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【特集:ジェンダー・ギャップに立ち向かう】
ジェンダー平等を阻む「家族主義」の諸相

2020/04/06

4.同居の家族主義

家族生活をめぐる「窮屈さ」を解消し、人々のライフコースに多彩な機会を提供するうえで、人々の意識や行動を規定している「住まい方」を問い直す必要もある。

近年、同居をめぐる「家族主義」が出生率に関連していることが指摘されている。これまで未婚化や少子化については、主に労働市場の不安定化や個人の家族観や意識の変化といった観点から研究が蓄積されてきた。しかし、住宅をめぐる政策や文化が、家族形成に大きな影響を及ぼすというデータがあり、「居住福祉」の重要性が指摘されている。

若者(ここでは25~34歳)の世帯形成に関するOECD諸国の比較データを参照しよう(日本住宅会議編、『若者たちに「住まい」を!』岩波書店、2008年)。

若者が世帯主やその配偶者(同棲含む)として親から独立した世帯を形成している割合が高い北西欧の国々では、成人したら親元を離れるべきだとする離家規範が強い。スウェーデンやフィンランドでは実に95%以上もの若者が親から独立して暮らす。親子同居率の低い国々は出生率が高いという特徴があり、また公共借家率や住宅手当が高いなど住宅支援が充実している。

これとは反対に、若者が学卒後も親元にとどまる傾向が強い国々がある。ここには日本のほか、イタリアやスペインといった南欧の国が含まれる。これらの国では、若者のおよそ40%が親世帯で暮らしている。背景には親子同居を肯定的にとらえる伝統もあるが、家族の相互扶助が当然視され公的な住宅支援が貧弱だということがある。そして、出生率が低いという共通点を持つ。日本や南欧のような家族の相互扶助が期待される社会では、経済的に不安定となった若者が親元に舞い戻る傾向も強い。

少子化や親子同居の是非についてはさまざまな議論がありうるが、多様な「住まい方」や共同生活の選択肢を用意し、社会が保障することは、社会を維持・発展させるために喫緊の課題になっている。パートナー関係だけに焦点をあてるのではなく、同居や共同生活をめぐる常識を見直すことも必要である。

5.ジェンダー平等のための脱家族主義

家族主義の社会というのは、言い換えれば、依存できる相手が家族に限定された社会である。実際には、多様な助け合いのあり方、協力関係の可能性が存在しているにもかかわらず、家族主義的なステレオタイプがわれわれの想像力の可動域を狭めているのではないか。ひとり親支援や子育て支援、女性の就労支援、高齢者支援等さまざまな支援があるものの、こうした各支援をつなぐような実践が難しいのも家族主義的な前提がわれわれの思考を規定しているからである。多様な世代、多様な困難を抱えた人が協力する仕組みを作ろうにも、「標準家族」の幻想に縛られた社会の制度や行政の壁が立ちはだかる。社会の隅々に浸透した「家族主義」を脱し、新たな共同性や公共性を構想することが重要である。

同時に、こうした公的福祉の拡充のみならず、われわれが常識とみなす「私的なつながり」の見直しや再構築も求められる。ジェンダー法学者のマーサ・A・ファインマンは、現代の家族政策を批判するなかで、「かたちで機能が決まると思い込む」者を批判し、「家族のかたち」ではなく、「家族にはたしてほしい機能」を重視した政策を立てるべきと主張する。「家族に課せられた最重要機能のひとつがケアであることは間違いない」(『ケアの絆──自立神話を超えて』穐田信子・速水葉子訳、岩波書店、2010年)とも述べており、現代においてわれわれは家族を「形態」ではなく、「強いケアのユニット」として理念化し、「機能」の観点から関係性をとらえなおさねばならない。

おそらく「家族主義」的な枠組みを脱することで、現代日本に存在するさまざまな社会問題を解消する方途が開けてくる。その際、従来の常識にとらわれずに、人々が持っている資源の「不足」と「余剰」に焦点をあてて、ニーズに基づいて人々をつなげていくことが必要であろう。

すでに新たな試みは始まっている。シングルペアレントどうしの共同居住、シングルマザーと単身高齢者のシェア居住、一軒家に住む単身高齢者と学生が共同生活するホームシェアなどをその実践例としてあげることができる。行政や企業も従来の「標準家族」のみをターゲットにした政策やビジネスの限界に気づき多様な関係性に目を向けた取り組みを徐々に始めている。

こうした新たな共同生活や協力関係に対しては、おそらく「現実的ではない」、「うまくいくはずがない」、「みんながそう望むわけではない」といった否定的な意見も向けられるだろう。しかし、すでにある「現実」とそれに基づいて形成された人々の「選好」を前提にしていては社会を変えることはできない。人は「選好が充足されなかった」という失望を抱えたまま生活することに耐えられず、しばしば選好を自分の置かれた現実に適応させるものである。

従来のやり方ではうまくいかないことが、こうした提案や実践の生まれている所以であり、個人の「選好」や「選択」の基盤そのものを変革させるための長期的視野に立った政策が必要である。人々が協力するための多様なつながりの選択肢を社会が用意することで、新たな文化が創出され、人々の選好にも変化が生じるはずである。伝統的な性役割や家族機能、さらには、法律婚や性愛関係、血縁関係にとらわれない共同生活のデザインと制度的支援が求められているのである。

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