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【特集:SDGs時代の企業の社会性】
朝倉剛太郎:老舗染色工場が進めるSDGs

2022/06/06

さらに働きやすい職場へ

さらに、先代社長の方針を継ぎ、私の代となってから以下の施策も行いました。

・ 年功序列賃金ではなく、「がんばる社員」を評価する新賃金制度の導入

・ 介護休暇、育児休暇の先行実施(男女とも対象、育児休業は3歳まで。短時間・フレックス制度は、小学校入学まで対応。また、配偶者の出産に伴う2日間の特別休暇の新設)

・ 時間単位での有給休暇取得を可能に

こうした一連の施策により、当社でキャリアを積んだ女性社員が延長された育児休暇を使うようになり、出産を理由にした退職が激減、育児休暇後には、自身のキャリアをそのまま生かして元の職場に復職してくれるようになり、現在の復職率は100%です。周りの社員達も、育児休暇取得は「お互い様」なので、気持ちよく協力しあう風土が根付きました。現在37名の女性が働いていますが、各職場では、女性のリーダーが活躍し、昨年には女性役員が誕生しました。また、そうした当社の一連の施策は厚労省に評価され、2015年、厚労省キャリア支援企業表彰2015年厚生労働大臣表彰を受賞し、2017年、女性活躍推進法「えるぼし」三ツ星(当時の最高位)に認定(県内初、中小企業で全国8番目)されました。

えるぼしマーク

当社は、地方の中小企業であり、大企業のような高い給与や、近代的なオフィスを提供することはできません。であるなら、いかに従業員たちが「働きやすい職場」として気持ちよく働き続けてくれるか? ということを労働政策の最重要点として取り組んでいます。特に、社員のモチベーションを高め、風通しの良い職場を目指して、年3回の昇給・賞与の人事考課では、1人当たり毎回40分以上かけて文字通り真摯に人事面談を行い、考課者の期待と指導、被考課者の思いを伝え合います。

また、大切な社員に対する教育の一環として、ISOを利用して自部署以外の業務監査(社員の約半数が内部監査員資格取得)を行ったり、会社の経営方針や各課の方針を個々の社員の業務に落とし込んだ社員教育を行い、社員のレベルアップに努めています。夫婦共働きが当たり前の現代、子育てや家族の介護をしながら、安心して働ける職場づくりにより、離職率が高い現代でも平均勤続年数が20年を超える実績を残せているのだと思います。

将来に向けた当社の取り組みについて

染色工場とは、「賃加工」の業界です。大手原糸メーカーや商社などが、アパレルからのニーズに応じて「糸」の手配、「織布・編立」の手配を全て行っており、我々は原糸メーカーや商社から、「指示された発注内容通りに加工」すればよいという事業形態です。自社で市場ニーズを把握して、市場を開拓するなど営業せずとも受注獲得できるため、確かに楽で効率的です。半面、エンドユーザーのニーズや市場の情報が取りづらく、下請けであるため、価格決定権がありません。従って、拡大再生産の時代には非常に効率的でしたが、バブル崩壊後に本格化した、海外生産移転、価格の過当競争、受注量の減少に悩まされ続けてきました。

そこで、自社で顧客を探して、生地を販売する「自販」事業も開始しましたが、営業力が弱い当社が他社と差別化ができない、特徴のない生地を販売していくことは極めて困難でした。そのようなことから、自社の強みと差別化技術を改めて洗い出しました。そして、それは、当時業界では珍しかった、デジタル技術を生かした、インクジェットプリント加工とオリンピック競技でも用いられる「撥水技術」と考え、その技術を組み合わせた、撥水風呂敷「ながれ」を開発・販売を開始することにしました。

