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【特集:脳科学研究の最前線】
座談会:人類の可能性を開拓する総合知の未来

2022/03/07

総合知としての脳科学

駒村 脳科学は、脱領域、学際的、総合的な学問研究であると思いますが、それについてお話しいただきたいと思います。慶應義塾の内外で、分野を超えた交流、連携を推進するとしたら、脳科学は、そのためのプラットフォームになりますでしょうか。

柚﨑 脳の研究の一番の特徴は、やはり階層がマクロレベルから分子レベルまで多岐にわたっていることです。もちろん、どの臓器もそうなんですが、脳は最も多階層です。個体レベルで集団としての神経活動を記録してアプローチしていく方法もあれば、シナプスをつくっている分子レベルを研究する方法もあります。それぞれの階層ごとの研究をつないでいくことは必須になってきますね。

今、情報科学が大変発達して簡便にシミュレーションできるようになり、さまざまなアルゴリズムを使って計算できる。多階層をつないでいく方法としてはこれが1つあるかと思います。

先ほど牛場さんが言ったように、インプットとアウトプットで脳のどこの場所でどんな計算をしているのかがわかってくれば、その場所の神経回路を分子レベルでわれわれが調べることができるわけです。

日本では神経科学への情報系の人の参入がまだまだ遅いですね。でも、今年の日本神経科学大会は、日本神経科学学会、日本神経化学会に加えて、情報工学系の人が中心の日本神経回路学会との合同大会として行われます。

人工知能の分野との融合は必須です。人工知能にも2つ流派があって、別に実際に脳がどうやって計算していようが、上手くいけばいいじゃないか、という方向もある一方、「ネクストAI」として、脳が使っている計算原理を理解することで、次世代の人工知能をつくっていこうという流れがある。そういったところとのインタラクションも必要と思っています。

このように多階層をつなぐための努力に加えて、脳科学は周辺領域が広いので、社会実装をしようと思うと、法学や教育学などと学際的に関係してきますね。

駒村 皆川さんは、もともとの学統が比較文化とか言語学でしたね。文理融合といった観点からいかがですか。

皆川 私は大学院は医学系なんです。しかも、指導教員が工学系の先生だったので、大学院の研究の時に、すでに領域を超えているところがあり、医学系、工学系、心理系、言語系と学際的に研究してきました。

慶應という総合大学は、そういう意味で私にとっては非常によい環境で、矢上、信濃町、三田を1日で回る時もありますし、私の研究は常に理工学部の先生との共同研究で、医学部小児科や耳鼻科とも共同研究してきました。

自閉症の研究も、例えば社会行動などを画像解析して、いろいろな行動をラベリングするといった技術を理工学部の先生にお願いしています。一方、早産児にも発達障害が多いのですが、在胎30週前で生まれると、脳神経の結合が悪くなることが多く、それはやはり脳の細胞レベルの発達のことがわからないといけないので、胎児の脳のレベルの研究が必要になってきます。

柚﨑さんがおっしゃったように、分子、細胞のレベルから大きなレベルまでつなげないと、いろいろなことが解決しませんし、発達障害の療育になると、社会システムの問題になってくるので教育の問題にも関係します。当然、社会学や法学的なものとのつながりも出てきますね。

問題解決のためのアプローチ

南澤 結局、人や社会が抱える課題を直視して、未来をこうしたいという共通の目標をもち、あらゆる領域の人が、「それなら自分はこうやる」と、それぞれの専門性をもってその課題を解決することに向かう体制をつくれればよいと思うのです。それが、融合やコラボレーションの一番大事なところかなと思っています。

学問としてどうするかという視点もある一方、われわれがやっていることが実際にどう人類の未来に貢献するのか、困難を抱えている人たちの10年後や数十年後にどう貢献するのかだと思うのです。皆川さんは、自閉症の子どもたちの10年後にどう貢献するのかを考えているから、いろいろな連携が動いていると思いますし、僕ら自身もいろいろな課題を抱えています。身体や脳や空間の制約が、社会で様々な不便や障害を生み出していて、それを皆で解決してより良い未来をつくろうというスタンスです。

