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【特集:人口減少社会のモビリティ】
座談会:新しいモビリティは地方を救うか

2020/07/06

MaaSとは?

田邉 次にMaaSですね。一般の方はまだ「MaaSとは何なんだ」と思っている方も多いと思います。

安永 MaaSの定義が確定しているかと言うと、そうでもなくて、ライドシェアをMaaSだと思っている人もいますし、いろいろな方が、いろいろなMaaSを言っています。

今、業界の中だと、「利用者が多様なモビリティサービスに対して、1つのサービスとしてアクセスができて、自由に選択できるものをMaaSと呼ぼう」と定義しています。具体的には仮想空間の中に電車、バス、タクシー、自転車、電動キックボートなどいろいろなモビリティの選択肢を並べて、利用者がアクセスできるサービスをMaaSと呼ぼう、ということです。

今までと何が違うかと言うと、今までは別々に動いていたモビリティが、例えば1つのアプリなりウェブサイトなりに仮想的に統合されている。それが、いわゆるMaaSアプリなどのMaaSのサービスです。

しかし、これまた日本と海外ではかなり違った捉え方、展開をしています。

例えば海外だとラストワンマイルにライドシェアや電動キックボードがあり、新しいモビリティの手段が、社会の中でインフラ化がかなり進んでいる。しかし、日本ではMaaSと言っても、ライドシェアもなかったり、とパーツが欠けていくわけですね。そうすると従来どおり電車とバスのつながりがあるだけで、結局、病院までのラストワンマイルを行くことができないといった問題が生じます。

田邉 なるほど、そこが決定的に違うわけですね。

安永 そういう中、日本だと今、私鉄の小田急さんや東急さん、京急さんなどが頑張ってMaaS事業を行っています。鉄道というのは1回インフラができてしまうと、柔軟性を持たないモビリティで、今まではそこが弱点でした。しかし、新しいテクノロジーを用いて、自社のサービスの中に、例えばオンデマンドバスだったり、シェア自転車などマイクロモビリティも含めて、柔軟に一貫して利用者に提供できるようなサービスとしてMaaSを捉えています。

ですので、今までインフラを持っていた鉄道会社が中心になって、そこに例えばタクシー会社や自転車といったところが乗っていくという形が日本のMaaSなのかなと思います。もちろんそれだけではないと思いますが、日本の場合、地域の住民に対するサービスを結構大手私鉄はやっていますので、その地域に対するサービスの提供という意味でMaaSを通して進めていくのだろうと思っています。

田邉 重要なのは、どういう交通モードがパッケージされているかということですよね。おっしゃられたように、例えばライドシェアがないと、鉄道で駅まで行っても、従来型の鉄道、バス、タクシーしかないMaaSになってしまう。小田急さん等が頑張っているというのは、追加的な収入を求めているというところもあったりするのでしょう。

しかし、地域交通の維持という点からすると、日本の現状は少し違うのかなと私自身は思っています。

地域にとってプラスになるサービス

西村 MaaSはモビリティが、地域にとってプラスになるようなサービスを提供しているもの、と私は受け取っています。単にアプリだけだと、今でも「駅探」などがありますが、それだけではなく、地域の人がこういうことをしたいと思った時に、その際の移動はこれが最適ですよと示すようなものが、本来のMaaSなのかなと思っています。

そういう意味で、その地域でモビリティ以外のサービスを提供しているような別の仕組みとの組み合わせもしっかりやらなければいけない。例えば何かを買いに行きたい時に、「こうやって行くとここにあるんですよ。何時に着くとそこに詳しい人がいます」といった説明をしてくれるなら、「じゃあそこに行こう」となりますよね。

そういった購入の楽しみを地域に提供しているというサービスが経済効果を生むわけですから、しっかりとしたサービスを是非つくりあげるべきだと思っています。

田邉 移動以外のサービスも含めた方法ということですね。観光なども絡んでくると、より経済効果を生み出すのかなと思います。

重野 私はたぶんドア・トゥ・ドアの移動を1度メールか何かでリクエストすると、全部つながった形で提供してくれるのが、1つのMaaSのメリットかなと思います。

ビジネス的には、どうやって利益を得て回していくかということが重要ですし、地域の交通もそういう側面があるわけですよね。おそらくMaaSのスタートは、それこそプラットフォームで、こういうものがそろってくると、その先にいろいろな可能性があるということで注目されているのかなと思います。つまり直近は移動の問題ですが、その先にはもっと違うものがあるということです。

MaaSでは人の移動や行動がデータ化できるので、複数の地域交通が分析でき、それを最適化できて整理されていく中で可能性も広がるのだと思います。特に地方の交通の問題に対しては、都市交通計画とMaaSを、自治体と民間の事業者、それからサービス利用者の三者が、ある意味データなどを持ち寄って進めていくことも期待できるのではないかと思うのです。

田邉 そうですね。データが取れるようになるというのは、分析屋からすると非常においしい話です。逆に、今、日本は諸外国に比べてデータが利用できないので、オープンデータ化することによって、もっといろいろな可能性が生まれてくるのであれば、間接的にそういうローカルな地域での移動の支援にかなり寄与するのではないかと思います。

コロナ後のモビリティのかたち

田邉 これから期待できる新しいモビリティのモードについてはいかがでしょうか。

重野 2つあります。1つは最近MaaSの文脈でもよく出てくるのですが、高齢者だけではなく、車いすで移動される方に非常に良いサービスの提供を考えている方がいらっしゃいます。例えば、ある航空会社の社員の方が、飛行機も含めて、車いすの方により良い移動を提供しようという試みをされています。これまであまり交通とかかわれなかった方へのサービス提供という意味で、非常に素晴らしい取り組みではないかと思います。