撥水風呂敷「ながれ」:慶應義塾公式グ ッズとして三田インフォメーションプラザで販売されている

その結果、100回洗濯しても撥水機能を維持し続け、水も運べる撥水風呂敷は各種メディアで話題になり、人気商品になりました。

風呂敷は、我が国で千年以上も使われているラッピングクロスですが、モノを包む以外にも、掛けたり、敷いたり、簡単に結んでバッグにしたりとマルチプルな使い方ができます。当社では、その便利な風呂敷に強力な撥水機能を付与することで、濡れものも包める、雨から体や大切なバッグ等を守れるという新たな使い方を可能としました。材料となる生地はブラウス等で使われている柔らかい通常の生地で、撥水加工しても生地の風合いは残る上、10リットルもの水も運べますが、生地の目はそのまま残しているので、搾るとシャワーとしても使えます。
風呂敷のデザインも所謂伝統的な「和柄」ではなく、現代のファッションに合わせられるよう、モダンなデザインや、ややポップなものまで約60種類程揃えています。特に女性の方から高い評価をいただいており、「風呂敷」としてお使いいただくというより、風呂敷を結んでエコバッグや、タウンバッグとして使われたり、ファッション小物としてお使いいただくケースが多いようです。また、自然災害の多発する現在では、防災用品としてもご好評いただき、東京都や、民間企業等から、防災風呂敷として発注をいただいています。更に、企業様の周年記念品や各種ノベルティとして、お客様のオリジナルデザインでのOEM風呂敷としても好評で、小ロットからの対応をさせていただいています。

また、その利便性と機能性から、2011年グッドデザイン賞中小企業庁長官賞を受賞し、さらに、100名×100m×100リットルの水を風呂敷で作ったバケツでリレーして運ぶタイムトライアルで2021年ギネス世界記録達成を果たしました

使い捨て文化からの脱却を目指して

当社では、他にも「撥水技術」を駆使した様々な生活雑貨を開発、発売しています。具体的には、洗い物やガーデニング時の「濡れ」から守るアームカバーや、通気性に優れたレインコート、おしゃれなタウンバッグ「AZUM」等で、日々の生活をより快適に、便利にしてくれる商品となっています。

我々の開発・発売している商品は「撥水」等自社の強みを生かした、機能性商品が中心ですが、いずれも、安心して使える国産品であり、使い捨て文化からの脱却を目指した商品でもあります。そもそも、当社の「撥水技術」は、1980年代初頭に、赤ちゃんのお尻を「蒸れ」から守るおむつカバーの開発からスタートしました。当時のオムツは、ビニールやゴム等で作られたおむつカバーの内側に汚物を吸水する「おしめ」を敷いたものであったので、赤ちゃんのお尻が蒸れてかぶれてしまいました。通気性があり、汚物を外部に漏らさない、当社の撥水おむつカバーはすぐに、当時のお母さんたちに受け入れられ、市場の過半を占めるまでになりました。

これらは、数年でアメリカからやってきた紙おむつに置き換わってしまいましたが、その後、当社の撥水技術は、五輪で使われる競泳水着生地の加工に用いられるようになりました。また、その撥水技術を使った、当社の撥水風呂敷「ながれ」は、以前から、風呂敷バッグとして用いられることが多かったのですが、2020年のレジ袋有料化が始まるとますますその傾向が強まり、シンプルな形の風呂敷はエコバッグとしても活躍しています。風呂敷を結んでバッグにする手間を省くために、今年当社では、風呂敷発のタウンバッグ「AZUMA」を開発・発売致しました。また、コロナ禍にあっては、暑い日でも快適かつ銀イオンを使って抗菌効果のあるクールマスク「AGシールドクール」を始めとする機能マスクも開発し、大変ご好評をいただいています。

一方で、生地製品は洗濯して繰り返し使用することが可能であり、非常に環境にやさしいという特性も持ちます。さらに、現在当社では、再生ポリエステルやナイロンの加工開発を進め、より環境にやさしい技術開発も進めています。今後当社では自社の得意とする撥水をはじめとする様々な付加機能を生地に加えた、機能性製品の開発を続け、消費者の皆さまがより豊かで快適な生活を過ごせるような便利な商品づくりに邁進していきます。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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