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【特集:人口減少社会のモビリティ】
座談会:新しいモビリティは地方を救うか

2020/07/06

  • 安永 修章(やすなが のぶあき)

    ROOTS Mobility Japan代表

    早稲田大学大学院修士課程修了(経営学)。2009年米国シンクタンク、日米研究インスティテュートでマネージャー兼リサーチャーとして勤務。17年Uber Japan株式会社に政府渉外・公共政策部長として入社。事業戦略部長等を経る。その後、ROOTS Mobility Japanを立ち上げる。

  • 西村 秀和(にしむら ひでかず)

    慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長

    塾員(1985理工、90理工博)。工学博士。千葉大学工学部助教授等を経て、2007年慶應義塾大学先導研究センター教授、08年よりシステムデザイン・マネジメント研究科教授。19年より同研究科委員長。専門はシステムズエンジニアリング。自動車の自動運転システムを研究。

  • 重野 寛(しげの ひろし)

    慶應義塾大学理工学部情報工学科教授

    塾員(1990理工、97理工博)。博士(工学)。専門は情報ネットワーク。2000年慶應義塾大学理工学部専任講師。12年より現職。慶應義塾大学モビリティカルチャー研究センター長。ICTの観点から次世代モビリティを研究。

  • 田邉 勝巳(司会)(たなべ かつみ)

    慶應義塾大学商学部教授

    塾員(1995商、2003商博)。博士(商学)。運輸政策研究所研究員等を経て2007年慶應義塾大学商学部専任講師。14年より現職。専門は交通経済学、公益事業論。著書に『交通経済のエッセンス』等。

地方の交通の現状

田邉 「人口減少社会のモビリティ」をテーマに座談会をしていきたいと思います。今日は、主に地方部のことを念頭に議論していきたいと思いますが、はじめに私のほうから、現在の状況を簡単に概観しておきます。

日本では地方においては、基本的にモビリティというのは自動車で、自動車がなければ長距離の移動はできません。自動車を利用できない人のために、バスや鉄道などの公共交通があるわけですが、基本的に公共交通はある程度の数の人が同じ車両に乗ることで採算が取れる、つまり一定程度の人口密度が必要な交通です。

日本は独特なのですが、公共交通は民間企業が主体となって営利的サービスを提供しています。バスも民間企業が多く、一定の乗車密度がなければ営利的にサービス提供はできません。

歴史的な経緯を申しますと、2000年ごろに需給調整規制の廃止という規制緩和の大きな転換点がありました。これにより、新規参入が容易になり、多様な運賃を設定することが可能になり、市場に任せてバスサービスを提供するという形が顕著になりました。

そのため、民間の会社が赤字路線から撤退することが予想されたので、国が特別交付税措置で都道府県や市町村の経費の80%を補助する非常に手厚いセーフティネットが用意されました。現在、700億円ぐらいが全国で支払われていますが、増加傾向にあります。8割補助なので、2割は地方自治体が負担しますが、それでも資金面で苦しい一部地方では、路線を維持することが困難になってきているという現状があります。

それを踏まえて、誰が移動の問題を抱えているのか。基本的には学生と75歳以上で自動車がない、あるいは免許を返納した後期高齢者の通院、通学や買い物の足です。

「どこまで公共交通を維持するべきなのか」は、基本的には地域で考えてくださいというスタンスになっています。2000年以降、例えば福祉有償運送と言われる、NPOがお金をとって自動車を運行するものや、一部はUberが実験をしたりしていましたが、根本的な解決には至っていない。それがここのところ自動運転やMaaS(Mobility as a Service)など新しい技術がいろいろ出てきたところで、どう利用すれば地域交通の足を維持できるようになるのかを、今日は皆様と議論できればと考えています。

まずは皆様のモビリティとのかかわりを簡単にご紹介いただければと思います。

西村 私はもともと機械工学科出身で、制御をやってきましたが、2008年からシステムデザイン・マネジメント研究科に来て、現在はシステムズエンジニアリングの見地から自動運転について研究しています。

地域にとって安全というものをしっかりと提供しなければ、自動運転車は受け入れてもらえないだろうと思い、2014年、15年ぐらいに、IPA(情報処理推進機構)から予算をいただいて研究したり、それ以降も自動車会社さんと、少し広めの観点からのお話をさせていただいています。

いわゆるシェアリングや、誰かが所有しているというものではない車が、もし自動運転になったら上手く地域に活用できるのかなと思っています。しかし、地域経済が衰退していく中で成立させることは相当難しいところがあるとも思っています。

重野 私はコンピュータ・ネットワークが専門で、もともと無線データ通信の応用というところで、自動車をネットワーク化することが研究テーマの1つの大きな柱で、高度道路交通システム(ITS)という分野を以前より研究してきました。

ご存知の通り、今年は5G元年ということになっていて、コネクテッド・ビークルがキーワードになり、車のネットワーク化も盛んになってきました。現在はモビリティカルチャー研究センターという研究組織を新川崎につくり、自動運転社会をにらんだ、技術に関する研究を推進しています。

地方では、生活密着型のMaaSが、非常に大きな期待を持たれています。後ほど議論になると思いますが、地域の事情に合わせて、単一のやり方ではなく様々な方法でのトライアルがあります。

人口減少が明らかになり、経済も、今後急速に右肩上がりになることは考えにくい中、モビリティの分野は日本社会全体を下支えしていく上では非常に重要なテーマで、何とかしなければいけないという認識でいます。

安永 私は、もともとUberにおりまして、政府渉外という部門を担当していました。そこはロビイングの部署で、東京都や地方の自治体や、国交省、経産省という省庁ともやり取りをしながら、Uberの事業の展開を考えてきました。