もう1つ、このコロナ禍の中で移動事業が激減している。ご存じのとおり、3月はインバウンドが99.9%減。新幹線の乗車率などもとんでもない数字になっていると思うのです。

そうすると、われわれは「バーチャルな移動」と言っていたのですが、コロナの中で「移動しなくて済む移動」ということが浮かび上がってきました。モビリティの概念はコロナ後に、おそらく捉え方が少し変わってくると思います。

ポジティブ、ネガティブ両方あると思います。このように移動が規制されている中だから、移動をとても価値があるものに感じられる部分もあると思いますし、逆に今までの移動は不要でした、みたいなこともあるかと思います。

この「移動なき移動」のような概念も、リアルなものとして捉えられるようになったのかなと思っています。

田邉 最後のご指摘は重要なポイントで、バーチャルで仕事やコミュニケーションができることがわかると、例えば都心に住む必要がなくなるかもしれない。コロナ後は人の住み方にも変化が出てくるかもしれませんね。

結局、交通というのは何かをするためにあるので、モビリティの新しい変化から、今後社会はこのように変化するのではないか、こう変化するべきだというようなところで何かありましたらお願い致します。

西村 その交通を使っているコミュニティが持続可能で、経済的にもきちんと成り立っているという姿を維持することがとても大事だと思っています。そうでなければモビリティを整える意味がないと思うのです。

そういう観点から社会を変えていかなければいけない。今まで公共交通については補助金で一生懸命維持してきたわけですが、もっと民間の力も上手く使いつつ、地域住民が本当にそういうモビリティが必要だよね、ということが理解できる形で進めなければいけないと思います。

コミュニティを良くしていくことと、モビリティを良くしていくことが両輪で、新しいモビリティの変化もコミュニティ全体を良くしていくことが目的だということを、皆できちんと共有できていれば、良い社会に向かっていくのではないかと思います。

バーチャルモビリティも含めて活用していけばいいのです。ちょっとお腹が痛くてという時、遠隔医療で済むのであればわざわざ移動しなくてもいいですからね。どうしてもあそこに行ってあの人に会いたいという際に、モビリティを使います、というように使い分けることが大事で、そういうことがいろいろな技術を使えば徐々にできるようになってきています。

重野 日本全体で財政が弱くなっていますし、人口が減っていますし、基本的には厳しくなると思うのです。

ただ、厳しくなるからいろいろなものを小さくシュリンクして、というマイナスの思考ではなくて、今日いくつか出たように、これまでと違った試みや組み合わせを考えることで、意外と豊かになれるのではないかとも思うんですね。

明らかなのは、このまま今の延長線上で取り組んでいても、おそらく上手くいかない。そうであれば、皆で工夫して、新しいムーブメントにして、こういうふうに変わっていきましょうよ、とやっていくことだと思うのです。それに予算をつけるべきで、そのために規制を考え直すべきです。

私は技術側の人間なので最後に技術のことを申し上げると、いろいろな面で技術は足りなくてもどんどん進歩しますので、最初はダメでもカバーできるようになっていきます。ですから楽観的に社会の仕組みも含めていろいろなことへのトライを応援する必要があるのではないかと思っています。

安永 私も最近よく「コロナ後のモビリティってどうなるんですか?」と聞かれます。皆さんご承知のように、おそらく人の移動は減っていくと同時に、物の移動は逆に増えていくのではないかと思うのです。

人の移動を考えると、よりパーソナルな移動や、プライベート空間の移動に移っていくのではないのかと思っています。具体的にはシェア自転車や電動キックボードなどです。アメリカだと自家用車の利用がまた増えてきている。そういった意味からも、コロナ後の自動運転というのは重要になってくるのかなと思っています。

おっしゃったように、東京にいる必要はないのではないかという考えも生まれてきています。とは言っても、通勤のためだけに移動しているわけではないので、地方に行っても、買い物や病院に行くというラストワンマイルの移動需要は必ず残ります。結局、コロナ後もそこの部分の課題をどう解決していくかというところが重要になってくるのかと思います。

一方、今日の『日本経済新聞』にもありましたが、タクシーも今年の9月ぐらいまでの時限的な措置ですが、国交省が規制を緩和して、フードデリバリーサービスをやれるようになるということです。そのように必要に迫られて変わろうとしている部分もあります。

ある意味コロナというのは、悪い面、良い面どちらであっても、社会変化として、地方での移動に対しての影響も出てくると思いますので、そのあたりをどう見ていくかが重要になってくると思っています。

田邉 有り難うございます。ご高名な商学部の名誉教授の中条潮先生が、「飛行機はなぜ飛ぶのか?」とよく言っていました。技術的な答えを求めているのではなくて、中条先生が言われるのは、需要があるから飛んでいる。お客さんがいるから飛んでいるということです。

需要がないところに無理やり交通サービスを当てはめるのはよくないと思うので、ある程度のダウンサイジングや見極めは必要です。残ったところを地域のコミュニティの力で、新しい技術を応用して支え合うということが、地方には必要になってきた。

そこに新しい技術というのが、昔よりもいろいろな面で使えるようになってきたことが今日の話で分かりましたので、ある意味では明るい未来というのはありうるのかなと思いました。長い間、有り難うございました。

(2020年5月25日、オンラインにより収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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