくても仕事ができる環境になってい るのです。

特に大手町・丸の内・有楽町は基本的にオフィス街なので、その影響をもろに受けています。例えば今日もそうでしたが、ランチタイムにご飯を食べに行っても、コロナ前だと混んでいて中々入れなかったお店も空いている、みたいなことが起きています。

ゆえに我々は、ではオフィスに来た人たちに、どんなサービスが提供できるのかという視点と、都市として生き残っていくために何をしたらよいのだろうといったことを、とても危機感を持って考えています。

オフィスに来る理由の1つはやはり偶発性・偶然性だと思います。皆がリモートワークしていると、たまたまオフィスで見かけて、「あ、彼に何か言うことがあった」とパッと思い出すようなことが起きない。やはりオンラインよりも、皆がオフィスに出ているほうが仕事の進みは速いんです。いちいち会議をセットしなくて済む。すると、我々がこれから取り組まなければならないサービスは、偶発性が高まるようなオフィスの使い方やつくり方を提案していかなければいけないんだろうなと思うのです。

もう1つ、キーワードとしては、「食とエンタメ」があると思っています。これまで平日のランチというのは特別なものではなくて、会社や学校の近くの食堂で食べる、と言ったある種作業的なところもあったと思います。

しかし人に会えない時間が長過ぎた結果、食をきっかけに人と会い、しゃべりたくなる。するとそのときの食は、500円のラーメンを急いで食べる、とかではなくて、1,000円、2,000円する、少しいいものをおいしく食べながら1時間ゆっくりしゃべる、といった機会が増えているのではないかと思うのです。ですので、これから街に人が来る理由の大きな一つに、食があるということになるのではないかと思っています。

エンタメは言わずもがなですね。やはりオンラインのエンタメだけだとつまらないので、ライブ感のあるエンタメ、音楽かもしれないし、野球、サッカー、ラグビーのようなスポーツかもしれませんが、そういうことが街に人を引きつけていく大きな要素になっていくのではないかと思っています。

小林 今お話があったように、新しいオフィスをつくることが、都市の更新の起爆剤になるというのは、その通りだと思います。新しいオフィスができると、やはりそこにはきちんと人が入る。その人たちはどこから来ているかと言うと、少し古いビルから来ている。そこで空いたところに、またそうではない、もう少し小さいところがまた入る。すると最終的に残った古いビルが空いてしまうことになる。

ですから、おっしゃったように、中小のビルを今後どのように、コンバージョンなのか、リフォームなのか、上手く計画できれば、好循環ができるような気がするんですよね。

まさに谷川さんのお仕事は、今の日本のいわばホワイトカラーの生産性に直結しているわけですよね。そこでたくさんの人が電車に乗って集まって毎日やってきていた。何の疑いもなく繰り返していたことが、そうでなくていいんだということになって、生活様式が変わったということですね。

谷川 そうですね。例えばお店の選別がされるようになったと思うのです。つまり人気店は、今、最近コロナ前とあまり変わらないぐらい行列になっている。一方、そうではない、チェーン店のようなお店は選ばれづらい状況になってきていると思います。例えば週に2回ぐらいしか会社に行かないからその時はせめておいしいものを食べたい、と言ったことなのかもしれません。

それと、なぜ食とエンタメかと言うと、2年以上にわたるあまり外に出ない生活で、皆さんすごく五感を使いたくなったんだろうなと思うんです。やはり人の動いている雰囲気を何となく感じるとか、皮膚感覚をもっと感じたいとか、五感がすごく敏感になったのではないか。きっとその五感を刺激するものがこれから、選ばれていくようになるのではないかと思います。

中小ビルのところにしわ寄せが来るというのはまさにその通りで、これから大きな再開発をするときには、そういうまわりの地域の循環もセットにして提案しないとだめかもしれません。例えばこういうエリアでくくって再開発するのだったら、こちら側の面倒はどう見るかという話を一緒に考えていく。地域に貢献してやっていきますよということをお約束することが大事になるのかなという気がします。

自分の会社の話ではないですが、日比谷ミッドタウンが建っているエリアには日比谷エリアマネジメント(日比谷エリマネ)という組織があって、線路沿いの小さいお店が入っている場所のエリアも実はエリマネの範囲の中に入っている。三井不動産さんはこうした方々ともまちづくりを一緒やりますよと約束しているのです。

ミュージアムを襲ったコロナ禍

小林 では本間さん、アートの面からコロナによる都市の変化はいかがでしょうか。

本間 やはりコロナ禍では、ミュージアムはすごく打撃を受けました。最初は国立、公立、私立を問わず、東京のミュージアムは閉じるという選択をしたと思います。基本的にミュージアムというのは、やはり足を運んで、見てもらうことを前提につくってあるものなので、閉じてしまうと手も足も出ないのです。人気がなくてお客さまが来ないことはあっても、そもそも「開けられない」ということを、どこのミュージアムも今まであまり考えたことがなかった。

一方で、ミュージアムの大事な機能には、収蔵するコレクションのケアと調査研究があります。展示の華々しさの影で忘れられがちな機能ですが、コロナ禍でコレクションに関する調査研究と情報発信の重要性が見直されました。先日改正された博物館法では、デジタル・アーカイヴの構築などを通じたコレクション情報の公開を、ミュージアムの事業として正式に位置づけるようになっています。

しかし、デジタル・ミュージアムというのはやはり難しい。ここ2年間で様々な試みが出ましたが、どうしても作品を見せたいと思いますし、実物の作品を目の前にした体験というのは代替できません。もともとミュージアムにある作品の多くは、現実の空間の中に置かれることを想定してつくられているわけで、デジタル空間上に切り出しても十分には機能しないのです。

コロナ禍という状況下で物理的な空間を開け続けるための一つの方法は、もちろん、予約制にしたり、あるいは会員だけに見せるような、オーディエンスの数を絞っていくという方法です。これは現実的な解決ではありますが、実はミュージアムの役割からすると逆戻りしているように感じます。ミュージアムというのは、もともと資産がある人たちのプライベート・コレクションだったものを、社会に対して開いていくためにつくられたものだからです。

小林 なるほど、そうですね。

本間 また、やはり物理的な場所がないと難しいということは別の点でも感じています。雑多性というか、何だかよくわからないものを上手く置いておける場所を、デジタル上につくりだすのが意外に難しい。

デジタル上でものを見せる時には、例えばHTMLで記述するとか、何か共通のプロコトルが必要で、そのプロトコルから外れてしまうものの居場所がないのではないか。芸術というのは約束事から逃げていく要素が強いものなので、その意味でデジタルの世界の中に芸術の居所はあるのだろうか、と考えることがあります。

アートだけではなく、コロナ禍でデジタルでの活動が日常生活に浸透してきたことによって、いろいろなところで約束事がすごく強くなったと思うんですね。東京などの、たくさんの人が集まっている都市の面白さというのは、ある種の無秩序性というか雑多性にあると思うのです。つまり一つのプロトコルに回収されないダイナミックさが大事なのですが、その部分がコロナ禍で大きく影響を受けたのではないかと感じています。

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