昨年Uberを退職し、今はモビリティの関連企業のコンサルティングや、事業戦略を一緒につくったり、ロビイングを一緒に行うような会社を立ち上げました。地方の公共交通の維持や発展に向けて何ができるか、技術を使って解決できないかと、いろいろやっているところです。

Uberでは、特に、過疎地域で、ライドシェアの実証実験をやってきました。公共交通空白地有償運送制度を活用しながらやっている京都の京丹後市、そもそもそういった制度を使わなくても無料でできるような北海道の中頓別町のようなところです。

しかし、実はUberジャパンのモビリティ事業自体が今かなり危機的な状況にあります。もちろんタクシーの反対などもあるのですが、先週ニュースにもなったのですが、Uber本体が3000人以上の従業員の削減を行い、日本もモビリティのチームを含め多くの従業員が解雇の対象になってしまいました。そこで、今お話しした京丹後市や中頓別町のライドシェアの運行が今後どうなっていくのか心配しています。

このあたりにいわゆるプライベート企業が公共交通を担う難しさもあると思っています。

高齢者のモビリティをどうするか

田邉 地方は、人口減少かつ、高齢化も進展していますが、地域住民にとって最低限の移動は必要です。民間企業がそのサービスを提供できない「市場の喪失」時にどうするのか。

昔であれば、例えば家族や近所の人が車に相乗りして病院まで運んでいくような形で支えあってきたわけですが、それもできないのであれば、どのようにすればいいでしょうか。高齢者のモビリティの問題については、西村さんはどのように思われていますか。

西村 やはり高齢者が運転していて起きる事故というのは結構ありますので、当初、高齢者向けの自動運転の車はニーズがあると思っていました。

しかし、自動運転のレベル3とかレベル4というのは、まだドライバーがある程度責任を持って運転しなければいけないことになっているわけです(レベル5が完全自動運転)。完全にドライバーレスの車になってしまえばいいのですが、高齢者自身が、ある程度自動運転の車にサポートされるようなものですと、結局、高齢者はそれに慣れなくて難しい面があるのです。

そのため、研究を進めてきてから私はネガティブになりました。Googleは、「自動車の中でいちばん信用のできない部品は人間である」みたいなことを言っているのですが、正しいなと。完全ドライバーレスにしてしまえば、高齢者のモビリティの安全という面からは技術的には解決される。ただ、そのレベル5に行くにはちょっと時間がかかる話なのです。

田邉 重野さんは、実験等をやられて、現場の状況からいかがでしょうか。

重野 以前より、現在マイクロモビリティと呼ばれる1人乗り、2人乗りの小さな自動車をまず提供しようという話がありました。マイクロモビリティを使えば公道を走るだけではなくて、ドア・トゥ・ドアの移動もできる。そもそも高齢者の方は、バスがなくなったら困るだけではなくて、例えば家の門から病院のどこそこまで行くドア・トゥ・ドアの移動が必要であり、そこをサポートする必要があるわけです。

重要なのは、地域だと、いろいろなコミュニティの活動などがあるわけです。例えば公民館に集まったり、病院に行く場合もたまたま知り合いの人に会うようなところが、広い意味で健康に寄与しているところがある。ですので、モビリティとコミュニティをどうつなげるのかというところは、地域社会のモビリティを考える際の1つのカギです。

テクニカルな移動の問題に加えて、高齢者の方の活動をどのようにサポートするかという視点も必要になるのかなと思います。

田邉 非常に重要なご指摘です。実際には移動して何かをするということが重要で、それによって、必要な移動というものが変わってくるということかと思います。外出が少なくなると、鬱的になったり病気がちになって医療費が増えてしまう可能性もあるので、モビリティだけの問題ではないということですね。

安永 事業者の立場から意見を言えば、大きなポイントとしては、やはり担い手が不足していると思います。そもそも事業としては日本だとなかなか難しいという問題があります。テクノロジー以前にやはり日本の規制や法制度というのが、実は新規参入ができない最大の障壁かと思っています。

また、高齢者のモビリティ問題は地方が注目されるのですが、案外都市部であっても、同じように問題が出てきています。例えば東京都心でも、赤坂や白金台のような住宅街で、駅から遠くて、バスもほとんどないところで、移動できない高齢者の方がかなり増えてきている。実際、港区もライドシェアのようなやり方で高齢者、モビリティ弱者に対する対応を考えていたのですが、法制度やタクシー業界の反対などでできなくなり、結局タクシー券などの対処療法のような形しかできませんでした。

地方だと、Uberのような形で、支え合い交通や、NPOのような事業者が支えているのですが、やはり事業として、これ一本でやっていくのはまだかなり難しい。実はいろいろなベンチャーはいるのです。notteco(のってこ)という企業や、シェアショーファーという愛知のベンチャー、自動運転にも取り組んでいるスキームヴァージというベンチャーなどが模索はしているのですが、なかなかビジネスとしては難しいようです。

困っている中で、最近トヨタとソフトバンク連合のモネ・テクノロジーズが入ってきました。もちろん最終的な目的は自動運転だと思うのですが、今は高齢者向けのモビリティ対策で、いろいろな地方の自治体と連携をして、乗り合いバスの事業を委託しています。

もちろんトヨタを含めて皆さん自動運転も視野に入れているのですが、おっしゃったように実際にドライバーレスでの社会実装は、特に日本においてはかなり先だと思うのです。

本当は官民で協力をして新しいルールをつくっていくべきなのですが、なかなかそこもうまく進んでいないというのが実情です。公道での実証実験に関してもかなり厳しい規制がかかることもあります。

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