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【特集:デジタル教育の未来】
座談会:デジタル教科書、オンライン授業からみる未来の教室

2021/11/05

  • 黒川 弘一(くろかわ こういち)

    光村図書出版専務取締役

    塾員(1980文)。一般社団法人教科書協会デジタル教科書政策特別委員会座長。2000年よりデジタル教科書の企画・開発・普及を行う。文部科学省デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議委員。

  • 山上 通惠(やまがみ みちよし)

    兵庫県立三田祥雲館高等学校主幹教諭・情報科主任

    塾員(1986理工)。兵庫教育大学大学院学校教育研究科修了。86年より兵庫県立高等学校5校に勤務。文部科学省学習指導要領改善協力者。著書に高校情報科各科目検定教科書、『インターネットの光と影』(共著)等。第8回上月情報教育賞等受賞。

  • 中野 泰志(なかの やすし)

    慶應義塾大学経済学部教授

    塾員(1988社修)。博士(心理学)。1988年~97年独立行政法人国立特別支援教育総合研究所勤務。97年慶應義塾大学経済学部助教授を経て2003年より現職。専門は心理学。文部科学省デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議委員。

  • 鹿毛 雅治(司会)(かげ まさはる)

    慶應義塾大学教職課程センター教授

    塾員(1988社修、91社博)。博士(教育学)。1997年慶應義塾大学教職課程センター助教授を経て2005年より現職。専門は教育心理学。著書に『授業という営み─子どもとともに「主体的に学ぶ場」を創る』『学習意欲の理論──動機づけの教育心理学』等。

「デジタル教科書」の現状

鹿毛 コロナ禍という状況も経て、文科省から本年「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」という答申が出ました。そこでは個別最適な学びと協働的な学びというキーワードが出されましたが、その背景にはGIGAスクール構想があり、経産省による「未来の教室」という提言にはビッグデータを活用した個別最適化とあり、それらの流れを受けた文科省の答申です。

ご存じのとおり、コロナ禍で大学も含めて学校はオンライン教育が推奨され進められてきました。一方で、対面授業の大事さも見えてきた中で、本日は、「初等・中等教育におけるデジタル教育の未来」ということで意見交換できればと思っています。

まず、現状はどうなっているのかを確認していきたいと思います。1つの大きな柱として「デジタル教科書」の議論が進んでいます。かねてより紙の教科書とデジタル教科書を併用し、それを推進していくという方向性が示されていますが、長らく教科書会社でこのお仕事をされてきた黒川さん、経緯と現状についてお話しいただけますか。

黒川 私は、光村図書という教科書の発行者で仕事をしています。一方、教科書協会という教科書会社が集まった団体の立場で、文科省のデジタル教科書のあり方を議論する検討会議委員等をさせていただいています。デジタル教育の未来について考えると、われわれが見たい風景と見えている風景の違いがあると思っています。

まずデジタル教科書とGIGAスクール構想の経緯から話していきたいと思います。デジタル教科書は2000年から国の教育の情報化政策の中で進化してきました。当時e‒Japan構想というものがあり、先生方が使う指導者用のデジタル教科書が出てきます。そして2010年、「スクール・ニューディール構想」という麻生政権期の政策があり、大型テレビや電子黒板が配られました。その後、民主党政権に変わり、2010年以降、総務省のフューチャースクール推進事業とともに、文部科学省で学びのイノベーション事業が始まりました。そのとき初めて学習者用のデジタル教科書を開発し、実証校で使われたという流れがあります。

その10年後が今回のGIGAスクール構想で、実は10年ごとにこのような政策を打っているのです。それとともにデジタル教科書に関する法案が成立したことで活用に関する制度化が整い、教科用図書代替教材として授業で活用できるようになりました。

学習者用デジタル教科書は、紙の教科書と内容は同一なので検定は不要ですが、紙と併用して使いましょう、ということが定められました。ただ問題なのは、教科書は無償ですが、学習者用デジタル教科書はあくまでも任意の教材で有償であり、教科書の発行者には制作の義務はないということです。その位置づけは現在も変わっていません。また紙とデジタル教材とを一体活用しよう、それから特別支援教育に配慮しようという方針になっています。

もちろん、紙の教科書と学習者用デジタル教科書は完全にイコールではありません。デジタル化によってQRコードが付いたり、特別支援に対応する機能があったりします。例えば、紙面の拡大、総ルビ、フォントやサイズの変更、音声読み上げ機能などがあり、ここまでが教科書として認められる範囲となっています。

一方、デジタルの特性としては、動画や朗読音声、ワーク、アプリケーションなど様々なコンテンツがあります。ただし、この部分は「デジタル教材」という位置づけで検定外になります。現場からは、デジタル教科書と一体的に使いたいと言われています。

鹿毛 デジタル教科書の導入については、現在どのような状況でしょうか。

黒川 当初、GIGAスクール構想では、2024年までに児童・生徒に1人1台の端末を配布しネットワークを構築する計画で、デジタル教科書の本格導入も2024年の教科書改訂時に構想されていました。それが、コロナの影響で一気に前倒しになり状況が一変したわけです。

端末の配布とネットワーク環境の整備を受け、2021年度から学習者用デジタル教科書普及促進事業として、小学校5、6年生、中学校全学年の1教科分について国がデジタル教科書を配布する事業を行っています。現状、小中学校の約4割、12,200校が参加しています。このように実証授業がスタートし、来年度もさらに拡充して継続する予定です。

