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【特集:SDGs時代の企業の社会性】
矢島里佳:日本の伝統はSDGsの本質──その原点から経営を考える

2022/06/06

時代を超える「三方よし」の経営

この時代の流れを感じる話として、もう1つ触れたいと思います。それは、ゼブラ企業という考え方です。ゼブラ企業とは、サステナビリティを重要視し、「企業利益」と「社会貢献」という、現代のビジネスの世界では、相反しがちな2つを両立させている企業という概念です。これはまさに企業が、とってつけたようなSDGsではなく、本質的なSDGsを行うために重要な概念だと感じます。全ての企業が当たり前に、「企業利益」と「社会貢献」を両立させたビジネスモデルを再構築しなければ、表層的なその場凌ぎのSDGsにしかなり得ないからです。

ありがたいことに、和えるはゼブラ企業の代表として、日本経済新聞、日経産業新聞の紙面でご紹介いただきました。私は、ゼブラ企業になろうと意識して経営したことは一度もありませんでしたが、創業以来、ずっと大切にしてきた「三方よし以上」という経営方針がしっかりと事業に浸透しているということを、改めて第三者からおっしゃっていただけたように感じました。三方よしとは、売り手よし、買い手よし、世間よし。この三方がよければ、そのビジネスは続いていく。簡単に申し上げるとこのようなことです。私は創業以来、この言葉だけを頼りに経営をしてきました。大学4年生、就職や経営の勉強もしたことがない私が、なぜベンチャー企業存続の3年、5年、10年の壁を乗り越え、11年継続できたのか、それは常に経営者として物事を判断する時に、「三方よし」の考えに従ってきたからだと確信しています。そしてステークホルダー(利害関係者)が多い今の時代、いっそう「三方よし以上」を大切にしています。ここでもまた、日本の智慧が世界の潮流とまさに重なっており、日本人はすでにこの大切さを知っていたことがわかります。

創業者として「哲学」を育み残したい

創業時に20年で社長を引退すると決めて、和えるを始めました。自分自身の任期を決めることで、見通しを持って経営すること、事業承継の時期を逸しないことを意識してのことでした。11年目に入った今、ちょうど折り返し地点。創業者としてやるべきこととして、会社の基盤である「哲学」を育むことに、ますます注力していきたいと意識しています。中でも企業哲学を体現し、時間がかかる事業に着手しようと思い、昨年、“aeru satoyama” 事業をスタートしました。秋田県五城目町にて、地域の方々と協業しながら、里山を育み始めています。

秋田県五城目町で地域の人々と里山を育む“aeru satoyama” 事業のイメージ

昨年は、手始めに漆の苗を植えました。ゆくゆくは、伝統産業の職人さんが必要とする原材料を自社で供給できる仕組みも整えていきたいと考えています。私は、「日本の伝統とは何なのか?」を追求した結果、日本の自然風土こそが日本ならではの伝統であり、それを構成している里山が消えてしまうと、日本の伝統が消えてしまうと気がつきました。しかし、今、日本全国で課題となっている山の荒廃には、主だった解決策は示されていません。和えるでは、二束三文の山を宝の山に変え、同時に地域の課題も解決できるようなビジネスモデルを生み出していきたいと考え、動き始めています。“aeru satoyama” 事業は、私の在任期間では、大きなインパクトは出ないかもしれませんが、和えるの2~3代目の社長に託していきたいと思っています。

もう1つ、数年内に和えるの哲学を体現した、ウェルネス施設を設けたいと思っています。創業時から、日本という国の存在感を世界に示すためにも、海外の方に日本の精神性を感じていただける場所をつくりたいと考えていました。「人・モノ・お金」は動かせますが、テクノロジーが発達しても「場所」を動かすことは難しいはずです。そこで、和えるが海外に出ていくよりも、日本国内にお出迎えする場をつくり、全世界からお客様が日本に行きたい理由の1つに挙げていただけるような、存在感のある事業を育みたいと思っています。この事業は“aeru time” と名付け、日本の伝統で「野性的感性」を高めるウェルネス施設として、滞在する期間中に、日本の伝統工芸品の使い方や心地よさを体感することで、その中に潜む目に見えない精神性を会得していただきたいと考えています。「道場」と「リトリート」を和えたイメージです。

最終的に目指すのは、「美しい社会で生きること」

和えるでは、「伝統を次世代につなぐ」ことをミッションに掲げています。しかし、その先の、「美しい社会」の実現こそが本当の目標です。美しい社会とは、優しい人がたくさんいる社会。それを実現する具体的な手段として、ここまで述べてきた日本の伝統が活かせるのではないかと考えて、経営してきました。日本の伝統は守るべき対象ではなく、ウェルビーイングに、つまりご機嫌に生きる人を増やす有効な手段と捉えているのです。

ご機嫌な人は、他人にも優しくできますし、自分にも優しくできます。私は間(あわい)という言葉が好きです。これも日本人が生み出した素敵な概念だと思います。ところが、今、間がなくなっているから、社会がギスギスしている。自分に優しくできないから他人にも優しくできない。優しさには、余白が必要なのです。「自分にも、社会にも、優しい生き方ができる人」が増えると、自ずと美しい社会がやってくると信じています。和えるはその社会の実現のために取り組みを続けてきた結果、「日本の伝統には、人を優しくする力がある」ということを確信しました。だからこそ、これからも日本の伝統の精神性を大切に育みながら、企業活動を続けていきたいと思います。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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