企業や個人で活動している方ともよく一緒に協業するんですが、企業の方もデザイナーの方も、法律家の方も、ここを解決しようという共通認識ができると、上手くいきます。

そういうドライビングフォースとなるようなもの、課題や未来像を具体的に描いて、社会の現場で共創的に研究するという方法論を、大学という組織全体でも行っていくことが重要ですね。慶應はそもそも実学という理念を掲げているので、社会とのつながりの中での科学の探究がダイナミックに動くようになると面白くなると思います。

牛場 私は理工学、それから医学を核にしてやってきましたが、脳科学は人文社会分野にも延伸する可能性が大きい分野で、とても面白いと思います。

私の父(牛場暁夫名誉教授)は文学部でプルーストという作家の分析をしていました。父の話では、プルーストの執筆当時のハイテクノロジーとして、自分の意思がはるか彼方にいる人に一瞬で伝送できる電話が発明されました。プルーストの作品の中にも、電話で祖母と会話をするというシーンがあるそうですが、そこはギリシャ神話の黄泉の国に落ちた妻を必死に連れ戻そうとするオルフェウスになぞらえて、電話というハイテクなものが使われているそうです。

そのように今、古典として扱われている文学作品も、それが生まれた当時はいろいろな世の中や生活を変えていく新しい技術の登場とともにあったのかなと思います。そこに何かいろいろな人の思いや感情、あるいは想像力が積み重なり、死期が近づく祖母との対話や、遠方で会えない彼女と心を重ねる瞬間といったロマンチックな話として、テクノロジーの上にストーリーが編み出されていく形があったと思うのです。そしてそこに、古代からの普遍的な美的感覚との共通点を見出すこともあったのでしょう。

だから法学などの社会科学に加えて、文学の世界でも、われわれの文化や文明をつくっていく1つの要素としてハイテクノロジーをどう捉えるかという視点があると思います。そういう視点で文学や美学などをやられている方とテクノロジーについて対話できたらいいなと思ってもいます。

駒村 クリスチャン・サイエンスの創始者のお墓がケンブリッジ郊外にあるんですが、そのお墓の下には、電話が埋められているという都市伝説があるそうです。やがて脳科学技術が発達すれば、受話器をとると、あの世と通信ができるかもしれません(笑)。こういう発想は、やはり昔からあったということですね。

広範な人材育成のプラットフォームに

牛場 僕のもう1つの興味は、やはり一貫教育校から大学、大学院に至る教育です。慶應のように縦の線と横の線が伝統的に豊富にある学校は本当に少ない。私自身、幼稚舎から学んでいますが、理工学部の中西正和先生のコンピューター教室が矢上で幼稚舎生を集めて、大学院生が教えてくれるという機会があり、そこでAIに触れたことから今の私があるんです。

今は伊藤塾長がつくられた全塾組織のAIC(AI・高度プログラミングコンソーシアム)でAIを学ぶことができます。ここには医学部の学生も経済学部の学生も来ている。本当に素晴らしい取り組みにリニューアルされて活動していると思います。

また、医学と理工学の連携でいうと、バイオデザインといって、新しい医療を工学が支援したり発明したりしながら、つくっていく仕組みもブームです。産学連携の取り組みも、今はスタートアップという創業の形で事業を育てていく仕組みができてきて、その中で社会と大学の連携が進んできています。

そういう取り組みが慶應のいろいろなところで起きているので、もっと全塾的に応援できるような取り組みがあれば、これからの社会で求められる人材をたくさん育てられるんじゃないかと思います。

自分が学生の頃は、まだそこまでの連携がなく、医学部の単位1つを理工学部の単位に認定してもらうのもとても大変でした。「ダブルメジャー、僕は日本でやりたいんです」と訴えながらやっていました。そういうことがもっと普通になれば、若い人たちの可能性をたくさん引き出せる学塾になるのではないか。脳科学は、それがいい形でできるプラットフォームの1つだと思います。

駒村 私も日吉の高等学校長をやっていたこともあり、やはり高大連携、高院連携を強化していく必要を感じています。私は法学部にいますが、一貫教育校の子たちは早熟だから、中学の頃から司法試験の準備を始めるのです。そして、高校3年で予備試験には受かったりする。すると、大学の学部では何をするんだという話になる。

