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【特集:人口減少社会のモビリティ】
座談会:新しいモビリティは地方を救うか

2020/07/06

公的支援とタテ割り行政の壁

田邉 日本は「白タク」は道路運送法で禁止されていて、例外的に一部サービスが認められています。市町村が、コミュニティバス等であっても何か新しいサービスを提供しようとすると、地元のバス会社、タクシー会社が民業圧迫と強く反対するようなこともあります。ある程度複数の交通モードがあるような地域ですと、どうしても利害関係の対立が起こってしまう。

また、ご指摘があったとおり、地方だけではなく都心部も交通弱者のモビリティの問題がある、というのはそのとおりだと思います。

一方、現時点では、公的支援としては基本的にはバスや鉄道に対してはスキームがあって、かなり大きいお金で補助している。それ以外では実証実験で、プロジェクトごとに支援をする。あとは場合によっては特区のような形で規制緩和をする支援の可能性くらいです。

西村 公的支援をするにしても、おそらくその自治体が持っている税収を使うのですから、やはり何かを生み出さなければいけないと思っています。モビリティを提供した以上、それによって経済が活性化されて税収が増えるというようなことです。

これは非常に短絡的な経済の話ですが、例えば、高齢者の方々にそういったサービスを提供すると、その高齢者の方々の医療費がかからなくなったり、社会保障の費用が減るのだということでそのサービスの提供に公的支援をしていただくのがよいと思うのです。

あまりその関係性を見ないままに特区のようなことで特別に認めて、そこにまた研究費用をどこかからもってきてつけるようなことを個々にやっているように私には思えるのです。もう少し大きく全体を捉えた上での考え方が出てこないと、この問題は解決に導かれないのではないかと思っています。

田邉 公的支援の前提としてなぜ支援をしなければいけないのか、ということですね。これは「誰を支援するべきか」というような議論にも非常に関連してきますね。

重野 新しいモビリティにおいては、誰を支援して、誰にお金をつけるのかというところは非常に難しく曖昧になっているのではないかと思います。バス会社があればバス会社、鉄道会社だったら鉄道事業者にというようなことがあると思いますが、必ずしもそういう境界線があるわけではない。

それから、今までの議論の枠組みでは立ち行かないので、それを壊して、より新しい形を探すような試みが、地方などではあるかと思うのです。例えば健康増進というところでコストが下がり、その分のお金をモビリティの充実に回すというロジックは、交通と健康という2つの分野にまたがっていますが、日本ではそういう分野横断的なものへの支援が非常に難しい。

私はITSをやってきたのですが、例えば通信についてはお金がつく、自動運転についてはお金がつく。しかし全体としての交通のサービスと言った瞬間にタテ割りの壁のようになってしまいます。

おそらく安永さんなどはご経験されていると思いますが、ものすごく細かく多岐にわたる規制がありますね。

安永 そうですね。すごく単純化したお話をさせていただきますと、例えばいろいろな自治体や国がやっている公的支援というのは対症療法になってしまっている。それこそ地域の循環バスの支援をするから年間2000万円つけるとかで、ビジネスモデルの改革に向けてという話にはなかなかならない。

特区をつくってやる理由を考えると、まさに政治が絡んでいるのです。タクシーやバスには既存の業界団体が多くありますので、そこを全部調整して、その上で国として新しく何かをやるというのは、ほぼ不可能な状況です。だから、誰からも反対が来ないタクシーチケットなど各々の支援になる。

逆に例えば乗り合い交通や自動運転やマイクロモビリティなどで新しいモビリティや規制の枠組みをつくろうという話になると、既存の業界団体から相当反対を食らって、政治家の先生が怒られて、省庁の役人の方々が政治家の先生に怒られる。だから、総論ではやりたくても、各論では誰が責任を持つんだとなって誰もやりたがらない。

こういった公的支援の難しさのようなものがあるので、結局特区でやったり、バラバラに網の目をくぐるような小さな支援しかできないのかなと思っています。

田邉 確かに国の役割としてはもう少しグランドデザインのようなものをつくって、市区町村レベルでは困難な新しい技術を支援する政策が必要なのかなと思うのですが、どうしても新しい技術・サービスに対してネガティブな反応をしがちになる。それは既得権益者が多いといった側面もあるのだとは思います。

ライドシェアは根付くのか

田邉 今日は皆さん、新しい技術や枠組みにたずさわっている方にお集まりいただいているので、ライドシェア、自動運転、MaaSと、それぞれの可能性について議論していきたいと思います。

