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【特集:3. 11から10年】
災害社会学からみた東日本大震災からの復興

2021/03/05

災害ケースマネジメントの諸相

被災者が抱く「復興の実感」、納得の復興プロセスの組み上げ過程に参画しながら、その出来事を表象するための方法論(データ)、概念(述語)を鍛えていく研究実践=災害復興論を軸に据えて、学会復興支援委員会ではこの数年、「災害ケースマネジメント」に取り組んでいる。

被災者一人ひとりに必要な支援を行うため、その個別の被災状況・生活状況を把握して、それに合わせてさまざまな支援策を組み合わせて計画を立て、その被災者ごとに専門家がチームを組んで支援する仕組みである。日弁連・災害復興支援委員会に属する弁護士グループが中心となって、学会の復興支援委員会の活動を後押ししてきた(津久井、2020)。

このような取り組みの重要性を認めて制度化を進める自治体も出てきた。仙台市ではこのシステムを被災者生活再建加速プログラムと呼んで復興事業局・生活再建推進室の業務としている。鳥取県では危機管理条例を改正して、その中に災害ケースマネジメントを位置づけている。同様のシステム展開は、岩手県大船渡市、同県北上市、宮城県名取市でも行われている。さらにこうした動きは震災のみならず、その後の水害被災地(岩手県岩泉町など)でも展開を見ている(津久井、2017)。

ここまで制度化されていなくとも、これまでの被災地ボランティア活動、その現場における緩やかな連携によって結果的に、実質的にこうした戸別訪問によるニーズ把握・専門家チーム派遣が実現している事例も少なからず存在する。一例を見ておこう(所澤・大矢根、2019、2020)。

宮城県石巻市では、仮設・復興公営住宅で暮らす人々の声を拾って現状を伝え続けるローカル紙「石巻復興きずな新聞」の岩元暁子さんによる取材・配達行為(対面取材+手渡し配達が見守り活動・その記録化、リスト化に相当している)。そうした取材対象者の日常行動、特に人の尊厳としての移動・外出を担保する支援を行う石巻発の「日本カーシェアリング協会」や「移動支援Rera」の取り組み。このような移動支援の医学的・社会倫理的意義を認めて援用しつつ、仮設住宅撤去後にも従前入居者の見回り看護を続けて、医療・看護の院外展開の哲学(保健・福祉・医療が連携した医療・看護の院外展開=ナイチンゲールの基本的な教え)を実践している長純一医師(前・石巻市立病院開成仮診療所所長/石巻市包括ケアセンター所長)の取り組み。そしてこれらの支援対象・受け皿となる復興公営住宅サイドで、新自治会を立ち上げる際に、上述のような仮設住宅期からのリエゾン(連携)をことのほか重視して、仮設期からの見守りの履歴・体制を継承すべく創設された新自治会組織(社団法人石巻じちれん・増田敬会長)の活動など。これらが日々連絡を取り合い情報を交換して、緩やかなネットワークを構成し活動を続けている。

復興ヘゲモニーの更改

そして上述のような各種支援サービスの対象者が、次第にこれら生活再建ボランティア・チームから復興行政サイドに参画する事例が見られるようになってきた。

このようなボランタリーな活動のネットワークがなければ、既存の復興行政メニューの隙間に埋もれてしまい、新たな支援者の一人になるということはなかったかもしれない。仮設で黙って声かけを待つだけだった高齢者が、今ではハンドルを握って快活に声をかけて回っている。復興事の客体として定置されていた被災者が、支援者側に回り、さらには、新たな復興システム創生の主体となる展開を見せている。こうした新たな現場のリーダー層の中には、復興行政に不可欠の新しい芽をもったメンバーとしてその居場所を獲得しつつある者もいる。

津波で壊滅した小漁村で、町内会婦人部的な立ち位置で外部支援の窓口に就いていた主婦の佐藤尚美さんは、津波で夫を亡くしつつも残された子ども・親家族との生活再建に奔走しつつ、支援に来ていたNGOのアドバイスを受けて「NPO法人ウィーアーワン北上」を立ち上げ、地域における各種復旧・復興事業・関連年中行事(海水浴場再開準備など)に取り組み始めた。「漁村に来た嫁が初めて先頭に立ってムラで発言した」そうだが、そのざっくばらんな人柄や丁寧なコミュニケーションスタイルが認められて、復興公共事業の合意形成(事業サイドではなく住民サイドで制度の学びの仲介者・翻訳者として)にも関わることとなり、「いしのまき市民公益活動連絡会議」(前・「石巻NPO連絡会議」)の設立総会委員となっている。石巻市にはこのたびの震災で世界各国から多彩なNGOが集ったことで様々なノウハウが移植され、ローカルの被災現場ではそれらの外套(鎧=理論武装)をまとった佐藤さんのような女性が台頭してきた。復興態勢のヘゲモニーが徐々に改編されてきている。

東日本大震災復興の現場を丁寧に見ていくと、このような新たな出来事が次々と視界に入ってくる。しかしながらこれらは、たまたまうまく運んでいる事例に私たちが出会っているだけなのかもしれない。それでもどのような前提と条件が組み合わされればこのような出来事は生まれてくるのか、適切な事例を渉猟し類型化・一般化しつつ、その機制を繙いていくことができれば、次の被災現場にその文法を伝えられるだろう。

復興の地域的最適解を探して

私たち社会学徒は今、大型科研費を取得してグループを組み、そうした仕組みの解読(復興の地域的最適解)に乗り出したところである。着目しているのは、レジリエンス/サステナビリティ/エンパワーメント/ウェルビーイングの4つのキーワード(黒田、2021)。

災害へのしなやかな対応力(レジリエンス:復元・回復力)が備えられているか。そしてその社会はサステナブルか。復興やそれを構想する政治的過程にいわゆる社会的弱者が適切に包摂されているか。そうした社会過程への参加を通じて「われわれ意識」が醸成されてきているか。公共土木事業の推進による強靭な社会基盤形成とは異なる位相で、復興を多角的に論じていこうと考えている。社会学的復興研究の挑戦は、始まったばかりだ。

〈参考文献〉

小林秀行、2020a、「『復興とは何かを考える連続ワークショップ』の展開と到達点──『復興』とはいかなるものなのか」『日本災害復興学会論文集』No.15

小林秀行、2020b、「『災害復興』の含意をめぐる一考察」『日本災害復興学会誌』No.15

黒田由彦、2021、「今後の研究の進め方についての提案」(2021.1.19 科研プロジェクトZOOM 会議資料: 2019-23 基盤研究A =「大規模災害からの復興の地域的最適解に関する総合的研究」)

大矢根淳、2015、「小さな浜のレジリエンス」、清水展ほか編著『新しい人間、新しい社会──復興の物語を再創造する』京都大学学術出版会

齊藤誠、2018、『〈危機の領域〉──非ゼロリスク社会における納得と責任』勁草書房

所澤新一郎・大矢根淳、2019、2020、「減災サイクルのステークホルダーと事前復興への取り組みの実相(Ⅰ)(Ⅱ)」『専修大学社会科学研究所月報』No.672, 684

津久井進、2017、「原発避難者支援と災害ケースマネジメント」『災害復興研究』Vol.9

津久井進、2020、『災害ケースマネジメント◎ガイドブック』合同出版

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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