義塾が提供する教育は、法曹資格を持った後、法律家として自分をどう差別化するのかというところに照準するようになるでしょう。その時、科学技術でも留学・語学でも、所属学部の領域を超えて関心を開かせるということが必要になってくると思います。

今の若い学生は頼りないと感じる面もありますが、彼ら彼女らはそれなりに自分たちの将来をとても心配していて、実は、新しいアイデアや学術的志向性をかなりちゃんともっている。むしろ、それに対応できるものを大人のほうが提供できていないことが問題ではないかといつも思います。研究科相互のダブル・ディグリーも、一貫教育校との連携もますます重要ですし、領域横断・文理融合をにらんだ人材育成のプラットフォームを義塾の中にぜひとも打ち立てていかないといけない時期だと思います。

柚﨑 現在「世界脳週間」に連動して、医学部の脳科学関係の5つの研究室が「脳学問のすゝめ」という動画を高校生を対象にオンデマンド配信しています(https://onl.la/fZcrM2D)。これを他のキャンパスの脳科学関連教室と一緒に広げられたらいいですね。

また、私は今、日本神経科学学会の会長をしており、アウトリーチ活動として文科省の後援で「脳科学オリンピック」というものを3年前から行っています。これは中高生にチューターをつけて脳科学の勉強をしてもらい、試験をして選抜して優勝者1名を世界大会に送る、という試みです。慶應の一貫教育校ももちろん大事ですが、地域の他の中高生も巻き込んで、慶應一丸でできたらなと思います。

脳科学研究はあるプログラムを決めて、それに対して、各分野からいろいろな人が集まっていくのが理想だと思うのですが、塾内でどんな脳科学研究が行われているのかがまだ十分に見えていないので、まずはお互いにそこを把握したい。ぜひ皆が集まって、「こんなことをやっているんだ、じゃあ、一緒にやりましょう」とできたらいいなと思います。

南澤 僕らのプロジェクトでも、実際に障がいをもっている方がアバターで働いた瞬間にいろいろな問題が起きるのです。まず介護保険が使えなくなる。海外でその仕事を行った瞬間、これは入国なのかどうか、最低賃金はどちらの国のものなのかとか、法的なことだけでもいろいろな課題が現場でどんどん生まれてきている。

やはりAIやロボット、脳科学やBMIもそうですが、こういう新しいテクノロジーはいろいろなポテンシャルをもつ一方、様々な課題をはらんでいる。でも、そこから生まれてくるダイナミクスがすごく面白い。学生にもそのダイナミクスを感じてもらえると、それぞれの学問分野から見た時に、どう自分とかかわるのかを実感してもらえるかなと思っています。

駒村 もう10年以上前になりますが、ハーバード・ロースクールに行った時に、当時のディーンが一年生の必修科目としてプロブレム・ソルビング(課題解決)という科目を導入すると言っていました。要するに、これから法律家になろうという人たちに、法学以外のいろいろなディシプリンを総合して問題を解決する試みを見せる。その上で法学はこんな役割があるということを意識させるわけですね。

それにならうと、各学部で固有のディシプリンを叩き込む前に、解決しなければいけない課題や現実そのものを知り、共有する必要があるのだと思います。問題や課題の共有こそが学部や領域を超えて普遍的な意味をもつ。大学はそういう地平をもたなければいけないと思いますね。

私もIoB-S(インターネット・オブ・ブレインズ・ソサエティ)という小さい研究会を立ち上げ、活動を開始しました。主に法学者、弁護士、政治学者が脳科学について勉強しているんですが、この小さなユニットを含めて、塾内外のいろいろなプロジェクトが共鳴すればシナジー効果がきっと生まれると思います。脳科学こそはそれを可能にする最適なトピックになる。

今日のこの座談会はその手始めということで、引き続き対話を続けてぜひ一緒にオール慶應で頑張りましょう。

本日は大変お忙しい中、有り難うございました。

(2022年1月19日、三田キャンパス内にて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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