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【特集:人口減少社会のモビリティ】
日本のバス政策の今/寺田 一薫

2020/07/06

  • 寺田 一薫(てらだ かずしげ)

    東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科教授[交通政策]・塾員

日本は鉄道が便利な国であるが、鉄道ではカバーできない集落、駅から遠い目的地が沢山ある。そのような全国各地を、約4万系統(路線を細分した概念)のバスがカバーしている。その一方で、テレビの路線バス乗継の旅番組で視聴者をはらはらさせるクライマックスに使われているように、市町村境、県境などでバス路線が完全に途切れるケースや、大都市近郊で極端に運転本数が少なくなっているケースが増えている。

本稿では、高齢化社会となり、ますます重要性が増す日本のバスについて、普及の進むコミュニティバスとデマンド交通のスキームが万能でないことを指摘する。そのうえでバスを取り巻く政策課題として、規制緩和の効果、補助のあり方、運転者の労働問題についても私見を述べる。

最近の乗合バス

日本の乗合バスの年間利用者は、1970年度に101億人というピークを迎えた後減少し、2016年度には43億人まで減った。しかし、高齢化でマイカーを運転できない人々の割合が増えたことなどで、2000年からは減少のペースが鈍った。今は、都市部ではわずかに輸送人員が増加し、地方部でも利用者数が下げ止まった状態にある。

2000年頃から多くの自治体が、地元のバス問題について住民代表を交えて話し合う会議を設けるようになった。バス路線の廃止を認めるか、あるいは先送りするかという、ややもすれば魂の入らない形式的な議論にとどまることが多かった。しかし、2007年から現在まで、国がこの会議の権限を強める制度改正を段階的に行った。将来の地域のあり方に照らし、10年ぐらいのスパンでのバスのあり方を真剣に考えようとするケースも増えてきた。

地方中核都市を中心として、環境負荷の小さい「コンパクトシティ」づくりを支えるための公共交通のネットワーク計画などに本腰が入るようにもなった。岐阜市の幹線バス計画、富山市のLRT(Light Rail Transit : 乗降性能に優れた路面電車)を骨格とした計画などが好事例として注目されている。

コミュニティバスと市町村のバス政策

山間部のみならず、地方都市や大都市近郊でも人口減少が進む中、利用者の減少のために大型バスによるサービスが維持できない場所では、コミュニティバスやデマンド交通が運行されている。全国の市町村1,741のうち、コミュニティバスを走らせているところが1,281あり、デマンド交通を運行しているところが516ある(2016年)。

コミュニティバスは、英国にある同名の乗物とは関係はなく、和製英語である。市町村が中心になって、国の補助金に頼らずに、(横浜市バスのような)正式な公営交通とは別な形で運行するバスを指す。支出の8割が地方交付税で賄われる財政措置がとられるようになったことなどで急激に増加した。

1995年開始の東京都武蔵野市「ムーバス」がこのコミュニティバスの起源であると思っている人が多く、確かにその名称を付したのは武蔵野市が最初である。しかし、後にコミュニティバスといわれるようになる機能や路線特性を持つバスということでは、1980年開始の東京都武蔵村山市「市内循環バス」(現・MMシャトル)がルーツであり、まとまった利用者を獲得した最初のサービスは、1986年開始の東京都日野市「ミニバス」である。ムーバス開始の1カ月前に、運賃の付け方を除いて、外見的にムーバスによく似たサービス、神奈川県鎌倉市「ポニー号」が運行されている。

コミュニティバスには、これまでのバスサービスの常識を打ち破るイノベーションもあった。例えば、低運賃とする一方で複雑な割引もなくすことで、乗客当たり収入をそれほど減らすことなく利用増を図る余地があること、平日の交通行動にあまり曜日の周期性がないわが国でも、「月曜日のみ運行」などの特定曜日運行が住民に受け入れられる可能性があることなどである。

その一方で、市町村がサービス内容を決めることの弊害も露呈した。例えば、隣の市に住民が買物に行きたい商店街があってもそこへは行かない、市町村内の集落は利用がほとんどなくても平等に立ち寄る、住民の多くにとってあまり用がない公共施設に寄るため肝心の目的地まで相当に遠回りする、などである。

しかし、運行開始からかなりの時間を経たことで、隣接市町村と手を組んでの広域的なネットワークの運行、住民が一般のバスと区別なく利用できるような運賃・時刻表の工夫も進んでいる。コミュニティバスに限らないが、10年程前から、市町村が高齢者のみならず、地域の将来を担う若年者、とくに高校生通学の重要性に目を向けるようになったことも注目される。通学時間帯のみのバス存続、高校生の下宿解消のためのバス運行、運賃補助を始めたケースもある。

コミュニティバスのルーツ「武蔵村山市内循環バス」 (現MM シャトル)
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