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【特集:3. 11から10年】
災害復興法学のすすめ──東日本大震災10年とリーガル・レジリエンス

2021/03/05

被災したあなたを助けるお金とくらしの話

「知ってさえいれば、救えたかもしれない。別の未来があったかもしれない」。例えば、被災者が「被災ローン減免制度」を知り、絶望することなく金融機関へ行き、手続きを開始できていたら事業継続を諦めずに済んでいたはずだった、と思うような場面に弁護士らは何度も遭遇している。画期的な支援制度であっても、真に必要としている者に伝わっていなければ、ないのと同じである。被災者のリーガル・ニーズを分析し、その生々しい声が浮き彫りになればなるほど、防災教育の段階で、被災後の生活再建に役立つ法制度の「知識の備え」が不可欠だと実感せざるを得ない。そこで、災害後に絶望せず希望の一歩を踏みだせるようにとの願いを結晶させたのが、「防災バッグに備蓄する本」と銘打った『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』(弘文堂)である。

「災害ですべてを失った。あまりのことに何をすればよいのか全く想像ができない」という時こそ、被災者が自治体に申請することで、住宅被害状況などが記された「罹災証明書」の発行を受けられる(災害対策基本法)ことを事前に知っておいてほしい。罹災証明書により支援金や支払減免が受けられることも知っておけば、絶望の中でも一筋の希望を見出せるだろう。

住宅ローンや個人事業ローンを減免するための「自然災害債務整理ガイドライン」の利用ができる被災者であれば生活再建への運命は大きく変わる。しかし制度を知らないがために、破産や廃業を余儀なくされてしまうことも十分あり得るだろう。

自宅が全壊した場合などに支給される最大300万円の「被災者生活再建支援金」(被災者生活再建支援法)や、災害遺族へ支払われる最大500万円の「災害弔慰金」(災害弔慰金法)など、生活再建に欠かすことのできない給付金の知識は、生活再建を大きく左右する情報になる。しかし、知識がないばかりに行政やメディアの情報を見逃して申請に至らない場面はこれまでにも多数あった。

防災教育は、命を守ることを第一目標として実践すべきであることは疑わない。一方で、命が助かった直後からは生活再建に関するリーガル・ニーズで溢れることも事前に想像できなければならない。支援の根拠となる法制度の知識は、命や生活を繋ぐために不可欠であり、肉体的・精神的・社会的な面での健康維持にも大きく影響する。知識の備えの防災教育が必要である。

リーガル・レジリエンス

弁護士の相談活動を通じて、既存の法制度では克服できない被災者のリーガル・ニーズが露見した。課題は法改正や新規立法により少しずつ改善され、社会は次第に「強靭性」を獲得する。強靭性とは、災害や事故から回復するしなやかさを意味する言葉である。災害復興法学では、法制度が変革を繰り返し社会システムが強靭さを獲得していく様を「リーガル・レジリエンス」(法的強靭性)と呼んでいる。復興政策の軌跡を伝承することや、『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』による知識の備えの防災教育を実践することは、リーガル・レジリエンス獲得のための災害復興法学の一環にほかならない。

レジリエンス(強靭性)は、2015年の国連採択「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(SDGs)の、まちづくり(目標11)や災害対策(目標13)の項で複数回登場するキーワードでもある。災害大国である日本こそが、自然災害にあってもそこから復興していく知恵があること──レジリエンス──を世界に発信する役割を担っている。2015年10月、筆者はネパール最高裁判所と国際協力機構(JICA)共催の「震災関連紛争の経験共有セミナー」の基調講演でネパールを訪問する機会を得た。同年4月に同国で起きた犠牲者約8,500名の大地震を受けてのことである。ネパール法曹や国連関係者を前にしての演題は「災害復興法学のすすめ──An Encouragement of Disaster Recovery and Revitalization Law」であった。日本は災害の多さという脆弱性がある一方で、災害に遭うたびに新しい法制度を生み出し、臨時制度を恒久化し、次の災害に備えることでレジリエンスを獲得してきた歴史があることを、相続放棄や被災ローン減免制度などを例に紹介した。また、被災者生活再建支援金などの給付行政が、法律に基づき「法の支配」の下に行われているからこそ、公正かつ公平な支援が実現できる点を強調した。民主化して間もないネパールへ「リーガル・レジリエンス」を語ったことには少なからず意義があったと信じる。

慶應義塾大学「災害復興法学」の授業の様子(中央 筆者)

災害復興法学の協働とその先

災害復興法学は、これまで同様に法学や公共政策学のみならず、医療、看護、福祉、行政、情報、経済、安全、危機管理ほか文理を超えた各分野との協働を一層深めることを目指している。医師、歯科医師、看護師、社会福祉士、ファイナンシャルプランナーなど専門職との連携も広がっている。図書館や公民館などにおける生涯学習教育としての展開も防災の裾野を広げる役割を担うだろう。被災後のくらしに目を向ける防災教育は、消費者教育や金融教育などとの親和性が高く注目が集まっている。被災者の声から作られた復興政策の軌跡を知ることは、主権者としての自覚を育む主権者教育と呼べるものにもなると期待される。法制度の課題を見つけ出し改善を提言することや、法律が支援のための情報基盤になっていることを認識することは、法教育にもつながる。企業や医療機関の事業継続計画(BCP)の実行性を高め、内部統制システムやリスクマネジメントを強化するためにも、『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』による職員や家族の生活にも配慮した防災研修が不可欠になるだろう。東日本大震災から10年という通過点を踏まえ、リーガル・レジリエンスの獲得を目指すプラットフォームを構築すべく実践してきた災害復興法学を、次世代へと確実に伝承することを今後の責務と心得たい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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