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【新塾長対談】「慶應義塾の目的」の実践へ向けて

2021/07/07

総合知を育むには

国谷 学生がカギということですが、アメリカの大学寮で若き学生だった伊藤さんは、いろいろな分野の学生たちと議論する機会があったので総合知の大事さを理解したとおっしゃっています。具体的にはどんな議論をされて、どんな気付きがあったのでしょうか。

伊藤 よく覚えているのは、まずいろいろな宗教の人と大学院の寮で出会ったことですね。私はカトリックなのですが、プロテスタントのいろいろな宗派の教会やユダヤ教の礼拝に行ったりして、宗教の違いというのはこういうものなのかと知りました。

もう1つ、韓国や中国出身の仲間たちと、英語という共通言語で近現代史の話をして、例えば中国や韓国では日本のことをこのように教科書で習ったと聞くと、もう目から鱗なんですね。大学院1、2年生が中心の寮なので、これからの夢について皆で語る中で、自分は英文学の研究でこういうことをやりたいんだと議論したり、経済学の人から数学を教わったりしました。

慶應義塾の場合、キャンパスが分かれているので、様々な学部の学生が一堂に会して話せるような環境は今、難しい状況です。そういう部分をどうやって横につなげるかといった時に、SDGsでやらなければいけないことを決めれば、これは自分たちのためだし、社会や世界のためだという意識で、興味を持ってくれる学生は多いだろうと期待しています。

国谷 私は23年間「クローズアップ現代」を担当したのですが、番組の中で課題が出てきてそれを分析し、これが解決策だと思って紹介したことが、数年経つと、その解決策からより深刻な問題が起きているケースに出会うことがあります。自分は一体何を伝えたんだろうかと非常に戸惑いました。やはり、俯瞰的なまなざし、あるいは総合的な対応が必要であって、1つの課題に対して1つの視点での解決策というものは、むしろ社会を悪くさせる可能性もあるのだと気が付いたのです。

2015年にSDGsと出会って以来、取材、啓発活動をしていますが、おっしゃるように、未来について非常にみずみずしい感性を持った若い人たちが、早くから俯瞰的で総合的な視点を持って複眼的に考えられるということはとても大事なことです。

特に日本においては若手研究者にグローバル化ということが求められていますが、大学のグローバル化とはそもそも何かということがとてもあいまいなような気がしています。留学生の数、海外留学する人たちの数、国際共同研究の数とかいろいろ指標はあるのですが、伊藤さんのお考えになる大学のグローバル化というのはどういうことでしょうか。

伊藤 一言で言えば国際的な目線で、大学のレピュテーション(評判)が高まるということだと思います。またはその大学の学生のレピュテーションが高まる。もうこの2つに尽きると思うんですね。

それは指標によるものではなくて、「あの大学の人たちは信頼ができる」ということです。例えば歌舞伎役者は英語を話せなくても、世界中の人たちがリスペクトして歌舞伎を見たいと思う。だから、そういう学問が展開できるかどうかということだと思うのです。日本語で書かれている論文であったとしてもそれを知りたい、英訳してほしい、という状態にするのが理想だと私は思っています。

世界大学ランキングを上げるための指標はいくつもあります。例えば世界中の人と一緒に論文を書くという共著論文の数ですが、そのことだけのためであればサイテーション(引用)が多くなるような理工系や生命科学系の研究者をどんどん採用すればよい。しかし、レピュテーションを高めるというのはそれとは別のことだと思います。

国谷さんのレピュテーションが高いのは、「クローズアップ現代」の視聴率が高いからではなくて、その番組の中で取り組まれたことが評価されているからだと思います。番組の中で様々な識者との極めてハイレベルのインタビューを披露して、世界の方々とつながっていくことで、国谷さんのレピュテーションが高まったのだと思います。そういうことを日本の大学も、やっていければいいなというのが私の感覚です。

社会を変えるための議論

国谷 恐縮です。学生の留学意欲がなくなったと言われることについてはいかがですか。

伊藤 それは海外に出たほうがいいですね。

国谷 慶應の学生がどうかはわかりませんが、日本全体では留学を目指す日本の学生が減っていると言われている。今、世界を見ると学生たちの声が政治を動かしたり、大きなムーブメントをつくったりしていますが、日本の中では学生たちの存在感があまりなく、これは言い過ぎかもしれませんが、保守化して、利他的よりも利己的な部分が強くなっているようにも思います。