まずライドシェアについて安永さんいかがでしょうか。

安永 ライドシェアは日本と海外で大きな違いがあります。海外だと地方自治体などの行政とライドシェアの企業が手を組んで、地方のモビリティやラストワンマイルをつくっています。特にアメリカやヨーロッパでは、今までのようにライドシェアのプライベート企業が単体で担うのではなく、自治体がライドシェアの企業と手を組んで、例えば地下鉄の駅と住宅街の間をつなぐライドシェアを提供したり、かなり柔軟な取り組みが始まっています。

これはライドシェアというものが社会のインフラとして定着し始めているからだと思います。コロナ後は、おそらくそういった協力関係がますます増えていくのではないでしょうか。

一方、日本はどうかと言うと、まったくそういう話すらできない状況になっている。先ほどお話しした通り、京丹後市や中頓別町など、いろいろな地方でライドシェアの実験が行われていますが、今後はやはりUberのようなやり方は難しいようなのです。

そのような中、例えば兵庫県の養父(やぶ)市では、NPOが「やぶくる」という自動車での新しい地域輸送サービスを行っています。これは地元のタクシー会社3社が中核のメンバーになってつくったNPOなのです。

こういった今までの公共交通の担い手だったタクシー業界をどう巻き込んでいくかが、実は日本においてのライドシェアの可能性というところでは重要かと思います。今までの交通の担い手だったタクシーやバス会社を活用する。これは、それこそMaaSのような話になると思うんですが、そういう形でライドシェアの良さを日本なりに取り込んでいけるかという検討が必要になってくると思っています。

田邉 アメリカやヨーロッパでは、自治体は実際にお金を出しているということなのでしょうか。

安永 アメリカでは、地方の自治体が今までバスなどの運営を担ってきたのですが、税収も下がってきて公共交通を維持するのはかなり大変です。それに対して新しいソリューションを、公共入札のような形で募集をして呼び込んでいるのです。

UberやLyft、ニューヨークのViaといった会社が入札ビジネスにどんどん入っています。地方自治体単独で、乗り合いバスやオンデマンドバス、コミュニティバスのようなものを運営するよりも、費用を抑えて、かつ住民からすると利便性が高まるような形になっています。自治体、住民、事業者という3つのプレイヤーがそれぞれウィンウィンとなるような形を模索しているのです。

西村 今のお話は非常に素晴らしいなと思いました。行政が上手く、ライドシェアというものをラストワンマイルのサービスとしてきちんと提供することで、そこの地域が良くなり、しかも住民がそれにきちんと参加しているわけですね。コミュニティとして非常に素晴らしい姿で、それこそがやるべきことだと思うのです。

一方、日本の場合、兵庫県のタクシー会社さんがやっていることも、非常に良いと思うのです。たぶんそのタクシー会社の社長さんたちは、その地域で力を持っておられる方で、日本の場合はそういう地域に密着した会社が長く存在していると思うのですね。そういう地域にはUberが来て、「はい、どいてください」、というのではなくて、今のような形で新しい事業を上手く取り入れて住民へのサービスが良くなるのであれば、それは1つの手なのではないかと思いました。

重野 私も特に米国などに行くと、ライドシェアが、もう1つの交通モードとなっているなと実感として非常に感じます。これは日本とはまったく違う感じです。

昨年12月にロサンゼルスに出張しましたが、ロサンゼルス空港はすでに空港から出て、市内へ移動するための交通の結節点になるような駐車場がUber、Lyft対応になっていました。LAX-it(エルエーイグジット)というらしいのですが、配車アプリ専用乗り場があるんですね。

つまり空港にライドシェアで迎えに来てもらうという交通モードになっている。それに合わせて、例えば公共の機関なども乗り合わせの場所を変えるような変化が起こっているわけです。それは、既存の交通事業者を圧迫するところもあるのかもしれませんが、社会としてライドシェアを前提とした方向に変化しているのだと思います。

日本の場合、ある新しい交通手段によって既存の交通事業者等が割を食うことは、なかなか受け入れられない感じがありますので、おっしゃるとおり、既存の事業者を巻き込みながら変わっていく必要があるのかなと思います。

これはたぶん交通の世界だけではなく、日本社会全体が、デジタルによってもたらされた新しい産業にどうやってシフトしていくのかということだと思うのです。今まさに「デジタルトランスフォーメーション」と言われていますが、現在の業態からどうやって次のステップに進んでいくかだと思います。その時に、社会とどうやってつながっていくのか、他のサービスにどうやって乗り入れて利益を確保し、雇用を確保するのか。

先ほどの話のように地元のタクシー会社を上手く巻き込めれば、雇用を確保して交通コストを下げつつ、地域の活性化にもつながる。それを総合的に考え、必要な規制改革をするということが重要だと思います。

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