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【特集:大学のミュージアム】
モノと知識と学習──キャンパス規模の視点と可能性

2021/04/05

ミュージアム・コレクションを使った教育活動

統合された大学ミュージアムのデータベースがあれば、ティーチング・スタッフはコレクションを定期的に精査することができる。そうすれば、新たに加わったものを知り、新学期の計画を立てるたびに、どうやって新たなコレクションを教育活動に役立てるか考えることになる。カリキュラムにコレクションを応用するのは始まりにすぎない。私の最近の論文に概略を示したように、ミュージアム・コレクションは大学機能に4つの相互に関わる方法で、大きな価値をもたらす可能性がある(Simpson, 2019)。

第1の方法は、大学の物語を語るようなミュージアム・コレクションのモノを利用することだ。そうすると、大学の歴史という観点から重要なモノを特定することになる。つまり、大学の功績を表すものや、大学を特別な組織にするもの、大学がどのように国家規模あるいは国際規模の目標や展望に関与してきたかを物語るもの、大学の特色ある文化を示すものだ。こういったモノは展示とデジタル・プラットフォームの両方の形で、大学組織をめぐる強力なナラティブ(物語)を構築するのに使うことができる。オリエンテーションがどう変わるか想像してみよう。新入生や新たに加わったスタッフは、自分たちが一員になろうとしている大学がどんな類いの組織なのか、かなりの洞察を得るだろう。さらに、この取り組みは組織への忠誠心や団結心の強化につながり、大学に革新をもたらすかもしれない。このような形での文化の生産は卒業生向けのプログラムでも用いることができる。大学業績の価値を確かなものとして認めさせ、固有の組織としてのアイデンティティを喧伝する手段として、このような形の文化の生産を発達させている大学が、世界規模でますます増えている。

第2の方法はコレクション中のモノが持つ分野越境的な可能性に関わる。ミュージアム・コレクションは、近年、高等教育機関で、学際的に教育・研究に携わるのを容易にする道具としてみなされるようになってきた。このようなコレクションへの見方のおかげで、モノを教育に利用するという、元々の特定の分野に限られた性質を越え、新たな人々がコレクションのオーディエンスに加わってきている。多くの大学ミュージアム、特に美術館は、展示とイベント両方で分野越境的なプログラムを行っている。こういったプログラムは、多様な知的リソースが利用可能な研究教育機関では、簡単に実行できるからだ。学際的な分野のために特別に構成された展示プロジェクトは新たな視点や洞察、言説を生み出すかもしれない。そうなれば、研究教育機関の使命はさらに有意義なものになる。研究成果が1つの分野に限定されがちな人々が交流するためのテンプレートを与えることができるからだ。多くの分野に関わる言説は大学のキャンパスを越えて拡大し、地域社会と専門家集団を巻き込んでいくだろう。

デジタル技術の進展がひらく新たな可能性

第3の方法は、新たなデジタル技術を使ってコレクションのデータを利用することに関わる。新しいデジタル技術は、芸術と科学、テクノロジーの交差するプロジェクトで、私たちが物質的なものと関わる体験を一変させている。大学はそんな新しい発展の最前線にある。私たちは、デジタル・ヒューマニティーズの成長によってもたらされる新たな発見の最初期の段階にいるにすぎないと言われる(Prescott, 2012)。つまり、物質性とデジタル性が意味と知覚の様々な領域にうったえることができるようになり、新たな構成で、新しい種類の意味を生み出す方法を発見する段階である。上述したように、旧来の分野間の垣根が取り払われるに伴い、アナログとデジタル、固定と移動、真正と代替、さらには文化生産と消費ですら、対局にある概念というよりも、経験という1つのゆるやかな物差し上にあるものとして捉えるのが最適だという認識が広まってきている(Simpson, 2019)。

ミュージアム・コレクションが大学の取り組みに価値をもたらす第4の方法は、参加を通じてである。この点において、学生はキャンパスで文化を生み出すプロセスの一部になり得る。つまり、展示の拡張や、ミュージアムのイベントとキュレーターの研究の発信を通じた文化の生産のことだ。大学ミュージアムやそのコレクションを通じて、学生が大学の文化的生活に積極的に参加すれば、学生が主導権を発揮し、さらには自分たちの学習に責任を引き受ける余地を与えるかもしれない。そうなれば、学生は学士課程修了者にふさわしい能力を発達させることができる。例えば、批判的に捉え分析する力、問題解決能力、協調性のようなアクティブ・ラーニングに由来する能力だ。こうして、教授方法と内容の相互強化が引き起こされるのである。参加によって、知に関わるものと、知を具体化するもの、社会的なものの相互作用が起き、豊かな真の学習経験が創造される。

競争が激化する高等教育機関の世界において、大学は、研究・教育・参画という3つからなる使命を果たすべく、モノのコレクションをより効果的に利用する方法へと目を向けている。学術研究の長い伝統の結果、モノのコレクションの多くが大学ミュージアムに収蔵されることになった。そのようなコレクションは高等教育機関における学習や研究、文化生産の原料なのである。大学ミュージアム・コレクションをめぐるデジタル環境の急速な進展のおかげで、新たな可能性がますます広がるかもしれない。そうなれば、大学ミュージアム・コレクションは、学際性の新しい時代において、大学運営の中核となるだろう。

(原文英語(原題はObjects, knowledge and learning; campuswide perspectives and potential)。翻訳は杉山ゆき〔ヨーク大学(英国)英文学部博士課程〕による。なお小見出しは編集部が適宜付した。)

〈訳注〉
*1 引用部分は出隆訳に基づく。アリストテレス『形而上学(上)』(東京・岩波書店、1959年)21頁。[ ]内の補足は出によるもの。
*2 ここでは統一性を持たせるためobject-hood を「モノ性」とした。ただ、「客体性」と訳す方が一般的かもしれない。
*3 螺塔は巻貝の上部の螺旋構造の高さ、つまり巻貝の上の部分の螺旋の始まりから貝殻の頂点までの高さのことをさす。螺層は巻貝の渦のひと巻きのこと。

〈参考文献〉
Bartlett D. (2012). Coaxing them out of the box: Removingdisciplinary barriers to collection use. In Jandl, S & Gold, M,(editors). A Handbook for Academic Museums: Exhibitions and Education. Edinburgh & Boston: MuseumsEtc.
Chatterjee H.J. & Hannan, L. (2015).Engaging the Senses:Object-Based Learning in Higher Education. Routledge.
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Hooper-Greenhill, E. (1999). The Educational Role of the Museum. London, UK: Routledge.
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Monnier, G. (2012). Neanderthal Behavior. Nature Education Knowledge 3(10):11.
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Prescott, A. (2012). An Electric Current of the Imagination:What the Digital Humanities Are and What They Might Become. Journal of Digital Humanities 1 (2) at: http://journalofdigitalhumanities.org/1-2/an-electric-current-of-theimagination-by-andrew-prescott/
Thogersen, J., Simpson, A., Hammond, G., Janiszewski, L., &Guerr y, E. (2018). Creating curriculum connections: a university museum object-based learning project. Education for Information, 34(2), pp. 113-120.
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