伊藤さん自身は本当に若い頃から積極的に海外へもお出になり、ご活躍されてきましたが、今の若い学生たちのことはどのように見えていますか。

伊藤 先ほどのバークレーでの経験ですが、学生が政治についても盛んに議論していました。バークレーはリベラルで人権意識が特に強い所です。1989年当時、同じ寮の人に自分はHIVキャリアだと言われ、どう接していいかわからないぐらい驚いたり、もちろんLGBTの人も普通にいました。

そういった人たちが自分の人権を確保するために、政治的な活動にすごく熱心なわけです。それを見ているので、日本の若者の政治離れが気になる。政治的な発言をしない、ディスカッションをしないというのは結構大きな問題だと私は思っています。

日本では、なんとなく宗教や政治信条は話してはいけないような風潮があると思うのですが、何かを変えようと思ったら政治が大切だし、志を持った人が増えて、初めて良い政治家が増えていくわけです。ですから、自分たちが何かを変えていくためには、日本国内の政治も変えていかなければならないと思います。

例えば今の政治状況に対して慶應義塾でもいろいろな意見の教員がいるので、その教員たちが意見を戦わせるのを見せていくのも1つの手かなと考えています。「多事争論」という福澤諭吉の言葉がありますが、まさに「多事争論」ですね。

国谷 社会を変革していくためにはSDGsを実装していかなければなりませんし、そのスピードも求められています。SDGsは研究、指標、ルールづくりと同時に政策とリンクさせていかないと方向性が変わっていきません。ですから研究、テクノロジーを進めていくためには、どういうインセンティブや規制を設ければ効果的かといったポリティカルな部分も重要です。

社会のあり方を変えていくには、技術も、政策も必要、デザインも必要であって、人文系の発想がとても重要です。ですから大学が果たす役割はますます大きくなってくると思います。

学生への期待

伊藤 そうですね。特に慶應義塾の場合は大学だけではなく、小学校から大学院まであります。政策・メディア研究科教授の蟹江憲史さんが中等部でSDGsの授業をやったところ、非常に新しい発想が出てきて面白かったと言っています。蟹江さんみたいな専門家が中学生に教えると、深いディスカッションができるということもあるでしょう。でも、蟹江さん1人では駄目なんですね。蟹江さんから習った学生たちがさらに誰かに教えるという形で規模を拡大していく必要があります。

学生たちは教え学び合うことが得意です。実際に2年前に「AI・高度プログラミングコンソーシアム」という、日吉キャンパスで、AIやプログラミングができる学生が他の学生に教えていくプログラムをつくったのですが、このプログラムでは、単位にもならないのに皆が夜集まってしっかりと勉強するのです。

この春学期はオンラインですが、2千人以上の学生たちがこれで学んでいます。適塾モデル、すなわち半学半教のモデルなんです。学問とビジネスのギャップを埋める学びの場なんですね。

国谷 どういうことですか。

伊藤 研究を始める前の大学生にとっては、学問とは必修科目や選択科目などから学ぶことを指します。しかし、AI活用のように日進月歩のツールについては学問として体系化されていないので科目になりにくい。でも、実際にシリコンバレーの会社での長期インターンシップに申し込むと、最後は「プログラミングがどれほどできますか」と問われる。さらに、米国本社とのオンライン面接になるので、英語でコミュニケーションができないと駄目なのです。

やはり学生たちから見ると、学問とビジネスの間にギャップがあるのです。ですから、大学の先生たちがやらないものを、学生同士で学ぶ場をつくると相乗効果が生まれる。

AIコンソーシアムではメンバー企業を募って資金提供をいただき、そこから教える側の学生に給料を払っているんです。運営するための広報チームの学生にも給料や謝金を払っています。SDGsもそういう方向に持って行ければという期待を持っています。

国谷 そうなんですか、素晴らしい。お金も伴うのであれば、より責任を自覚することにつながります。

伊藤 スポンサー企業を担当する学生が割り当てられ、連絡や企画もその学生が担当するのですが、メールのコピーは常に教員と職員にも送られてチェックされ、必要な指導を受けています。

国谷 今のお話を伺うと人材育成のエコシステムみたいなものが生まれているような感じもします。まさに若い人たちの力をどうやって早くから引き出して伸ばしていけるかということだと思いますが、今、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の主筆に日本の若い人がなっている分野もあるのです。

どうやって主筆を任されるようになれたのか、と聞くと、やはり自分の担当教授が背中を押してくれて、どんどん国際会議の場で発表させてくれたと。英語が苦手だけど会議では絶対に1回は発言をしようと努力をしていたら、コミュニティの中に入れてもらえて、ではこの分野をお願いねと言われたそうです。

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