GIGAスクールは7月末現在で、端末は全自治体のうち96%が整備済み。残りは70自治体になりました。また、端末を家に持ち帰っているのは導入校のうち約25%です。

もう1点、文部科学省の検討会議の第1次報告から申し上げると、結論としては2024年度は本格導入ではなく、「本格導入の最初の契機」としていこうということです。

小学校教科書の検定提出が来年の4月なので、いきなり紙からデジタルに本格移行するには議論がまだ不十分だということです。現実的に、制度面でも予算面でも、方向性を定めるエビデンスが足りないので、今、行っている検証事業の成果を待って進めようとなりました。「紙からデジタルへ」という本格的な見直しは、その次の新しい指導要領のスタートとなる2030年度頃に予定される改訂期を目指しましょう、となっています。

この2つのマイルストーン、2024年度と2030年度を切り分けて進んでいかなければならないのだと思います。2024年度までにデジタル教科書の標準的な規格や機能の統一、コード化によるデータ連携、さらにアカウント管理等のあり方の検討を進めようと、現在技術検討会議が立ち上がり、議論が進んでいます。

2022年度から、さらにデジタル化に対応した教科書制度の見直しに向けた調査研究がスタートします。将来、デジタル教科書にも対応した検定と、採択と供給の制度設計の検討が来年度の事業予算に入っており、国もやる気を示しているようです。

ネックはとにかく予算です。教育的には選択肢がある併用制がいいに決まっていますが、教科書は日本において公教育の要であり、無償措置という前提があるため、限られた予算で行われなくてはならない。そこが最大の課題かと思います。

鹿毛 そもそもデジタル教科書導入の意義というのはどういったところでしょうか。

黒川 私は、デジタル化することによって、より学びが豊かになると考えています。個別最適な学びを実現でき、何よりも教科書が一方的に知識や考え方を押し付けるような一斉授業だけではなくなる。デジタル化することによって、学びの主体を子供に戻していけるのではないかと思うのです。

授業中、子供たちが先生の話や友だちの正解をずっと聞いて終わりなのではなく、一人ひとりの学びが始まる。そこが大きな転換点であり、意義だと思っています。個別にカスタマイズできることは、特別支援教育にとっても大きな意味があります。

オンライン教育成功のカギ

鹿毛 黒川さんが見たい風景というのが、今おっしゃったようなことですね。よくわかりました。

では次に山上さん、高校で情報教育をされてきた実践のお立場からお話しいただけますでしょうか。

山上 私は兵庫県立三田(さんだ)祥雲館高等学校で情報科の教師をしています。デジタル教科書については小中が先行しており、高等学校は喫緊の課題という捉え方はまだできていない感じです。一方、教科としての情報科は高等学校から始まり、小中にはない教科です。よく混乱が生じているのが、2003年から始まった教科としての「情報科」とは別に進んでいる「教育の情報化」で、これがデジタル教育に一番つながる話かと思います。

本校は、兵庫県で一番新しい、今年創立20周年を迎える若い学校としていくつか先進的な取り組みをしています。例えば、7年前、数学の若手の先生から、反転授業のための予習動画をYouTubeに上げたいという提案があり、それが昨年までに1000本を超えました。コロナの休業期間中も、数学の授業はこれによってだいぶ役に立ちました。それを参考に、英語や理科など他教科も教材を作り始めました。

さらに、これも7年前から、国立情報学研究所が開発しているネットコモンズというCMS(教育学習支援情報システム)を使って日常的に生徒とやり取りをしています。例えば補習の申し込みや連絡事項などをすべて回覧板という形でCMSを使って生徒に送る。新しい情報は生徒にメールで届く。発信者は誰が見ていないかが把握できる。ですので、緊急事態宣言が出て、臨時休業の要請が出た時も、即座にネットコモンズで情報をやり取りできました。

休業期間中のピーク時は1日に100本、200本と投稿がありました。このようなことをやっている県立高校はほとんどなく、他校から「どうやるのか」という問い合わせがありましたが、あの状況で他校に構っている余裕はなく、「日常的にやっていたからできているのであって急にやろうとしても無理です」と突き放していました(笑)。

鹿毛 普段からの取り組みがあってこそということですね。

山上 はい。コロナでオンライン授業やデジタル教材が注目されましたが、コロナ発生の半年前に、教育情報化推進法という法律が国会を通ったのです。だから、遅かれ早かれやらなければいけないことだったのですね。コロナと関係なく、デジタル化が必要な時代なのだということは、もっとアピールしないといけないという気はします。

デジタル教育という言葉が何を指しているのかという点は少し気にかかります。やり取りするデータがデジタルだったらデジタル教育なのだろうけれど、紙ベースのものが形を変えただけでいいのかと。いわゆる「チョーク・アンド・トーク」を双方向に変えるものと言えば、私の高校時代にも語学教材でLL教室とか視聴覚教室を使った授業なども広まっていました。

単にデジタルで使えるものが身近になってきたから使うのではなく、双方向のやり取りが必要であって、教師が提供する情報だけではなく生徒から上がってくるものもデジタル化され、これまでできなかったことができるようになるのだ、と理解されないといけないのではないかと思います。

先ほど全国の教室に大型モニターを導入したという話がありましたが、導入に至る調査報告をまとめるにあたってイギリスの学校を視察しました。体育館、食堂、あらゆる部屋にプロジェクターが吊るしてあるという環境でした。日本の高校には英語の助手として外国人が来られますが、彼ら、彼女らは幼稚園、小学校から情報通信機器に囲まれて学校生活を送っている。しかもそれらは全部日本製だったそうです。

しかし、日本にやってきたら黒板とプリントでやっていた(笑)。プロジェクターを使いたいと言ったら、特別教室の予約をして向こうの校舎の3階まで生徒を連れて行ってとか、パートナーの日本人の先生にいい顔されないのだそうです。そういった変化にどれだけ教師が対応できるのかが求められるのかなという気がします。

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