【特集:大学のミュージアム】
モノと知識と学習──キャンパス規模の視点と可能性
2021/04/05
モノが持つ物語る力
オブジェクト・ベースト・ラーニングは高等教育機関で長い歴史を持つ習慣である。モノはいつも知識の獲得と密接に関わっている。したがって、知識を創造し、伝えるために、知を基盤とした機関がモノや標本を集め用いるのは当然のことだ。これは古代にまで遡る学究的伝統である。
博物館学の授業でよく使われるのが、学生にある特定のモノを教室に持ってきて、それについて仲間の学生に話すよう求める課題である。持ち込まれるモノの中には非凡なものも時々あるが、さらに特筆に値するのが、そのモノを知る人たちにとって、それが何を意味するかだ。非常に単純でありふれた品々ですら、生き生きとした物語を伝えることがある。
学生が持ってきたモノの1つに、子どもの頃夏休みに訪れた、ニュー・サウス・ウェールズ(オーストラリア)の南海岸の浜辺から拾ってきた素朴な貝殻があった。螺塔の低い巻貝で、螺層が急に大きくなっているものの、片手で持てる程度の大きさだった*3。 外側には面白い陰影のある模様がついていた。その貝殻が見つかった浜辺は、森が海に迫る場所だった。貝殻の上の陰影は、夏の太陽の光が木々の葉の天蓋を通じ差しこみ、戯れる様子を思い出させるものだった。貝殻を見つけた人に、それは長く暑い日々、海藻でいっぱいの冷たい青い水、つま先の間の熱い砂、カモメの鳴き声、さらには塩辛い空気の匂いまで一気に思い出させた。これはあるモノが錨として機能する、昔からよくある1つの例である。その貝殻は持ち主に、自分だけの豊かな美的コンテクストをもたらし、すべての感覚を通じて想起される記憶を掻き立てた。そんな力を教育に役立てることができたらと想像してみてほしい!
モノは学問分野の間のブリッジやつながりとしてもはたらく。貝型の螺旋型は宇宙から見た台風の形や銀河の腕、DNAの二重螺旋のねじれを想起させる。このように、たった1つの貝殻の形が天文学、生体分子学、気象学のような学問へのインスピレーションを与えるかもしれない。様々な知識分野を結びつける力のために、モノは素晴らしい教育の道具となる(Bartlet, 2012)。モノは知って、見て、参加する新たな方法に気付かせる可能性を秘めている。モノは過去と現在の間のつながりを生むコンテクストをもたらし、好奇心を刺激し、理解を深め、知識の定着を向上させるのだ。
大学教育を変える オブジェクト・ベースト・ラーニング
歴史的に、オブジェクト・ベースト・ラーニングは一部の学問分野、特に考古学や地質学、美術史などの観察に依拠する学問で用いられてきた。どれも精緻な調査・比較が研究の一部に常にある分野である。だが、もし学問分野間の垣根を取り払い、オブジェクト・ベースト・ラーニングを教育手法の1つとして傘下のすべての教育・研究機関に適用したら、大学はどうなるだろうか? この問いに対する答えは非常に驚くべきものになり得る。大学の教育活動を一変させるだけではなく、ポジティブで重大な変革が、組織活動の別の多くの部分でも見られるようになるだろう。
2018年、私は大変幸運なことに、所属大学でのマッピング・プロジェクトに参加することができた(Thogersenet al., 2018)。カリキュラムをまたいで大学ミュージアム中のモノの利用を増進させることを目的とするプロジェクトだ。このプロジェクトはキャンパスにある2つの歴史博物館のコレクションに関わるもので、様々な教育課程で同コレクションの利用を促進することを目的の1つとする。つまり、そのコレクションを有する人文学部だけでなく、科学や工学、医学のような他の分野でも同コレクションを利用するよう働きかけた。この取り組みのために、大学ミュージアムのスタッフはカリキュラム設計の担当者やアカデミック・ティーチング・スタッフとともに先を見越して準備をする必要があった。大学ミュージアムのコレクションの中身についての理解を向上させ、コレクション中のモノを教育活動に適用する機会を探し出すためである。
過去にモノを教育で用いたことのあるスタッフと、オブジェクト・ベースト・ラーニングを授業に導入して教育活動の幅を広げたいスタッフを交えて、ワークショップが開催された。ワークショップの参加者はアイディアや体験談を共有し、ミュージアムリソースをさらに利用するためにお互いを励まし合った。参加者は、プロジェクトが作り出したオブジェクト・ベースト・ラーニング実践コミュニティ(OBLCoP)の一員となった。短い期間を経て、大学ミュージアム・コレクションのモノの利用は徐々に増えていった。モノは、講義における解説資料や、少人数でのディスカッションの焦点として、あるいは評価課題の一部として、様々に用いられるようになった。OBLCoP のワークショップに参加したティーチング・スタッフからは次のようなコメントが寄せられている。
「モノを使って、コミュニケーションの仕方や、物事を見る別の視点を学生に考えさせようとするのは、素晴らしいことです。モノを使うのは、学生をただ座らせてプレゼンテーションの準備をさせたり、エッセイを書かせたりするのとは違う、今までとは別の発想ですね。」
「……これは、モノがどのように相互に関わっているか探求しアイディアを得るまた別の方法です。」
「モノに別の目的を見出すという観点は本当に素晴らしいと思います。学生に自分たちの日々の経験を振り返って、別の例を考えてみるよう促すこともできます。」
「……文献講読を主とする最初の課題をコレクション中のモノに結びつけてみるというのが私の発想でした。学生にとって、新しい思考方法の発見になるのではと思いました。」
「……来年はもう少し焦点を絞りたいと思います。つまり、学生のパフォーマンスをコレクションの中の1つのモノ/人工品を起点とし、それに基づいたものにするのです。そうすれば、そのモノ/人工品は、学生が今後どんなプレゼンテーションをするかを決めるきっかけのようになるでしょうから。」
2021年4月号
【特集:大学のミュージアム】
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