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【特集:ジェンダー・ギャップに立ち向かう】
ワーキングマザーが活躍できる職場とは――人材育成の現場から見る多様性と職場管理

2020/04/06

多様性を活かすための個人要因

個人の貢献を引き出せるか引き出せないかは、職場に起因する。しかしながら個人の意識次第では、せっかくの環境をうまく活用できない場合もある。ここでは職場環境が女性個人の意識に影響を与えるメカニズムについて述べる。

成人の能力は、適度な難易度の業務経験によって開発される(McCall et al. 1988 等)*5。いわゆる挑戦的な業務経験が人の能力開発につながり、そして能力開発によって人は自信を身につける。Bandura(1977)*6は自信の構造を「自分は行動する能力がある」という自信(効力予期)と、「行動が適切に評価される」という自信(結果予期)の2つに分けているが、この2つの自信が揃うと人は行動する(図3)。効力予期が醸成されるためには遂行行動の達成、代理経験、言語的説得、生理学的状態の4つの手段があるが(Bandura, 1995)*7、成功経験を得たり、ロールモデルを観察したり、信頼する上司に背中をおされたり、という理由で効力予期を醸成した女性は、より挑戦的な業務を受け入れて能力を開発していく。

但し、女性は構造的に挑戦的な業務経験を得にくい状況にある。例えば、出産育児によるキャリア中断や勤務時間の制約、そうした人材に業務を任せることをリスクだと考える管理職の行動によって直接経験が不足していたり、女性管理職の観察機会がないことで間接経験が不足していたり、「女性は辞めるから育成しても意味がない」と過去のデータに基づいた合理的判断の結果である統計的差別や、「女の子に大変な業務を任せては可哀想だ」といったジェンダーバイアスから、育成のための機会や支援が男性よりも不足しやすい。さらに平均で年間20日間ほど熱を出す子どもの病気による突発的な早退や欠勤への不安を抱えていることで、女性側も積極的にタスクや責任を引き受ける気持ちになりにくい。これは女性の仕事への意欲が低いのではなく、不安から効力予期が低下しているという状態なのである。しかし、周囲からはこれが「やる気がない」「意識が低い」という消極的な態度に映る可能性がある。また、時間や場所の柔軟な働き方を認めてもらえない、といった場合も効力予期が低下しやすい。

行動が望ましい結果につながるという「結果予期」の面もある。もし行動したとしても適切な評価を受けられないと思うと、人は行動を起こす気にはならないのだが、既存の職場は専業主婦の妻を持つ男性を前提とした環境になっており、育児との両立を前提とする女性に適合していない。特に時間制約のある従業員の仕事配分方法や目標設定方法、評価方法についてはまだまだ確立されていないことが多く、育児中の女性は「がんばって働いても評価されない」と考えて意欲を失っていく。これはまさに結果予期の問題である。また宗方・若林(1987)*8が指摘したように、管理職のリーダーシップは男性的な行動が評価されるのに対し、男性的な力強いリーダー行動をとる女性への評価は低いという「二重の偏見」に女性は晒されている。女性リーダーはいずれにせよ低評価になるという状況では、必然的にそのポジションを目指す女性は少なくなるであろう。

このように、職場環境によって女性の効力予期や結果予期が低下し、就労意欲が低くなったり昇進意欲を持てなかったりする構造になっているのである。そのため女性の活躍を期待するならば、効力予期や期待予期を高めるための施策が必要になる。具体的には、成長につながるような挑戦的な業務を与えつつ、効力予期を高めるための組織的なサポートや、結果予期を高めるための評価方法の見直しや風土形成が必要である。

なお、これまで多様性と言いながら女性だけについて論じているように聞こえたかもしれないが、これは日本の企業における多様性の課題を、女性が主に体現しているからである。そしてこれからの時代は、この課題は女性に限ったものではなくなっていく。例えば筆者が大学3年生を対象にとったアンケートからは、男性も女性も6割が育児と仕事の両立をしたいと考えていることが分かる(図4)。今後、こうした価値観の多様性を認められない職場には、男女ともに人材が集まらなくなっていくであろう。

図3:自信の構造(Bandura,1977)
図4:大学生男女の意識調査

多様性が拓く未来の可能性

この原稿を書いている2020年2月時点、日本は新型コロナウイルス感染症の拡大や、それに伴うイベントの中止勧告、在宅勤務や時差通勤の推奨、小中学校の臨時休校要請などの対応に大きく揺れている。この一連の騒動は日本の社会や経済に小さくないインパクトを与えているが、同時に各企業や自治体の危機管理や経営判断の体制を露わにもしている。

多くの学校が休校への対策に右往左往する中、一部の教育機関ではいち早くオンライン授業に切り替えて生徒たちの学習機会を維持している。満員電車を使って社員が出社している企業がある一方で、在宅勤務制度の対象範囲拡大や休暇制度の柔軟な運用を検討したり、子連れ出勤を認める企業が存在する。こうした有事に迅速な対応ができる組織というのは、おそらくこうした働き方の多様性を許容できる制度や風土がもとから醸成されていたのであろう。「新しい働き方」が必要とされる本質的な意義、すなわち働き方の多様性がもたらす価値とは、不確実な未来を生きていく上での選択肢の多様性であると私は考えている。

〈注〉
*1 Harrison, D. A. and Klein, K. J. (2007) What’s theDifference? Diversity Constructs as Separation, Variety, orDisparity in Organizations. The Academy of ManagementReview 32 (4), 1199-1228
*2 国立社会保障・人口問題研究所「第14回出生動向基本調査」
*3 武石恵美子(2014)「女性の仕事意欲を高める企業の取り組み」『ワーク・ライフ・バランス支援の課題』(東京大学出版会)
*4 総務省統計局「平成23年社会生活基本調査結果」の参考資料
*5 McCall, M.W. Jr., Lombardo, M.M. and Morrison, A.M.(1988) The Lessons of Experience: How Successful ExecutivesDevelop on the Job. New York: The Free Press
*6 Bandura, A. (1977) Self-efficacy: Toward a UnifyingTheory of Behavioral Change. Psychological Review, Vol 84 (2),191-215
*7 Bandura, A. (1995) Self-efficacy in Changing Societies,Cambridge University Press
*8 宗方比佐子・若林満(1987)「女性リーダーに対する態度―二重の偏見―」『組織行動科学、2(1)』15- 22

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